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2014年 04月 09日 |
「宮崎市定全集14 雍正帝」(岩波書店)

読み始めてしばらくして「・・・これ前にも読んだ・・・」と気づきました。
以前読んだとき宮崎市定先生が「雍正硃批諭旨」を強力プッシュされてたのが印象深く、すぐ後に中国の書店で「雍正帝朱批諭旨」を見かけて(しかも安かった)すごく欲しかったのですが「でも絶対読まないし」と思い直して買わなかったという過去があることも思い出しました。
もし買ってたらどうなってたかな、たぶん積読のままよね・・・


えー、さて、「雍正帝」には年羹堯の「朝乾夕惕事件」についても書かれてました。
(つまり前にも読んでた、と)


年羹堯が陝西から奉った上奏文の中に、雍正帝のことについて「夕陽朝乾」という句を用いた。これは易経の文句から出た「朝乾夕惕(ちょうけんせきてき)」朝も勤勉、夜も勤勉という意味を書こうとして字を間違えたのであるが、雍正帝はこれを見て怒りだした。
---易経の文句から取った朝乾夕惕というのなら分かるが、年羹堯はことさらに夕陽朝乾とひっくりかえした上に文字まで間違えている。夕陽朝乾は読書人のことだからうっかり間違えるという筈はない。察するところこれは朕の行為が朝乾夕惕に値しない、むしろその反対だという意味であろう。それならばそうとはっきり申し立てよ。
これは全くのいいがかりで難題を吹きつけられたように見られるが、実は年羹堯のこれまでの種々の不行跡、ことに天子の大権に対する干犯の事実の数々の実証が雍正帝の手元に挙っていたので、いまやそれを摘発する機会が到来したにすぎぬのであった。

「雍正帝」 忠義は民族を超越する
宮崎市定全集14 雍正帝



「雍正硃批諭旨解題」にも


奏摺譜の禁令の条に、「朝乾夕惕」の四字は用いることを忌む、と記してあるが、これは雍正時代の有名な年羹堯事件が尾を引いているのである。言うまでもなく年羹堯は奏摺の中でこの四字の順序を変えた上に誤字を書きこんだために、日本の国家安康のような筆禍事件を惹起し、失脚した上に身の破滅を招くようになったのである。その外、洪福斉天とか、来歳必獲豊年とかいう句を用いるなと注意しているのは、雍正硃批諭旨の中で天子が屨々排斥している語句だからである。

「雍正硃批諭旨解題」
宮崎市定全集14 雍正帝




「朝乾夕惕事件」って有名なんですね~
そしてブログ主の記憶力はザルのようです。

雍正帝は「来歳必獲豊年」のような陳腐な決まり文句やおべっかが大嫌いだったらしく、痛烈なコメントをつけて突き返してたようです。
分るわーその気持ち。中国の官僚は昔からきれいごとばっかり書いてたんでしょうね。

私が突き返したくなるのは“实现中华民族的伟大复兴”とか“相信人民的力量”とかです。
もう飽きた。もっと内容のある話をしてくれ。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 07日 |
《後宮甄嬛傳》第40集で年羹堯niángēngyáoが折子に「朝乾夕惕」と書くべきところ誤って「夕陽朝乾」と書いてしまったため雍正の怒りを買う場面がありました。

どうでもいいですが、ブログ主はだいぶ話が進むまで年羹堯をお正月に食べる伝統料理か何かだと思ってました。(南方に年糕niángāoという食べ物があるのです)


(以下すごくネタバレしています)




ドラマの創作かとおもったら実際にあった事件なんですって。驚き。


wiki中文版によると

雍正三年(1725年)二月,出現「日月合璧、五星聯珠」的祥瑞,官員都上書向雍正表示祝賀,三月,年羹堯在章奏中將成語「朝乾夕惕」寫作「夕惕朝乾」,且字跡潦草,雍正以此為由,展開文字獄,以「年羹堯自恃己功,顯露其不敬之意,其謬誤之處斷非無心」。


まずこの成語「朝乾夕惕」の意味ですが


漢典によると

朝乾夕惕  zhāo qián xī tì
谓终日勤奋谨慎,不敢懈怠。语本《易·乾》:“君子终日乾乾,夕惕若厉,无咎。”
乾:乾乾,即自强不息;惕:小心谨慎。形容一天到晚勤奋谨慎,没有一点疏忽懈怠。


「乾」はgānではなくて乾隆帝のqiánのほう。
日夜務めて怠らず注意を払って慎重である、まじめな仕事の態度を表す成語。

ドラマでは前後の順番を間違えたうえに「夕朝乾」と字まで間違えたことになってます。

それがどうして「顯露其不敬之意」と不敬罪にまで発展したかについて中国の網友のあいだでも議論になってました。
・「朝乾夕惕」を「夕惕朝乾」と前後を入れ替えたのが皇帝を馬鹿にしている。朝から夜まで働くのではなく、怠けてる様子を表しているから。
・「夕惕」を「夕陽」とわざと書き間違えた。「夕陽」は没落や退位の象徴なので皇帝に早く引退しろと暗示している。
などの説があるようです。

「夕陽」と書いた点については字が汚くて「陽」に見えただけ、年羹堯を罷免するために文字獄にこじつけたという見方もあるようです。

ドラマでは折子を読み上げていた甄嬛が「こんな不敬な文書は読めません」と言いだして雍正が怒ったので、年羹堯は甄嬛に陥れられたってことなんでしょうね。
私が面白いと思ったのは、大陸の若者は「惕」「陽(簡体字では阳)」の字形の相似があまりピンときてなかったらしい点です。


“大逆之言”なので皇帝に見せられないという甄嬛。
そういわれれば皇帝は当然見ますよね・・・



このあと斯基瞒のキャプチャばかりで気持ちわるい。
「朝乾夕惕」の四文字を



「夕陽朝乾」と書いた。
“写成”は補語です。



ここの
“直不欲以朝乾夕惕四個字,歸之於朕罷了”(「朝乾夕惕」の四文字を朕の功績にしたくなかっただけだ)
というセリフがよく分からなかったのですが



雍正が実際に“年羹堯平日非粗心辦事之人,直不欲以‘朝乾夕惕’四字歸于朕耳。觀此,年羹堯自恃己功,顯露不臣之跡,其乖謬之處,斷非無心!”と言ったようです。出典不明っす。
雍正登基后為何翻臉誅殺年羹堯?(多維新聞)



これがその折子。誤字があってもなくても私には読めません。



このあたりセリフも史書のままのようです。






一文字書き間違えただけと知ってほっとする華妃。
この唇は「誤wu」です。



珍しく情けない顔の周寧海。
朱書きもなく付き返されるのはよほどのことなんでしょうか?



このドラマ英語字幕版とかもあるようなのですが、日本人ならまがりなりにも漢字の意味が分るから良いものの、非漢字圏の視聴者は理解できるのでしょうか?


英語字幕版予告
スン・リーの声が本人だそうです(ドラマは配音だったんですね・・・)
孫儷本人聲音版《後宮甄嬛傳》片段之一(附英語字幕)



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 09日 |



《這個詞,原來是這個意思!:重返語文的歷史現場,讓你的中文功力迅速破表》
作者:許暉
出版社:漫遊者文化
出版日期:2011年03月03日
語言:繁體中文 ISBN:9789866272493
裝訂:平裝


日本にもよくありますね、語源や漢字の読み方を解説した本。
《這個詞,原來是這個意思!》(この「詞」はそういう意味だったのか!)は現代中国語でよく使われるけど、考えてみたらどういう意味?な言葉を解説した本です。
取り上げられているのは文語から成語や俗語に使われるようになった言葉です。語彙を増やしたい中級学習者には良い本だと思います。

こんな言葉が解説されています。
「門外漢」原來是指蘇東坡
「毛病」為什麼跟「毛」有關?
「定心丸」的藥方是什麼?
「東西」為什麼不叫「南北」?



私が面白く読んだ章

◆「洒家」其實不是和尚的自稱(「洒家」は本当は和尚の自称ではない)

《水滸伝》の魯智深は自分のことを「洒家洒家」と連呼してます。和尚さんの自称だと思ってましたが、「洒家」は宋や元の頃の関西(中国の)方言で男性の自称で、お坊さん以外も使ってたそうです。


◆「赤子」原來是指嬰兒(「赤子」はもともと嬰児のことだった)

タイトルを見て「そりゃ「赤子」は赤ちゃんに決まってるだろう、赤ちゃんは赤いし」と一瞬思いました。
でも、現代中国語では「赤子」といえば心の清らかな人のこと。また色彩のredは「紅」です。
中国では意味が変わってしまった漢字を日本ではそのまま使い続けているのは面白いですね。


◆「相公」為什麼變成男妓的稱謂?(「相公」はどうして男妓の呼び名になったのか?)

解説文に

「相公」最早是對曹操的稱謂,而且特指曹操一人。
(「相公」は一番最初は曹操に対する呼称で、特に曹操だけを指した。)


とあって何かと思いました。続きは


西漢的丞相封侯不封公,東漢的丞相不封侯,到了曹操以丞相的官職封魏公,因此成為「相公」。這當然是對曹操的敬稱。
(前漢の丞相は侯に封じるが公には封じなかった、後漢の丞相は侯に封じなかった、曹操の時になって丞相の官職をもって魏公に封じたため「相公」となった。これは当然曹操に対する敬称だった。)


最初は丞相+公爵=「相公」で最高の敬称だったものが、だんだん普通の役人も「相公」と呼ぶようになり、そのうち民間の人でも「相公」と呼び合うようになり、清朝には京劇の女形を指すようになったそうです。

曹魏では「主公」ではなく「相公」と呼んでいたのだろうか・・・ヘンだ・・・


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 10日 |

中国古典小説選〈3〉世説新語 六朝2(明治書院)竹田 晃 (著)  黒田 真美子 (編集)


なぜかamazonでヒットしない・・・と思ったら「世新語」で掲載されてました。
抄訳ですが、原文に日本語と語釈がついてて良い本です。

魏武関係の日本語訳を引用しておきます。
(あとで自分で使うので)



楊徳祖(楊修)は魏の武帝(曹操)の主簿だった。当時、丞相府の門が建造されたが、たるきが組み上がったばかりの時、武帝はみずからそれを見に出かけ、人に命じて門の扁額に「活」という字を書かせると、さっさと立ち去った。楊はそれを見ると、すぐさまその門を壊すように言いつけ、壊し終わるとこう言った。
「門の真ん中に『活』と書けば、『闊』という字になる。王(当時曹操は魏王だった)は門の大きすぎるのがお嫌なのだ。」
(中国古典小説選〈3〉世説新語 捷悟第十一)


いま読んで自分の勘違いに気づきました。ドラマとかではたいていすっかり出来上がった門の柱に魏武がさらさらと達筆で書き付けて帰っていくので、あーあ全部できてからまた壊すのか・・・と思わされるのですが、実際は未完成の段階だったんですね。そしてそこまで自分の達筆を自慢しなくても・・・と思ってたら他の人に、それも柱じゃなくて扁額に書かせたのですね。


ある人が魏の武帝(曹操)に酒壺一杯のヨーグルトを贈った。武帝は少しばかり食べると蓋の上に「合」という字を書いて一座の者に見せた。人々は誰もどういう意味だかわからなかった。ヨーグルトは順送りに手渡しされて楊修のところに廻されてきた。すると修はさっさとそれを口に入れて言った。
「皆に一口ずつ飲めとの仰せなのだ。何もちゅうちょすることはない。」
(中国古典小説選〈3〉世説新語 捷悟第十一)


これもドラマだと、楊修が置いてあるヨーグルトに歩みよって盗み食い・・・ってパターンが多いような。
そして『闊』のときは「楊」と書かれているのにヨーグルトの話では「脩」なのはどういう使い分け?


魏の武帝(曹操)は、ある時曹娥の碑のそばを通りかかった。楊脩が随行していた。その碑の裏面に「黄絹・幼婦・外孫・齏臼」の八字が刻まれていうのを見て、武帝は脩に言った。
「わかるかね。」
答えて言った。
「わかりました。」
武帝は言った。
「(答えは)まだ言わないでおいてくれ。わしが考えてわかるまで待ってくれ。」
それから三十里ほど行くと、武帝はやっと言った。
「わかったぞ。」
脩には回答を別に書かせてから答えさせた。
「『黄絹』とは色糸のことです、文字にすると『絶』となります。『幼婦』とは『少女』です。文字にすると『妙』になります。外孫とは『女(むすめ)の子』です。文字にすると『好』になります。『齏臼』とは『辛(からし)を受け入れる器』です。文字にすると『辞』になります。つまり(この八字)は所謂『絶妙好辞』(すばらしい言葉。表面の碑文を讃えたのである)ということになります。」
武帝の方でも、脩と同様の回答を書きつけてあった。そこで感嘆して言った。
「わしの才が、君に三十里及ばないことが今にしてわかったよ。」
(中国古典小説選〈3〉世説新語 捷悟第十一)


「曹娥碑」の場所については以前調べました。



魏の武帝(曹操)が匈奴の使者を引見しようとしたが、自分は風采があがらず、遠国を十分に威圧することができないと恐れ、崔季珪(崔琰)を代役に立て、みずからは太刀持ちの臣を装って玉座のかたわらに立った。会見が終わってから、間諜を放って探らせた。
「魏王はどうだったか。」
匈奴の使者は答えた。
「魏王は実に押し出しがりっぱだった。しかし、玉座の脇で刀を持っていた人、あれこそ英雄だ。」
武帝はこの報告を聞くと、追っ手を出してこの使者を殺させた。
(中国古典小説選〈3〉世説新語 容止第十四) 


語釈のところに「曹操は、間諜の報告を聞き、自分のうった芝居を見破られたと察し、恥ずかしさと怒りで使者を殺させたのであろう。」と書いてあった。

けど、以前に解いてみた台湾の高校の国語の問題には
Q:曹操為何派人追殺使者?
A:使者眼光非凡,除之以絕後患
とありました。
中国のネットで同じような質問をしてる掲示板があって、そこについてるコメントにも「頭の良い敵を生かしておいては自国のためにならない」という答えが多かった。



捷悟第十一

1.
楊德祖為魏武主簿。時作相國門,始搆榱桷,魏武自出看,使人題門,作「活」字,便去。楊見,即令壞之。既竟曰:「門中『活』,『闊』字。王正嫌門大也。」

2.
人餉魏武一桮酪,魏武噉少許,蓋頭上題「合」字,以示眾。眾莫能解。次至楊脩。脩便噉曰:「公教人噉一口也,復何疑?」

3.
魏武嘗過曹娥碑下。楊脩從。碑背上見題作「黃絹幼婦,外孫齏臼」八字。魏武謂脩曰:「解不?」答曰:「解。」魏武曰:「卿未可言,待我思之。」行三十里,魏武乃曰:「吾已得。」令脩別記所知。脩曰:「黃絹,色絲也,於字為絕。幼婦,少女也,於字為妙。外孫,女子也,於字為好。齏臼,受辛也,於字為辭。所謂『絕妙好辭』也。」魏武亦記之,與脩同。乃歎曰:「我才不及卿,乃覺三十里。」

容止第十四

1.
魏武將見匈奴使。自以,形陋不足雄遠國。使崔季珪代,帝自捉刀立牀頭。既畢,令間諜問曰:「魏王何如?」匈奴使答曰:「魏王雅望非常,然牀頭捉刀人,此乃英雄也。」魏武聞之,追殺此使。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 06月 05日 |
《新漢語水平考試 精講精練》
北京語言大学 65元

続きです。
上一集
《新漢語水平考試 精講精練》4 語順
(適当に書いたので学習に利用する方は自分で辞書や文法書に当たってくださいね)


成語は出たら諦めるしかないんじゃないの~?と思ってるのですが・・・

■成語の不適当な使用
1.成語の感情色彩に注意する。
2.塔配対象が違う成語に注意する。

(92)
×市面上浩如烟海的汽车美容养护产品满足了...
◯市面上琳琅满目的汽车美容养护产品满足了...
→“浩如烟海”は文献、資料などが豊富なことで商品の多様性には使えない。“琳琅满目”は良い事物(書籍工芸美術品)が多いことを形容する。

(93)
×化妆时从肤色、色彩搭配到各个细节都一尘不染,恰到好处。
◯化妆时从肤色、色彩搭配到各个细节都一丝不苟,恰到好处。
→“一尘不染”は非常に清潔なことを形容する。“一丝不苟”は非常に真面目なこと、いい加減でないことを形容する。

(94)
×如今有些父母..有的甚至慷慨解囊“买名”。
◯如今有些父母..有的甚至不惜重金“买名”。
→“慷慨解囊”は金銭を出して自分ではなく他人を援助すること。お金を使うのを惜しまないのは“不惜重金”。

(95)
×店员很热情,服务态度也很好,讲起产品性能夸夸其谈,感觉挺专业的。
◯店员很热情,服务态度也很好,讲起产品性能头头是道,感觉挺专业的。
→“夸夸其谈”は言葉が実際に合っていないこと、“头头是道”は言葉や行いに条理があること。
⇒しかし中国人の言うことはおしなべて“夸夸其谈”と思えるのですが・・・この選択肢マルでも良いんじゃないの?

(96)
×年逾花甲的黑妮嗓音很亮...在星光大道的舞台上崭露头角...。
◯年逾花甲的黑妮嗓音很亮...在星光大道的舞台上表现出色...。
→“崭露头角”は若者が非凡な才能を見せること。

(98)
×经常饮用凉开水可以使老人面色红润,年富力强...
◯经常饮用凉开水可以使老人面色红润,精力充沛...
→“年富力强”は若者の精力が旺盛であること。

(99)
×这部影片把母爱表现的炉火纯青...
◯这部影片把母爱表现的淋漓尽致...
→“炉火纯青”は技芸が超越すること、学問や技術の熟練程度を表す。表現が徹底しているときには“淋漓尽致”を使う。

(100)
×听起来让人感觉他似乎漠不关心任何事情...
◯听起来让人感觉他似乎对任何事情都漠不关心...
→“漠不关心”は賓語を取ることができない。

(101)
×世界杯赛场上济济一堂、万头攒动,加油呐喊声震耳欲聋...
◯世界杯赛场上人潮涌动、万头攒动,加油呐喊声震耳欲聋...
→“济济一堂”は人材が集結すること。


最後は勘に頼るしかないな・・・

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 01月 23日 |
d0127061_22585148.jpg『三国志英傑伝 関羽』( 原題《関雲長》)の姜文を見て、《讓子彈飛》のDVDを買ってあった(1年前に)ことを思い出し、鑑賞してみました。

ものすごおおおおおおおおく面白かった。
中国映画にこんな面白い作品が撮れるとは思ってなかった。いままでバカにしててすいません>中国映画

ストーリーもアクションも面白かったし姜文も葛優も周潤發も三人とも素敵だったし陳坤はアホの役でも美しかったし、セリフが大爆笑の連続で、最盛期の馮小剛なみに笑える。叩きすぎてヒザが痛い。


それなのに、さっぱり分からなかった。一秒一秒ぜんぶが分からなかった。
いったい何が何を意味しているのか?

馬の引く列車がマルクス・レーニン主義(馬列主義)の暗喩だとかネットにあるけど、じゃあ鵞鳥が50羽というのは何か?もしや鵝(é)は蔡鍔(è)将軍のことだとでも言うのか?
親より大きい八歳の息子は八路軍の暗喩だとでも?

山賊の仮面が麻雀牌の理由は?死んだ部下が「六番目」の訳は?太鼓の意味するものは?
水を踏んで県城へ入っていく場面は何を象徴してるの?
最初から最後まで「?」の連続でした。




中国ではどんな発言も芸術も政治的な意味があると解釈されちゃいます。それで映画も検閲されます。この作品は検閲を上手くくぐり抜けて政治的批判をしていると評されてますが、本当はまったく体制批判じゃないのかも知れません。

でもどうせ政治的比喩と思われるんだし、批評家が勝手に解釈できるように意味深な場面を撒き散らしとこう、というだけのことなのかも・・・とも思えます。それともやっぱり批判なのか?と堂々巡り。

それでも、あまり深く考えず娯楽作品として見ても本当に面白いので、日本でもぜひ上映してもらいたいものです。
《太陽照常昇起》の難解さに挫折した人(私)でも大丈夫です。



<政治的比喩とは無関係に単に分かんなかったところ>

「黛玉晴雯子」って名前の女性が出てきて「日本式の名前だ」というのですが、いったいどこが!?
紅楼夢の登場人物をくっつけだだけじゃないの???

民国になっても師爺って存在したんでしょうかね。
葛優の髪は辮髪切って伸びた髪形なのか?それともカツラなのだろうか。

姜文の演じる山賊の本名が「張牧之」と聞いた葛優が「いい名前だ、兗州牧、豫州牧。お父上は息子の出世を願ったんだな」と言うんですけど、耳で聞いただけで漢字まで分かるのかしら。慕之とか目之とかいう可能性はないのか。
私は毛沢東の字の潤之を連想しましたが、それは中国でも普遍的現象のようです。しかしその連想は浅はかすぎるそうです。ごめん浅はかで。

「介錯」(ハラキリ自殺の幇助)という単語が普通に使われてました。日本語かと思ってたのにもとは中国語なのか?(←日本語でした)
中国でも通じるの?「介錯」って漢字だけ見ると「紹介し間違えちゃった」みたいな雰囲気だけど。

<どうでもいいけど>

葛優が姜文を「少年得志」と褒めていた。これは本当の褒め言葉だったみたい。

老二がものすごくカッコイイけど声が変と思ったら邵兵だった。しかも台詞が面白い。良い役でした。
邵兵って「スパイシーラブスープ」のカメラマン演じてた人だったのか・・・古い知り合いだったのね(私と)


予告編 
サムネイルの美形が陳坤 眼帯してるのが邵兵



DVDには四川話版予告も入ってて、姜文の四川話がこれまたカッコイイ。
四川では四川バージョン公開だったのでしょうか。



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2011年 04月 11日 |
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《蔡康永的说话之道》
沈阳出版社



《蔡康永的説話之道》は台湾でも大陸でも長い間ベストセラーリストに載ってて、まだ書店でヒラ積みになってたので買ってみました。

トークショーの司会者が「話し方」を教えてくれる本です。

日本人から見ると中国人はあまり気を使わずに思ったままを口にしてるように思えますが、この手の本がベストセラーになるということは、中国人も悩んでいるのでしょうか。

内容は日本でもよくある「人に好かれる話し方」と同じようなものです。
相手の気持ちになって話す、専門用語ばかり使わない、金を使うより心を使うなど常識的なことが多かった。

1章が短くて文章も読みやすいので、中級くらいの閲読練習には良いと思います。
私が読んだのは大陸版なので、あまりにも台湾國語な単語には注釈がついてて便利でした。


けど蔡康永って好き放題に喋ってるようでいて、けっこう細心な人なんですね(当たり前か)
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2011年 03月 05日 |
拍手コメントレス不要とのことでしたが、調子に乗って書いてみます。
白文字反転劇場

<世界初の丕粛>

片田舎の太守・魯粛を引き抜いて都に連れ帰った曹丕。
華やかな都では曹操主催の宴会が行なわれる。

新しい謀士を舞踏会デビューさせようと同伴する曹丕。
曹操の招いた主賓は、名ばかりの名誉官位を貰って幽閉されていた孫権だった。

最上位の主賓席に坐る孫権、曹操の長子として真向かいの席を占める曹丕、その隣につつましく控える魯粛。

踊り子の裾がひるがえるたび通路越しに交差する視線・・・
壁にはりめぐらされたいくつもの銅鏡に浮かぶ人影・・・

大型詩史電影 <合・榻> 2011年清明節公開!
銅鏡が吹っ飛ぶド派手な銃撃戦を見逃すな!

(さっきジョニー・トーの映画見たから・・・)



本題です。

今回は中国人の“榻”の解釈について
まず日本語訳を確認しておきましょう。ちくま文庫版の訳文

〔その場の〕賓客たちが退出するとき、魯粛も辞去しようとしたが、ひとり魯粛だけを呼び戻して、榻(低い足のついた小さな牀。貴人が坐る)をつき合わせ、向かい合って酒を飲んだ。

正史 三国志7 呉書 Ⅱ 周瑜魯粛呂蒙伝 第九 ちくま文庫



日本語版の解釈では「低い椅子」ってことみたいですね。

では「三国志集解」を見てみましょう。(年に一度くらいは役にたつ集解)
「合榻對飲」の直後に胡三省の注がついてます。

胡三省曰榻牀也有坐榻也有臥榻今江南又呼几案之屬為卓牀卓高也已其坐榻臥榻為高也合榻猶言合卓也



文語なのでよく分からないのですが、榻にも「坐榻」と「臥榻」の二種類あって、合榻の場合は「机をくっつけた」といってるようです、たぶん。

易中天「品三国」ではこんなの

魯肅投奔孫權後,孫權馬上就接見了,而且和他有過一次他同桌喝酒(合榻而飲)的密談。這次密談,堪稱“魯肅”版或“東吳版”的《隆中對》。
(魯粛が孫権の家臣になったあと、孫権はすぐに彼を引見し、その上、一度は彼と同じ机で酒を飲んで(合榻而飲)密談したこともありました。この密談は“魯粛”版、または“東呉版”の「隆中対」と呼べるでしょう。)
(易中天「品三国」 第17集 隆中対策)


易中天老師の見解は「つくえ」のようですね。

易中天「品三国」は「三国志 素顔の英雄たち」のタイトルで日本語訳も出ています。
日本での評価はあまり良くないようですが、この番組(テレビ番組の書籍化なのです)のおかげで、中国では曹操ファンと周瑜ファンが確実に激増したと思われます。曹魏派と東呉派は読んで損しない本だと思います。

次行きましょう。柏楊老師の「品三国」。


孫權接見魯肅,交談之下,大為興奮。等到賓客全部告辭時,還特地留下魯肅,把坐榻靠在一起,一面飲酒,一面交換意見。
孫権は魯粛を引見し、話をするうちにとても興奮した。賓客たちがみな帰ってしまっても、魯粛だけをわざわざ引きとめ、「坐榻」をくっつけて、酒を飲みながら意見を交わした。)
(柏楊「柏楊品三國」 三 東吳帝國建立)

柏楊老師は「坐榻」と書いているので、「低い椅子」という意見なのでしょうか。


あと何冊か手元の本を読んでみたところでは、「つくえ」派が多いようです。
それなりの学者は「つくえ」または「低い椅子」という意見のようですね。

しかし、ネットの記事などを見ると「ベッド」という解釈が多いようです。“榻上策” の説明に「同榻而臥」と書いてる文章もあったし。
たぶんあまり古文に詳しくない現代中国人は「ベッド」と誤解してるんじゃないでしょうか。


それにしてもなぜ私まで一緒になってこんな誤解を・・・と自分でもちょっと謎だったんですが、思い出しました。

この人のせいです。

新版三国 37集
諸葛亮、字八卦(外號娯楽快報)が魯粛についての情報をリークする場面

「哪曉得從此以後 整整一個月 孫權與魯肅 食則同席」
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「寢則同室 朝夕不離」
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寢則同室・・・孔明の罠だったとは・・・

劉備「ううむ」
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劉備さん、言いたいことがあるなら言っていいんですよ

とりあえずおしまい。




前回エントリー
魯子敬さんの“榻上策” 其の弐
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2010年 12月 11日 |
「漢文力」
加藤 徹(中央公論新社)

漢文といっても論語とかだけじゃなくて仏典まで収録されてて興味深い本でした。
こんなのがあったんです。


六祖,因風颺剎幡。有二僧,對論。一云「幡動」。一云「風動」。往復曾未契理。祖云「不是風動,不是幡動。仁者心動。」二僧悚然。(無門關)



二人の僧が旗が風にはためいているのを見て「旗が動いている」「風が動いている」と言い争いをしてたんですって。
で、六祖(惠能)が「お二人の心が動いているんです」と二人をギャフンと言わせました。

あ~!東邪西毒のイントロの
「佛祖有云,旗未動,風也未動,是人的心自己在動」
ってはこれのことだったんですね!!

禅問答だったのか・・・道理でワケわからんと思った。ウォン・カーワイだから意味不明なのかと誤解してた。





この最初に出てくる漢文ですね。続きはDVD買って見てね。


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2009年 05月 16日 |
ニール・ゲイマンの「アメリカン・ゴッズ」にこんな一節が


中国のこういう諺を知ってるかい?ある男の命を助けたら、その男に責任を持てっていうやつ。

「アメリカン・ゴッズ」
ニール・ゲイマン (著)  金原 瑞人, 野沢 佳織 (訳)
角川グループパブリッシング

「ある人間を助けたら、一生その人間に責任を負う」
「川で溺れてる人を助けたら、その人の命に責任を持つことになる」
というような言葉を、「中国の諺」として何度か聞いたことがあるのですが、どれも中国ではなく欧米の小説やドラマだったような。

中国的報恩・報仇の観念から外れてるように思うんですけど。本当に中国にあるんでしょうかこんな諺。



「アメリカン・ゴッズ」には世界中のいろんな神さまが登場するのですが、「男女七人の中国人」と「五人の日本人女性」の正体が分からず気になってます。七福神?
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