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2014年 04月 21日 |
「清代の胥吏と幕友」では日本ではあまり話題にならないけど中国ではけっこうドラマとかに登場する幕友について詳しく書かれてて勉強になりました。
紹興が幕友(師爺)の名産地という点についてはもっと詳しく読んでみたかった・・・
その中で胥吏の腐敗を避けるために定期的に異動させた換班制度について書かれてるのですが


二つの班に、或いは頭班・二班と名付け、或いは上班・下班と名づける。交代して職務につくことを該班、または上班ともいい、退出することを下班という。勤務中の班を内班と称し、休職中の班を外班と称する。

「清代の胥吏と幕友」
宮崎市定全集14 雍正帝


現代中国語の「上班(出勤する)」「下班(退勤する)」ってもしかしてここから来てるのでしょうか?

しかしこの本の白眉と思ったのは上司に逆らって事件捜査を進めた地方公務員の話で


何時の世の中にも善意の人はいるものだ。それらの人が本当に社会を支えている。特に中国のような長い伝統をもち、自己の文化に自信をもった国では、時々の大勢に順応し、バスに乗りおくれまいとあせる人ばかりではない。自己の信ずるところに従って忠実に自己のペースを守って歩んでいる人がいつもある。ただ世の中の変遷に従ってこれら善良な人が浮かびあがる時と、悪貨が世にはびこる時とがある。

「雍正時代地方政治の実状」
宮崎市定全集14 雍正帝



いつも中国の悪口ばかりの私が言うのもあれですけど、中国人には日本人のものさしではかれない偉大な部分があるっていうのは本当です。
「バスに乗りおくれまいとあせる人ばかりではない」というのが、いつもあくせく周囲の顔色ばっかりうかがってる日本人への痛烈な皮肉になってます。


宮崎市定先生は学者と思えないほど(褒め言葉)、中国人の心情を理解してるところがすごいです。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 19日 |
《後宮甄嬛傳》第55集で雍正が甄嬛を「鈕祜祿氏」に“抬旗”するという場面があります。


驚いた皇后が
“可以在甄姓的後面加一佳字,抬為甄佳氏即可呀”
(甄姓のあとに「佳」を付け加えて「甄佳氏」に引き上げてやれば済むではないですか)
と答えて無視(笑)されてました。






wikipediaの“抬旗”を見るとズバリ
「康熙帝の生母孝康章皇后の実家の本姓は佟で漢軍八旗だった。康熙帝は佟佳氏に変えて満族八旗に入れさせた」
とあります。
姓に「佳」の文字を加えて満族化して身分を引き上げるという方法があったんですね。



皇后の抵抗むなしく、鈕祜祿甄嬛になりました。「甄」はくっつけたままで良いのか?



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 17日 |
《後宮甄嬛傳》で皇后がよく“本宮是六宮之主”とか言ってます。
“六宮”って何?と思ったので検索してみました。


百度百科
六宫[liù gōng]

“六宫”,本义是指古代皇后的寝宫,又因六宫为皇后居住之所,所以往往用六宫代指皇后,如同后世用中宫代指皇后一样。 而六宫的概念至唐代已非专指皇后,而泛指后妃了。

《周礼·天官·内宰》中有“以阴礼教六宫”的记载。郑玄解释,皇后寝宫有六,其中一正寝,五燕寝,合起来即六宫。《周礼》:“天子后立六宫:三夫人,九嫔,二十七世妇,八十一御妻,以听天下之内治。”郑玄注:“六宫者,前一宫,后五宫也,三者,后一宫,三夫人一宫,九嫔一宫,二十七世妇一宫,八十一御妻一宫,凡百二十人。” 白居易《长恨歌》中的“回眸一笑百媚生,六宫粉黛无颜色”,李贺《贝宫夫人》中的“六宫不语一生闲,高悬银牓照青山”,所言“六宫”皆指后妃,而不是专指皇后。



古代の皇后は六宮(正寝1+燕寝5)に住んでいた。
そのため六宮は皇后を指す。唐代以降は皇后だけでなく広く后全般を指すようになったという理解でいいのかな?



漢典
六宫  liù gōng

古代皇后的寝宫,正寝一,燕寝五,合为六宫。《礼记·昏义》:“古者,天子后立六宫,三夫人、九嬪、二十七世妇、八十一御妻,以听天下之内治,以明章妇顺,故天下内和而家理。” 郑玄 注:“天子六寝,而六宫在后,六官在前,所以承副施外内之政也。”因用以称后妃或其所居之地。《周礼·天官·内宰》:“以阴礼教六宫。” 郑玄 注:“六宫谓后也。”《周礼·天官·内宰》:“上春,詔王后帅六宫之人,而生穜稑之种,而献之于王。” 郑玄 注:“六宫之人,夫人以下分居后之六宫者。” 晋 干宝 《晋纪总论》:“故 贾后 肆虐於六宫, 韩午 助乱於外内,其所由来者渐矣,岂特繫一妇人之恶乎?” 唐 白居易 《长恨歌》:“回眸一笑百媚生,六宫粉黛无颜色。” 清 黄遵宪 《乌之珠歌》:“御牀不扫空垂帘,六宫共抱 苍梧 痛。”





皇后の六宮之主のキャプチャが見つからなかったので協理六宮で



ついでに「既生瑜、何生亮」もお届けします
じーしょんゆ~、ほーしょんりぁぁぁぁぁん~



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 15日 |
(重箱の隅をつつきまわすコーナーです)

甄嬛の嬛ってどう読むの? 日本語篇
を書いてるうちにさらに疑問が湧いて来ました。


中国語版ではhuánと発音されているヒロインの名前“嬛”。
ご本人申告によると“嬛嬛一嫋楚宮腰”(《一剪梅》)から取られているそうです。

オンライン辞書「漢典」を見てみると

漢典
huán 古女子人名用字。
xuān〔便~〕轻柔美丽。
qióng 古通“茕”,孤独




《一剪梅》の嬛嬛は形容詞なので、もしかしてxuān xuānと読むのじゃないかしら・・・?
と思って検索してみるとけっこういろいろヒットします。

从“嬛”字读音之争看“白字连剧”(新华每日电讯)
(「嬛」の読み方論争から「誤字ドラマ」を解読)
という記事によると

《咬文嚼字》杂志近日公布“2012年度十大语文差错”,按《汉语大词典》,热播电视剧《甄嬛传》中“嬛”的读音应该为“xuān”而非“huán”。
( 《咬文嚼字》誌が先ごろ「2012年誤用ベスト10」を発表した。人気テレビドラマ《後宮甄嬛傳》で「huán」と読まれている「嬛」は「漢語大詞」によれば「xuān」が正しいという。)



なんと本場中国では早くからhuánは間違いでxuānと読むべきだと論争になっていたのです。
いまごろ気づいてお恥ずかしい。

2012年の十大誤字にまで入っちゃってますね。
原作者のマネージャーは“作为甄嬛传第一见证人,深知流敛紫最初实取“xuān”音・・・”と言ってるみたいです。原作者はちゃんと知ってたけどテレビではhuánになっちゃったのでしょうか?

なぜこの文字にこんなにこだわってるかというと自分が同じ間違いをやらかしてしまったからです。
(前回の記事を書いてるうちに「そういえばこの字まえに間違えた字では?」と思い出したので・・・)
 
《紅樓夢魘》 音読教材
丫嬛yā huánをyāqióngと読んでしまったんですね~、無知ってこわい。


ネットで投票まで行われてました。

【最投票】你念错“甄嬛”的读音了吗?
(きみは“甄嬛”を正しく読めたかな?)
念错了,一直念huán(間違えてhuánと読んでいた) 87.01%
没念错,就是xuān(正しくxuānと読んでいた) 4.17%
没看过,没听过,没念过(見たことないから知らない) 8.82%


9割近くが間違って読んでたと。



なお2013年の十大誤字は
1.○鸡(土从)菌jīzōngjūn
 ×鸡枞菌jīcōngjūn
2.○美国作家菲尔丁
 ×英国作家戈尔丁
3.○薄谷开来认罪服法
 ×薄谷开来认罪伏法
4.○泄密
 ×泄秘
5.○蜇人
 ×蜇人
6.○文职干部
 ×文职将军
7.○杀医案?
 ×弑医案
8.○冒
 ד曰”或“日”。(ネットでは分らないですが、横画は縦画にくっついてないのです)
9.○受权
 ×授权
10.○羊蝎子
 ×羊羯子


漢字の国はたいへんですね。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 13日 |
最近発見したのですが、沈眉荘のモノマネをしながら喋るとzh-,ch-,sh-,r-の発音がラクです。
たぶんゆ~~っくり喋るせいで舌と唇の形をととのえる時間が稼げるのではないかと。
ただし聞いている相手はイライラしてると思いますのでやりすぎにご注意。



《後宮甄嬛傳》の配音関係の動画を集めてみました。


神配音季冠霖因甄嬛走紅

主人公甄嬛役のスン・リーを吹き替えた季冠霖さんのインタビュー。
中国の声優は演技がオーバーな人が多いのですが、季冠霖さんは自然な演技をこころがけているようです。



ところでなぜ主役が吹き替えなのかネットで検索してみたところ
孙俪回应耍大牌:不为甄嬛配音因剧情虐心影响胎儿
という記事を見つけました。

而之所以没为“甄嬛”配音,是由于当时刚刚怀孕,剧情又特别虐心,害怕胎儿受到影响。


妊娠初期で、ストーリーが“虐心”だったので胎児への悪影響を心配してアフレコを断念した、ということみたいです。

同じ記事で皇后役のエイダ・チョイが妊娠中にも関わらず跪いてたことも語られていて、やっとエイダが“孕婦皇后”と呼ばれてた理由が分りました。
お腹が大きいのにあの激しい演技・・・皇后様すごいプロ根性ですね。


《甄嬛傳》花絮:孕婦皇后蔡少芬粤語台詞"走後門"

皇后役のエイダ・チョイは香港人なので当然ながら吹き替えです。
口の形が台詞と違うので広東語で演技してるのかなと推測してましたが、やはり広東語で演じてたようです。
撮影中に足をすべらせた時に回りの侍女役の人がとっさに“娘娘!”と叫んで助け起こしてたので笑ってしまった。普段も“娘娘”って呼んでるのか。
(でも妊娠中だったなら笑い事じゃないですね)




【甄嬛傳】導演被蔡少芬粤語難倒

監督と陳建斌がエイダ・チョイの演技について語ってます。監督は広東語が分らないので、皇后の台詞が終わったかどうか分らず困ったというエピソードを披露。




爆笑坑爹双語大片《HELLO甄嬛》

《後宮甄嬛傳》が6話にダイジェストされてアメリカで放映されるというので、小主たちが自分の出演シーンを守ろうと英語を交えて攻防を繰り広げる。
とてもアマチュアの作品と思えないほど声がそっくり!沈眉荘と曹貴人がとくに大爆笑です。




《甄嬛傳》日語翻譯引熱議 日主婦贊孫儷美得讓人驚歎

なんだかんだ言っても中国人は日本での反響が気になるようです。
《甄嬛傳》は日本の主婦に大人気、日本人の1/3が見たとかいろいろ動画がアップされてます。
「賤人就是矯情」は年妃の台詞で大流行したようなのですが、日本では「卑しい女は猫かぶってる」と翻訳されたとお手本発声までつけて報道。(いくらなんでもこの訳はなかったでしょうけど)
贱人 jiànrén 卑贱的人,多用于辱骂妇女
矫情 jiáoqing 指强词夺理,蛮横。掩饰真情




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 11日 |
《後宮甄嬛傳》で皇上が甄嬛を“嬛嬛huánhuán”と呼ぶのを聞くと「ホアンホアンって・・・パンダか!?」と思ってしまいます(古)。
このヒロインの名前、日本版では「しん・けい」となっているんですね。


“宮廷の諍い女”BSフジ

甄嬛(しん・けい)
甄遠道の娘。自分の意思とは逆に秀女に選出され、後宮入りする。後宮で平穏に暮らすことを望むが、皇帝から寵愛を受けることで、皇后や華妃を始めとする側室から嫉妬され、諍いに巻き込まれていく。



中国語を勉強した人なら、中国語の-nと-ngの覚え方として
・日本語で「ん」で終わる漢字は中国語では-nで終わる。例)安 アン ān
・日本語で「い」「う」などで終わる漢字は中国語では-ngで終わる。例)陵 リョウ líng、容 ヨウ róng
という小技を習ったと思います。

それなのに“huán”の日本音はどうして「けい」なんだろうと疑問。ちょっと調べてみました。
日本の辞書にはあまり載ってない文字のようでネットではWeblio 辞書しか見つかりませんでした。


Weblio 辞書
嬛 画数:16
音読み:ケン、 ケイ、 ギョウ
訓読み:かたい
ピンイン:huan2 / qiong2 / xuan1
対応する英語:apt, clever, sycophant, flatterer


たぶん
huán→ケン
qiong→ケイ
xuan→ギョウ
なのか?と推測いたします。

オンライン辞書「漢典」を見てみると

漢典
huán 古女子人名用字。
xuān〔便~〕轻柔美丽。
qióng 古通“茕”,孤独


qióngは「さびしい」の意味なので“嬛”を「ケイ」と日本語読みすると女性の名前としてはヘンなんじゃないでしょうか。


どうにも気になるので図書館で諸橋漢和辞典を見てきました。
ついでに写メしてきました。ごめん。







漢和辞典の見方がよく分からないのですが、まとめてみると

[一]ケン (1)かたい。(2)たをやか。しなやか。(3)身がかるい。すばやい。
[二]ケイ、ギャウ (1)ひとり。(2)みめよい。
[三]ゼン (1)つづかない。(2)軽くあがる。
[四]エン 身の軽便なさま。
[五]クワン、ゲン 女のあざな。


となると思われます。

第1集で皇上が甄嬛に「huanはどのhuanだ?」と聞いて、ヒロインが“嬛嬛一嫋楚宮腰,正是臣女閨名。”と蔡伸の《一剪梅》を引用して答えてました。
うっかり教養があるところも見せちゃう場面ですね。






《一剪梅》では「嬛嬛」は「たおやか、しなやか」の意味で使われてるようです。
諸橋漢和辞典では




「嬛嬛」
ケイケイ①ひとりのさま。たよるところのないさま。
ケンケン②たをやか。しなやか。



これだと「嬛」は「ケン」と読むべきじゃないかなあと思います。
でもヒロインの名前が「ケンケン」はあんまりだというので、日本版ではあえて「ケイ」にしたのでしょうか?






なんとこの記事続きます。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 09日 |
「宮崎市定全集14 雍正帝」(岩波書店)

読み始めてしばらくして「・・・これ前にも読んだ・・・」と気づきました。
以前読んだとき宮崎市定先生が「雍正硃批諭旨」を強力プッシュされてたのが印象深く、すぐ後に中国の書店で「雍正帝朱批諭旨」を見かけて(しかも安かった)すごく欲しかったのですが「でも絶対読まないし」と思い直して買わなかったという過去があることも思い出しました。
もし買ってたらどうなってたかな、たぶん積読のままよね・・・


えー、さて、「雍正帝」には年羹堯の「朝乾夕惕事件」についても書かれてました。
(つまり前にも読んでた、と)


年羹堯が陝西から奉った上奏文の中に、雍正帝のことについて「夕陽朝乾」という句を用いた。これは易経の文句から出た「朝乾夕惕(ちょうけんせきてき)」朝も勤勉、夜も勤勉という意味を書こうとして字を間違えたのであるが、雍正帝はこれを見て怒りだした。
---易経の文句から取った朝乾夕惕というのなら分かるが、年羹堯はことさらに夕陽朝乾とひっくりかえした上に文字まで間違えている。夕陽朝乾は読書人のことだからうっかり間違えるという筈はない。察するところこれは朕の行為が朝乾夕惕に値しない、むしろその反対だという意味であろう。それならばそうとはっきり申し立てよ。
これは全くのいいがかりで難題を吹きつけられたように見られるが、実は年羹堯のこれまでの種々の不行跡、ことに天子の大権に対する干犯の事実の数々の実証が雍正帝の手元に挙っていたので、いまやそれを摘発する機会が到来したにすぎぬのであった。

「雍正帝」 忠義は民族を超越する
宮崎市定全集14 雍正帝



「雍正硃批諭旨解題」にも


奏摺譜の禁令の条に、「朝乾夕惕」の四字は用いることを忌む、と記してあるが、これは雍正時代の有名な年羹堯事件が尾を引いているのである。言うまでもなく年羹堯は奏摺の中でこの四字の順序を変えた上に誤字を書きこんだために、日本の国家安康のような筆禍事件を惹起し、失脚した上に身の破滅を招くようになったのである。その外、洪福斉天とか、来歳必獲豊年とかいう句を用いるなと注意しているのは、雍正硃批諭旨の中で天子が屨々排斥している語句だからである。

「雍正硃批諭旨解題」
宮崎市定全集14 雍正帝




「朝乾夕惕事件」って有名なんですね~
そしてブログ主の記憶力はザルのようです。

雍正帝は「来歳必獲豊年」のような陳腐な決まり文句やおべっかが大嫌いだったらしく、痛烈なコメントをつけて突き返してたようです。
分るわーその気持ち。中国の官僚は昔からきれいごとばっかり書いてたんでしょうね。

私が突き返したくなるのは“实现中华民族的伟大复兴”とか“相信人民的力量”とかです。
もう飽きた。もっと内容のある話をしてくれ。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 07日 |
《後宮甄嬛傳》第40集で年羹堯niángēngyáoが折子に「朝乾夕惕」と書くべきところ誤って「夕陽朝乾」と書いてしまったため雍正の怒りを買う場面がありました。

どうでもいいですが、ブログ主はだいぶ話が進むまで年羹堯をお正月に食べる伝統料理か何かだと思ってました。(南方に年糕niángāoという食べ物があるのです)


(以下すごくネタバレしています)




ドラマの創作かとおもったら実際にあった事件なんですって。驚き。


wiki中文版によると

雍正三年(1725年)二月,出現「日月合璧、五星聯珠」的祥瑞,官員都上書向雍正表示祝賀,三月,年羹堯在章奏中將成語「朝乾夕惕」寫作「夕惕朝乾」,且字跡潦草,雍正以此為由,展開文字獄,以「年羹堯自恃己功,顯露其不敬之意,其謬誤之處斷非無心」。


まずこの成語「朝乾夕惕」の意味ですが


漢典によると

朝乾夕惕  zhāo qián xī tì
谓终日勤奋谨慎,不敢懈怠。语本《易·乾》:“君子终日乾乾,夕惕若厉,无咎。”
乾:乾乾,即自强不息;惕:小心谨慎。形容一天到晚勤奋谨慎,没有一点疏忽懈怠。


「乾」はgānではなくて乾隆帝のqiánのほう。
日夜務めて怠らず注意を払って慎重である、まじめな仕事の態度を表す成語。

ドラマでは前後の順番を間違えたうえに「夕朝乾」と字まで間違えたことになってます。

それがどうして「顯露其不敬之意」と不敬罪にまで発展したかについて中国の網友のあいだでも議論になってました。
・「朝乾夕惕」を「夕惕朝乾」と前後を入れ替えたのが皇帝を馬鹿にしている。朝から夜まで働くのではなく、怠けてる様子を表しているから。
・「夕惕」を「夕陽」とわざと書き間違えた。「夕陽」は没落や退位の象徴なので皇帝に早く引退しろと暗示している。
などの説があるようです。

「夕陽」と書いた点については字が汚くて「陽」に見えただけ、年羹堯を罷免するために文字獄にこじつけたという見方もあるようです。

ドラマでは折子を読み上げていた甄嬛が「こんな不敬な文書は読めません」と言いだして雍正が怒ったので、年羹堯は甄嬛に陥れられたってことなんでしょうね。
私が面白いと思ったのは、大陸の若者は「惕」「陽(簡体字では阳)」の字形の相似があまりピンときてなかったらしい点です。


“大逆之言”なので皇帝に見せられないという甄嬛。
そういわれれば皇帝は当然見ますよね・・・



このあと斯基瞒のキャプチャばかりで気持ちわるい。
「朝乾夕惕」の四文字を



「夕陽朝乾」と書いた。
“写成”は補語です。



ここの
“直不欲以朝乾夕惕四個字,歸之於朕罷了”(「朝乾夕惕」の四文字を朕の功績にしたくなかっただけだ)
というセリフがよく分からなかったのですが



雍正が実際に“年羹堯平日非粗心辦事之人,直不欲以‘朝乾夕惕’四字歸于朕耳。觀此,年羹堯自恃己功,顯露不臣之跡,其乖謬之處,斷非無心!”と言ったようです。出典不明っす。
雍正登基后為何翻臉誅殺年羹堯?(多維新聞)



これがその折子。誤字があってもなくても私には読めません。



このあたりセリフも史書のままのようです。






一文字書き間違えただけと知ってほっとする華妃。
この唇は「誤wu」です。



珍しく情けない顔の周寧海。
朱書きもなく付き返されるのはよほどのことなんでしょうか?



このドラマ英語字幕版とかもあるようなのですが、日本人ならまがりなりにも漢字の意味が分るから良いものの、非漢字圏の視聴者は理解できるのでしょうか?


英語字幕版予告
スン・リーの声が本人だそうです(ドラマは配音だったんですね・・・)
孫儷本人聲音版《後宮甄嬛傳》片段之一(附英語字幕)



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 05日 |
《後宮甄嬛傳》 67集で皇后が妊娠した安陵容のために「請封」する場面がありました。
ここがけっこう面白かったのでキャプチャとってみました。


封号は内務府が下案を作って皇帝に選んでもらうシステムのようです。
蘇公公が持ってきたのは「粛」「文」「儷」。



雍正は甄嬛に字解きさせる。


甄嬛によると「粛」の字は
“剛德克就曰肅”
男らしいですな。



しかし“貌恭心敬曰肅”でもあるのであまりふさわしくなさそうです。
↑これはググってみたら《逸周書·諡法解》の記述だと分りました。甄嬛は周書を丸暗記してるんでしょうか!?



「文」のほうが安妹妹の性格にあってそうです。
雍正は容ちゃんは“靜默謙順,乃禮義人也”と考慮しています。
“乃禮義人也”ちゅーのは漢成帝が趙飛燕を褒めた言葉で、妖艶なダンスで男を惑わす美女の含みがあるそうですよ。



しかし「文」の文字はまた“文静有礼”で、学識豊富な人物の形容でもあるので、そんな字を選んだら安妹妹は何か勘ぐるんじゃないかしら・・・と心配する甄嬛。
安陵容は歌って踊れるアホ芸能人枠なのでしょうか???



そうすると残るのは「儷」。
“伉儷情深”(夫婦が愛し合っている)ことなので“極好”。
(関係ないけど甄嬛傳のおかげで“極好”が大流行したそうです)



雍正は「儷」に決めかけるのですが、容ちゃんは「妾侍」にすぎないので朕と“夫婦伉儷”できるだろうか、いやできない(反語)と思い直します。



面倒になった雍正は甄嬛に考えさせます。
甄嬛のアイデアは「鸝lí」。
“能歌善舞,性情又像黃鸝一樣和順”(歌も踊りも上手く、黄鸝のようにおとなしい)
・・・小鳥かよ・・・ひどいよ甄嬛・・・
黃鸝huánglíはコウライウグイスのことだそうです。



蘇公公が横から「黄鸝は子沢山なので懐妊中の安嬪にぴったり」とさらにあおったので「鸝妃」に決定。

一方「粛」「文」「儷」を提議した太監は上司に
“你們想要巴结也得知道自己巴结的是誰,該不該巴结。”(へつらう使うつもりなら相手をよく見極めろ)
と叱られて棒たたきの刑に。怖~~~~
巴结(巴結) bā jì
奉承讨好



鳥に格下げされて容児もお怒りです(そりゃそうだ)



しかし安嬪が「内務府の提案した封号のほうが良かった」と怒ったことを知った皇后もお怒りに。



「儷」の文字は皇后専用だったようです。安陵容が「儷」がいいと言ったのは僭越だったのですね。後宮ってワナだらけですね・・・




儷lìは「伉儷kàng lì」という単語でしか見たことのない漢字ですが、教養のある中国人がたまに気取って使うのを見かけるので覚えておくと頭よさそうに見えるかも。坑爹とは無関係。
ヒロインを演じる孫儷の名前でもありますね。

と思ったら日本語でも「伉儷(こうれい)」で夫婦のことを指すそうです。知らなかった・・・


俪(儷)lì
1. 相并,对偶:~词。~句。~辞(对偶的文辞。亦作“丽辞”)。骈~(文章的对偶句法)。
 2. 指夫妇:伉~。
伉俪(夫妻);俪祉(向他人夫妇祝福之辞);俪影(夫妇二人的身影;称人夫妇之合影)

鹂(鸝)lí
〔黄~〕鸟,羽毛黄色,从眼边到头后部有黑色斑纹,嘴淡红色。鸣声动听悦耳。亦称“黄莺”、“仓庚”、“黄鸟”。



(おまけ)

wikipedia中文版で「諡號」を調べると《逸周書·諡法解》が転載されてて便利です。
もっと早く知っていれば春秋戦国時代の諸侯の諡号も覚えやすかったかも知れないのに
「哀(アルバート)」は「早孤短折曰哀;恭仁短折曰哀;德之不建曰哀;遭難已甚曰哀;處死非義曰哀」。
縁起でもない封号ですね。

過去記事
春秋戦国時代の諸侯の名前が覚えられない


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 03日 |
《後宮甄嬛傳》のいちばん肝心な部分がネタバレしています。
ご注意ください。








《後宮甄嬛傳》第68集でリンロンが

“皇后殺了皇后!”

と言い残しますね。
この部分はあとで両義文だったと判明するのですが、私も最初は

“皇后,殺了皇后!”(皇后、殺せ皇后を!)

だと思いこんでました。








しかしリンロンが本当に言いたかったのは

“皇后殺了皇后!”(皇后が殺した皇后を!)

だったわけですね~
ここでは“了”の複数の意味が上手く使われていました。

でも外国人には分りにくい用法です。
文法的にどう考えればいいのか?
「中国語文法用例辞典」をひもといてみました。



(1)動+了+客
a ふつう動作の完了を表す
我已经问了老汪。(私はもう汪さんにたずねた)

「中国語文法用例辞典―『現代漢語八百詞増訂本』」(東方書店)


この用法だと“皇后殺了皇后”は「皇后はすでに皇后を殺した」になるわけですね。
皇后+殺+了+皇后
主語+動詞+了(動作の完了)+賓語


もう一つのほうは以前にも同じことを書いてました。(検索してたらヒットした。進歩のない私・・・)
過去記事 殺了他!


いくつかの動詞につく‘了1’は動作によってある結果が生じたことを表す。これは動詞の後ろに付く‘掉’とよく似ている。これらの動詞には次のようなものがある。‘忘・丢・关・喝・吃・咽・吞・拨・洒・扔・放・涂・抹・擦・碰・砸・摔・撞・踩・伤・杀・宰・切・冲・卖・还・毁’
この意味の‘了1’は命令文や“把”を用いた文に用いてもよい。
你饶了他吧!(彼を許してやれよ)。

「中国語文法用例辞典―『現代漢語八百詞増訂本』」(東方書店)



この用法だと“皇后,(你)殺了皇后”は「皇后、(お前は)皇后を殺してしまえ」になるのでしょう。
(你)+殺+了+皇后=你殺掉皇后
(主語)+動詞+了(動作の結果)+賓語

いずれにせよ翻訳者はたいへんそうです。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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