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2014年 04月 15日 |
(重箱の隅をつつきまわすコーナーです)

甄嬛の嬛ってどう読むの? 日本語篇
を書いてるうちにさらに疑問が湧いて来ました。


中国語版ではhuánと発音されているヒロインの名前“嬛”。
ご本人申告によると“嬛嬛一嫋楚宮腰”(《一剪梅》)から取られているそうです。

オンライン辞書「漢典」を見てみると

漢典
huán 古女子人名用字。
xuān〔便~〕轻柔美丽。
qióng 古通“茕”,孤独




《一剪梅》の嬛嬛は形容詞なので、もしかしてxuān xuānと読むのじゃないかしら・・・?
と思って検索してみるとけっこういろいろヒットします。

从“嬛”字读音之争看“白字连剧”(新华每日电讯)
(「嬛」の読み方論争から「誤字ドラマ」を解読)
という記事によると

《咬文嚼字》杂志近日公布“2012年度十大语文差错”,按《汉语大词典》,热播电视剧《甄嬛传》中“嬛”的读音应该为“xuān”而非“huán”。
( 《咬文嚼字》誌が先ごろ「2012年誤用ベスト10」を発表した。人気テレビドラマ《後宮甄嬛傳》で「huán」と読まれている「嬛」は「漢語大詞」によれば「xuān」が正しいという。)



なんと本場中国では早くからhuánは間違いでxuānと読むべきだと論争になっていたのです。
いまごろ気づいてお恥ずかしい。

2012年の十大誤字にまで入っちゃってますね。
原作者のマネージャーは“作为甄嬛传第一见证人,深知流敛紫最初实取“xuān”音・・・”と言ってるみたいです。原作者はちゃんと知ってたけどテレビではhuánになっちゃったのでしょうか?

なぜこの文字にこんなにこだわってるかというと自分が同じ間違いをやらかしてしまったからです。
(前回の記事を書いてるうちに「そういえばこの字まえに間違えた字では?」と思い出したので・・・)
 
《紅樓夢魘》 音読教材
丫嬛yā huánをyāqióngと読んでしまったんですね~、無知ってこわい。


ネットで投票まで行われてました。

【最投票】你念错“甄嬛”的读音了吗?
(きみは“甄嬛”を正しく読めたかな?)
念错了,一直念huán(間違えてhuánと読んでいた) 87.01%
没念错,就是xuān(正しくxuānと読んでいた) 4.17%
没看过,没听过,没念过(見たことないから知らない) 8.82%


9割近くが間違って読んでたと。



なお2013年の十大誤字は
1.○鸡(土从)菌jīzōngjūn
 ×鸡枞菌jīcōngjūn
2.○美国作家菲尔丁
 ×英国作家戈尔丁
3.○薄谷开来认罪服法
 ×薄谷开来认罪伏法
4.○泄密
 ×泄秘
5.○蜇人
 ×蜇人
6.○文职干部
 ×文职将军
7.○杀医案?
 ×弑医案
8.○冒
 ד曰”或“日”。(ネットでは分らないですが、横画は縦画にくっついてないのです)
9.○受权
 ×授权
10.○羊蝎子
 ×羊羯子


漢字の国はたいへんですね。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 11日 |
《後宮甄嬛傳》で皇上が甄嬛を“嬛嬛huánhuán”と呼ぶのを聞くと「ホアンホアンって・・・パンダか!?」と思ってしまいます(古)。
このヒロインの名前、日本版では「しん・けい」となっているんですね。


“宮廷の諍い女”BSフジ

甄嬛(しん・けい)
甄遠道の娘。自分の意思とは逆に秀女に選出され、後宮入りする。後宮で平穏に暮らすことを望むが、皇帝から寵愛を受けることで、皇后や華妃を始めとする側室から嫉妬され、諍いに巻き込まれていく。



中国語を勉強した人なら、中国語の-nと-ngの覚え方として
・日本語で「ん」で終わる漢字は中国語では-nで終わる。例)安 アン ān
・日本語で「い」「う」などで終わる漢字は中国語では-ngで終わる。例)陵 リョウ líng、容 ヨウ róng
という小技を習ったと思います。

それなのに“huán”の日本音はどうして「けい」なんだろうと疑問。ちょっと調べてみました。
日本の辞書にはあまり載ってない文字のようでネットではWeblio 辞書しか見つかりませんでした。


Weblio 辞書
嬛 画数:16
音読み:ケン、 ケイ、 ギョウ
訓読み:かたい
ピンイン:huan2 / qiong2 / xuan1
対応する英語:apt, clever, sycophant, flatterer


たぶん
huán→ケン
qiong→ケイ
xuan→ギョウ
なのか?と推測いたします。

オンライン辞書「漢典」を見てみると

漢典
huán 古女子人名用字。
xuān〔便~〕轻柔美丽。
qióng 古通“茕”,孤独


qióngは「さびしい」の意味なので“嬛”を「ケイ」と日本語読みすると女性の名前としてはヘンなんじゃないでしょうか。


どうにも気になるので図書館で諸橋漢和辞典を見てきました。
ついでに写メしてきました。ごめん。







漢和辞典の見方がよく分からないのですが、まとめてみると

[一]ケン (1)かたい。(2)たをやか。しなやか。(3)身がかるい。すばやい。
[二]ケイ、ギャウ (1)ひとり。(2)みめよい。
[三]ゼン (1)つづかない。(2)軽くあがる。
[四]エン 身の軽便なさま。
[五]クワン、ゲン 女のあざな。


となると思われます。

第1集で皇上が甄嬛に「huanはどのhuanだ?」と聞いて、ヒロインが“嬛嬛一嫋楚宮腰,正是臣女閨名。”と蔡伸の《一剪梅》を引用して答えてました。
うっかり教養があるところも見せちゃう場面ですね。






《一剪梅》では「嬛嬛」は「たおやか、しなやか」の意味で使われてるようです。
諸橋漢和辞典では




「嬛嬛」
ケイケイ①ひとりのさま。たよるところのないさま。
ケンケン②たをやか。しなやか。



これだと「嬛」は「ケン」と読むべきじゃないかなあと思います。
でもヒロインの名前が「ケンケン」はあんまりだというので、日本版ではあえて「ケイ」にしたのでしょうか?






なんとこの記事続きます。





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2013年 11月 05日 |
前回の記事が長くなりすぎて肝心の部分が紹介できませんでした。
前回記事「漢文スタイル」



漢詩を白文なしの読み下しのみで掲載している本というのがあるんですね。
そこから日本語における漢詩の二重性の話になって


ともあれ、直読とは原始を字音(どの地域のどの時代の字音かはとりあえず問わずに)そのままで読むことであるから、訓読を軸にして考えると、直読/訓読の「二重性」は原詩/訓読とパラレルになりそうなのだが、じつは二つの「二重性」はすんなりとは重ね合わせられない。直読/訓読の「二重性」では、前者は詩の音声を担い、後者は詩の意味を担う・「訓読漢詩」では、原詩は「視覚的・観念的」であり、訓読こそが「聴覚的・音声的」である。音声を担う項が反対なのだ。
(略)
訓読という行為と訓読されて紙面に定着した文とのあいだを見きわめること。とりわけ、訓読された文が音声の優位性をともないつつ現れるときには、注意が必要である。訓読という行為と読み下しの暗誦とを混同してはならない。
訓読があくまで訳読であるなら、読み下しは何通りもあり得るはずで、たまたま書きとめられた読み下しはさまざまな読みの痕跡の一つに過ぎない。だが、近世後期以降、教育の手段として広まった素読によって、訓読の結果としての音声が訓読という行為に先立って与えられるようになると、読みの痕跡が逆に読みを指示するようになる。漢籍の和刻も、細かい読みが施されたものが増えてくる。それはいずれ忘れられる筌跡であったはずだ。しかし、身体に刻まれた音声の威力は、あなどれない。

「訓読の自由」
「漢文スタイル」
齋藤 希史 (羽鳥書店)




「身体に刻まれた音声の威力は、あなどれない」
本当にその通りですね。


訓読(翻訳)だけならまあそれほど害はなかったと思うんですよね。
外国語が分からないなら何とかして翻訳するしかないんだし。

でもそれを素読して暗誦して、日本語の音として記憶してしまったのが致命的だった。
外国の文字(漢字)が並んでるのを見ても日本語の音で読む習性が身体に叩き込まれてしまった。

それで、子孫が英語や中国語を学ぶときに、外国語を見ているのにそれが外国語の「音」を表しているとどうしても認識できなくなっちゃんたんじゃないかな。


中国語を勉強してると、時々漢字が中国語の文字だとどうしても理解できない(としか思えない)日本人学習者に会います。
皮肉なようですが、中国の文化や歴史がお好きな年配の男性だったりします。

ご本人も頭では分かってるのでしょうが、漢字は中国語の「音」を表しているというのが身体で分からないんだと思う。どんなに努力しても日本の音で読んでしまう。
江戸時代の朱子学を勧めた偉い人とかを恨んでください・・・とお気の毒になります。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2011年 01月 12日 |
京都国立博物館の「筆墨精神―中国書画の世界―」を見に行って思い出したので。

中国で仕事が思ったより早く片付いて、半日空いてしまったことがあったんです。
観光でもするかと思ったんですがあまり時間がないので、

1.孫権の出身地・富陽に行ってみる
2.「蘭亭序」で有名な蘭亭へ行ってみる

どっちかしかできそうもありません。

富陽は行っても見るところない気がしたので、結局蘭亭へ。

私は書のことは本当に何も分からないのです。
ただ蘭亭ってよほど風光明媚な素晴らしい場所なんだろうと思っただけ。

入り口の説明看板
(いま写真見ると地名の由来は「越王勾践が蘭を植えたから」って書いてありますが・・・復讐のかたわら蘭も栽培してたんでしょうか勾践って『復讐の蘭花 -臥薪嘗胆-』)





入ってすぐのところに「鵞池」というのがありました。



鵞池だけにガチョウがいっぱい。寒そうだった・・・




「鵞」を兄が書いて「池」を弟が書いた(逆だったかも)みたいな説明が書いてありました(たぶん)。




敷地内には竹やぶとか池とかあずまやとかが点在していますが、それ以外に見るものは大してありません。

康熙帝が建てたのかも知れない石碑。違うかも。







ただ石碑が黙ってたっているだけです。見る人が見ればすごいのでしょうか。




シーズンオフで小雨がちの日だったので、観光客も2~3組しかいませんでした。
おかげで中国の観光地で初めてのんびり景色を楽しめました。
とても静かで竹が風に鳴る音まで聞こえて、とても中国にいるとは信じられないほどです。




行きはタクシーを利用しましたが、帰りは路線バスに乗ってみました。




蘭亭と言うとありがたい気がしますが、すぐ側をダンプカーがビュンビュン走る産業道路沿いに位置しています。
周囲も工場や道路の建設途中で、風光明媚とかそんなのは数千年前の話ですね。

中心地から車で30分くらいかかったと思います。当時は会稽だって十分イナカだっただろうに、なにを好き好んでこんな都会から離れたところまで来て字なんて書いたのかしら当時の名士の人たちって・・・と謎に感じました。

でも本当に静かで人がいなくて、中国でこれまで行ったどこよりも安らぎを感じました。
どこもこれくらい静かだったらいいのになー。



おみやげ。なんたら言う人の「蘭亭序」(のコピー)




しかし改めて何も分からないまま行って、何も分からないまま参観してきたんだなあと・・・


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「奇跡の再会 三国志呉志残巻」 (京都国立博物館)
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by xiaoq | 2011-01-12 00:47 |