タグ:古文に苦しむ ( 39 ) タグの人気記事
|
|
2014年 04月 17日 |
《後宮甄嬛傳》で皇后がよく“本宮是六宮之主”とか言ってます。
“六宮”って何?と思ったので検索してみました。


百度百科
六宫[liù gōng]

“六宫”,本义是指古代皇后的寝宫,又因六宫为皇后居住之所,所以往往用六宫代指皇后,如同后世用中宫代指皇后一样。 而六宫的概念至唐代已非专指皇后,而泛指后妃了。

《周礼·天官·内宰》中有“以阴礼教六宫”的记载。郑玄解释,皇后寝宫有六,其中一正寝,五燕寝,合起来即六宫。《周礼》:“天子后立六宫:三夫人,九嫔,二十七世妇,八十一御妻,以听天下之内治。”郑玄注:“六宫者,前一宫,后五宫也,三者,后一宫,三夫人一宫,九嫔一宫,二十七世妇一宫,八十一御妻一宫,凡百二十人。” 白居易《长恨歌》中的“回眸一笑百媚生,六宫粉黛无颜色”,李贺《贝宫夫人》中的“六宫不语一生闲,高悬银牓照青山”,所言“六宫”皆指后妃,而不是专指皇后。



古代の皇后は六宮(正寝1+燕寝5)に住んでいた。
そのため六宮は皇后を指す。唐代以降は皇后だけでなく広く后全般を指すようになったという理解でいいのかな?



漢典
六宫  liù gōng

古代皇后的寝宫,正寝一,燕寝五,合为六宫。《礼记·昏义》:“古者,天子后立六宫,三夫人、九嬪、二十七世妇、八十一御妻,以听天下之内治,以明章妇顺,故天下内和而家理。” 郑玄 注:“天子六寝,而六宫在后,六官在前,所以承副施外内之政也。”因用以称后妃或其所居之地。《周礼·天官·内宰》:“以阴礼教六宫。” 郑玄 注:“六宫谓后也。”《周礼·天官·内宰》:“上春,詔王后帅六宫之人,而生穜稑之种,而献之于王。” 郑玄 注:“六宫之人,夫人以下分居后之六宫者。” 晋 干宝 《晋纪总论》:“故 贾后 肆虐於六宫, 韩午 助乱於外内,其所由来者渐矣,岂特繫一妇人之恶乎?” 唐 白居易 《长恨歌》:“回眸一笑百媚生,六宫粉黛无颜色。” 清 黄遵宪 《乌之珠歌》:“御牀不扫空垂帘,六宫共抱 苍梧 痛。”





皇后の六宮之主のキャプチャが見つからなかったので協理六宮で



ついでに「既生瑜、何生亮」もお届けします
じーしょんゆ~、ほーしょんりぁぁぁぁぁん~



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2014年 04月 15日 |
(重箱の隅をつつきまわすコーナーです)

甄嬛の嬛ってどう読むの? 日本語篇
を書いてるうちにさらに疑問が湧いて来ました。


中国語版ではhuánと発音されているヒロインの名前“嬛”。
ご本人申告によると“嬛嬛一嫋楚宮腰”(《一剪梅》)から取られているそうです。

オンライン辞書「漢典」を見てみると

漢典
huán 古女子人名用字。
xuān〔便~〕轻柔美丽。
qióng 古通“茕”,孤独




《一剪梅》の嬛嬛は形容詞なので、もしかしてxuān xuānと読むのじゃないかしら・・・?
と思って検索してみるとけっこういろいろヒットします。

从“嬛”字读音之争看“白字连剧”(新华每日电讯)
(「嬛」の読み方論争から「誤字ドラマ」を解読)
という記事によると

《咬文嚼字》杂志近日公布“2012年度十大语文差错”,按《汉语大词典》,热播电视剧《甄嬛传》中“嬛”的读音应该为“xuān”而非“huán”。
( 《咬文嚼字》誌が先ごろ「2012年誤用ベスト10」を発表した。人気テレビドラマ《後宮甄嬛傳》で「huán」と読まれている「嬛」は「漢語大詞」によれば「xuān」が正しいという。)



なんと本場中国では早くからhuánは間違いでxuānと読むべきだと論争になっていたのです。
いまごろ気づいてお恥ずかしい。

2012年の十大誤字にまで入っちゃってますね。
原作者のマネージャーは“作为甄嬛传第一见证人,深知流敛紫最初实取“xuān”音・・・”と言ってるみたいです。原作者はちゃんと知ってたけどテレビではhuánになっちゃったのでしょうか?

なぜこの文字にこんなにこだわってるかというと自分が同じ間違いをやらかしてしまったからです。
(前回の記事を書いてるうちに「そういえばこの字まえに間違えた字では?」と思い出したので・・・)
 
《紅樓夢魘》 音読教材
丫嬛yā huánをyāqióngと読んでしまったんですね~、無知ってこわい。


ネットで投票まで行われてました。

【最投票】你念错“甄嬛”的读音了吗?
(きみは“甄嬛”を正しく読めたかな?)
念错了,一直念huán(間違えてhuánと読んでいた) 87.01%
没念错,就是xuān(正しくxuānと読んでいた) 4.17%
没看过,没听过,没念过(見たことないから知らない) 8.82%


9割近くが間違って読んでたと。



なお2013年の十大誤字は
1.○鸡(土从)菌jīzōngjūn
 ×鸡枞菌jīcōngjūn
2.○美国作家菲尔丁
 ×英国作家戈尔丁
3.○薄谷开来认罪服法
 ×薄谷开来认罪伏法
4.○泄密
 ×泄秘
5.○蜇人
 ×蜇人
6.○文职干部
 ×文职将军
7.○杀医案?
 ×弑医案
8.○冒
 ד曰”或“日”。(ネットでは分らないですが、横画は縦画にくっついてないのです)
9.○受权
 ×授权
10.○羊蝎子
 ×羊羯子


漢字の国はたいへんですね。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2014年 04月 11日 |
《後宮甄嬛傳》で皇上が甄嬛を“嬛嬛huánhuán”と呼ぶのを聞くと「ホアンホアンって・・・パンダか!?」と思ってしまいます(古)。
このヒロインの名前、日本版では「しん・けい」となっているんですね。


“宮廷の諍い女”BSフジ

甄嬛(しん・けい)
甄遠道の娘。自分の意思とは逆に秀女に選出され、後宮入りする。後宮で平穏に暮らすことを望むが、皇帝から寵愛を受けることで、皇后や華妃を始めとする側室から嫉妬され、諍いに巻き込まれていく。



中国語を勉強した人なら、中国語の-nと-ngの覚え方として
・日本語で「ん」で終わる漢字は中国語では-nで終わる。例)安 アン ān
・日本語で「い」「う」などで終わる漢字は中国語では-ngで終わる。例)陵 リョウ líng、容 ヨウ róng
という小技を習ったと思います。

それなのに“huán”の日本音はどうして「けい」なんだろうと疑問。ちょっと調べてみました。
日本の辞書にはあまり載ってない文字のようでネットではWeblio 辞書しか見つかりませんでした。


Weblio 辞書
嬛 画数:16
音読み:ケン、 ケイ、 ギョウ
訓読み:かたい
ピンイン:huan2 / qiong2 / xuan1
対応する英語:apt, clever, sycophant, flatterer


たぶん
huán→ケン
qiong→ケイ
xuan→ギョウ
なのか?と推測いたします。

オンライン辞書「漢典」を見てみると

漢典
huán 古女子人名用字。
xuān〔便~〕轻柔美丽。
qióng 古通“茕”,孤独


qióngは「さびしい」の意味なので“嬛”を「ケイ」と日本語読みすると女性の名前としてはヘンなんじゃないでしょうか。


どうにも気になるので図書館で諸橋漢和辞典を見てきました。
ついでに写メしてきました。ごめん。







漢和辞典の見方がよく分からないのですが、まとめてみると

[一]ケン (1)かたい。(2)たをやか。しなやか。(3)身がかるい。すばやい。
[二]ケイ、ギャウ (1)ひとり。(2)みめよい。
[三]ゼン (1)つづかない。(2)軽くあがる。
[四]エン 身の軽便なさま。
[五]クワン、ゲン 女のあざな。


となると思われます。

第1集で皇上が甄嬛に「huanはどのhuanだ?」と聞いて、ヒロインが“嬛嬛一嫋楚宮腰,正是臣女閨名。”と蔡伸の《一剪梅》を引用して答えてました。
うっかり教養があるところも見せちゃう場面ですね。






《一剪梅》では「嬛嬛」は「たおやか、しなやか」の意味で使われてるようです。
諸橋漢和辞典では




「嬛嬛」
ケイケイ①ひとりのさま。たよるところのないさま。
ケンケン②たをやか。しなやか。



これだと「嬛」は「ケン」と読むべきじゃないかなあと思います。
でもヒロインの名前が「ケンケン」はあんまりだというので、日本版ではあえて「ケイ」にしたのでしょうか?






なんとこの記事続きます。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2014年 04月 09日 |
「宮崎市定全集14 雍正帝」(岩波書店)

読み始めてしばらくして「・・・これ前にも読んだ・・・」と気づきました。
以前読んだとき宮崎市定先生が「雍正硃批諭旨」を強力プッシュされてたのが印象深く、すぐ後に中国の書店で「雍正帝朱批諭旨」を見かけて(しかも安かった)すごく欲しかったのですが「でも絶対読まないし」と思い直して買わなかったという過去があることも思い出しました。
もし買ってたらどうなってたかな、たぶん積読のままよね・・・


えー、さて、「雍正帝」には年羹堯の「朝乾夕惕事件」についても書かれてました。
(つまり前にも読んでた、と)


年羹堯が陝西から奉った上奏文の中に、雍正帝のことについて「夕陽朝乾」という句を用いた。これは易経の文句から出た「朝乾夕惕(ちょうけんせきてき)」朝も勤勉、夜も勤勉という意味を書こうとして字を間違えたのであるが、雍正帝はこれを見て怒りだした。
---易経の文句から取った朝乾夕惕というのなら分かるが、年羹堯はことさらに夕陽朝乾とひっくりかえした上に文字まで間違えている。夕陽朝乾は読書人のことだからうっかり間違えるという筈はない。察するところこれは朕の行為が朝乾夕惕に値しない、むしろその反対だという意味であろう。それならばそうとはっきり申し立てよ。
これは全くのいいがかりで難題を吹きつけられたように見られるが、実は年羹堯のこれまでの種々の不行跡、ことに天子の大権に対する干犯の事実の数々の実証が雍正帝の手元に挙っていたので、いまやそれを摘発する機会が到来したにすぎぬのであった。

「雍正帝」 忠義は民族を超越する
宮崎市定全集14 雍正帝



「雍正硃批諭旨解題」にも


奏摺譜の禁令の条に、「朝乾夕惕」の四字は用いることを忌む、と記してあるが、これは雍正時代の有名な年羹堯事件が尾を引いているのである。言うまでもなく年羹堯は奏摺の中でこの四字の順序を変えた上に誤字を書きこんだために、日本の国家安康のような筆禍事件を惹起し、失脚した上に身の破滅を招くようになったのである。その外、洪福斉天とか、来歳必獲豊年とかいう句を用いるなと注意しているのは、雍正硃批諭旨の中で天子が屨々排斥している語句だからである。

「雍正硃批諭旨解題」
宮崎市定全集14 雍正帝




「朝乾夕惕事件」って有名なんですね~
そしてブログ主の記憶力はザルのようです。

雍正帝は「来歳必獲豊年」のような陳腐な決まり文句やおべっかが大嫌いだったらしく、痛烈なコメントをつけて突き返してたようです。
分るわーその気持ち。中国の官僚は昔からきれいごとばっかり書いてたんでしょうね。

私が突き返したくなるのは“实现中华民族的伟大复兴”とか“相信人民的力量”とかです。
もう飽きた。もっと内容のある話をしてくれ。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2014年 04月 07日 |
《後宮甄嬛傳》第40集で年羹堯niángēngyáoが折子に「朝乾夕惕」と書くべきところ誤って「夕陽朝乾」と書いてしまったため雍正の怒りを買う場面がありました。

どうでもいいですが、ブログ主はだいぶ話が進むまで年羹堯をお正月に食べる伝統料理か何かだと思ってました。(南方に年糕niángāoという食べ物があるのです)


(以下すごくネタバレしています)




ドラマの創作かとおもったら実際にあった事件なんですって。驚き。


wiki中文版によると

雍正三年(1725年)二月,出現「日月合璧、五星聯珠」的祥瑞,官員都上書向雍正表示祝賀,三月,年羹堯在章奏中將成語「朝乾夕惕」寫作「夕惕朝乾」,且字跡潦草,雍正以此為由,展開文字獄,以「年羹堯自恃己功,顯露其不敬之意,其謬誤之處斷非無心」。


まずこの成語「朝乾夕惕」の意味ですが


漢典によると

朝乾夕惕  zhāo qián xī tì
谓终日勤奋谨慎,不敢懈怠。语本《易·乾》:“君子终日乾乾,夕惕若厉,无咎。”
乾:乾乾,即自强不息;惕:小心谨慎。形容一天到晚勤奋谨慎,没有一点疏忽懈怠。


「乾」はgānではなくて乾隆帝のqiánのほう。
日夜務めて怠らず注意を払って慎重である、まじめな仕事の態度を表す成語。

ドラマでは前後の順番を間違えたうえに「夕朝乾」と字まで間違えたことになってます。

それがどうして「顯露其不敬之意」と不敬罪にまで発展したかについて中国の網友のあいだでも議論になってました。
・「朝乾夕惕」を「夕惕朝乾」と前後を入れ替えたのが皇帝を馬鹿にしている。朝から夜まで働くのではなく、怠けてる様子を表しているから。
・「夕惕」を「夕陽」とわざと書き間違えた。「夕陽」は没落や退位の象徴なので皇帝に早く引退しろと暗示している。
などの説があるようです。

「夕陽」と書いた点については字が汚くて「陽」に見えただけ、年羹堯を罷免するために文字獄にこじつけたという見方もあるようです。

ドラマでは折子を読み上げていた甄嬛が「こんな不敬な文書は読めません」と言いだして雍正が怒ったので、年羹堯は甄嬛に陥れられたってことなんでしょうね。
私が面白いと思ったのは、大陸の若者は「惕」「陽(簡体字では阳)」の字形の相似があまりピンときてなかったらしい点です。


“大逆之言”なので皇帝に見せられないという甄嬛。
そういわれれば皇帝は当然見ますよね・・・



このあと斯基瞒のキャプチャばかりで気持ちわるい。
「朝乾夕惕」の四文字を



「夕陽朝乾」と書いた。
“写成”は補語です。



ここの
“直不欲以朝乾夕惕四個字,歸之於朕罷了”(「朝乾夕惕」の四文字を朕の功績にしたくなかっただけだ)
というセリフがよく分からなかったのですが



雍正が実際に“年羹堯平日非粗心辦事之人,直不欲以‘朝乾夕惕’四字歸于朕耳。觀此,年羹堯自恃己功,顯露不臣之跡,其乖謬之處,斷非無心!”と言ったようです。出典不明っす。
雍正登基后為何翻臉誅殺年羹堯?(多維新聞)



これがその折子。誤字があってもなくても私には読めません。



このあたりセリフも史書のままのようです。






一文字書き間違えただけと知ってほっとする華妃。
この唇は「誤wu」です。



珍しく情けない顔の周寧海。
朱書きもなく付き返されるのはよほどのことなんでしょうか?



このドラマ英語字幕版とかもあるようなのですが、日本人ならまがりなりにも漢字の意味が分るから良いものの、非漢字圏の視聴者は理解できるのでしょうか?


英語字幕版予告
スン・リーの声が本人だそうです(ドラマは配音だったんですね・・・)
孫儷本人聲音版《後宮甄嬛傳》片段之一(附英語字幕)



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2014年 04月 05日 |
《後宮甄嬛傳》 67集で皇后が妊娠した安陵容のために「請封」する場面がありました。
ここがけっこう面白かったのでキャプチャとってみました。


封号は内務府が下案を作って皇帝に選んでもらうシステムのようです。
蘇公公が持ってきたのは「粛」「文」「儷」。



雍正は甄嬛に字解きさせる。


甄嬛によると「粛」の字は
“剛德克就曰肅”
男らしいですな。



しかし“貌恭心敬曰肅”でもあるのであまりふさわしくなさそうです。
↑これはググってみたら《逸周書·諡法解》の記述だと分りました。甄嬛は周書を丸暗記してるんでしょうか!?



「文」のほうが安妹妹の性格にあってそうです。
雍正は容ちゃんは“靜默謙順,乃禮義人也”と考慮しています。
“乃禮義人也”ちゅーのは漢成帝が趙飛燕を褒めた言葉で、妖艶なダンスで男を惑わす美女の含みがあるそうですよ。



しかし「文」の文字はまた“文静有礼”で、学識豊富な人物の形容でもあるので、そんな字を選んだら安妹妹は何か勘ぐるんじゃないかしら・・・と心配する甄嬛。
安陵容は歌って踊れるアホ芸能人枠なのでしょうか???



そうすると残るのは「儷」。
“伉儷情深”(夫婦が愛し合っている)ことなので“極好”。
(関係ないけど甄嬛傳のおかげで“極好”が大流行したそうです)



雍正は「儷」に決めかけるのですが、容ちゃんは「妾侍」にすぎないので朕と“夫婦伉儷”できるだろうか、いやできない(反語)と思い直します。



面倒になった雍正は甄嬛に考えさせます。
甄嬛のアイデアは「鸝lí」。
“能歌善舞,性情又像黃鸝一樣和順”(歌も踊りも上手く、黄鸝のようにおとなしい)
・・・小鳥かよ・・・ひどいよ甄嬛・・・
黃鸝huánglíはコウライウグイスのことだそうです。



蘇公公が横から「黄鸝は子沢山なので懐妊中の安嬪にぴったり」とさらにあおったので「鸝妃」に決定。

一方「粛」「文」「儷」を提議した太監は上司に
“你們想要巴结也得知道自己巴结的是誰,該不該巴结。”(へつらう使うつもりなら相手をよく見極めろ)
と叱られて棒たたきの刑に。怖~~~~
巴结(巴結) bā jì
奉承讨好



鳥に格下げされて容児もお怒りです(そりゃそうだ)



しかし安嬪が「内務府の提案した封号のほうが良かった」と怒ったことを知った皇后もお怒りに。



「儷」の文字は皇后専用だったようです。安陵容が「儷」がいいと言ったのは僭越だったのですね。後宮ってワナだらけですね・・・




儷lìは「伉儷kàng lì」という単語でしか見たことのない漢字ですが、教養のある中国人がたまに気取って使うのを見かけるので覚えておくと頭よさそうに見えるかも。坑爹とは無関係。
ヒロインを演じる孫儷の名前でもありますね。

と思ったら日本語でも「伉儷(こうれい)」で夫婦のことを指すそうです。知らなかった・・・


俪(儷)lì
1. 相并,对偶:~词。~句。~辞(对偶的文辞。亦作“丽辞”)。骈~(文章的对偶句法)。
 2. 指夫妇:伉~。
伉俪(夫妻);俪祉(向他人夫妇祝福之辞);俪影(夫妇二人的身影;称人夫妇之合影)

鹂(鸝)lí
〔黄~〕鸟,羽毛黄色,从眼边到头后部有黑色斑纹,嘴淡红色。鸣声动听悦耳。亦称“黄莺”、“仓庚”、“黄鸟”。



(おまけ)

wikipedia中文版で「諡號」を調べると《逸周書·諡法解》が転載されてて便利です。
もっと早く知っていれば春秋戦国時代の諸侯の諡号も覚えやすかったかも知れないのに
「哀(アルバート)」は「早孤短折曰哀;恭仁短折曰哀;德之不建曰哀;遭難已甚曰哀;處死非義曰哀」。
縁起でもない封号ですね。

過去記事
春秋戦国時代の諸侯の名前が覚えられない


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2013年 12月 09日 |
「白文攻略 漢文法ひとり学び」 は本文も素晴らしいのですが、前文の「学習の前に」の文言文についての解説がとても良いのです。
特に中国語の「音」についての説明は他の漢文の解説書であまり触れられない部分だけに貴重。


漢文では、音読のリズムを整えるため、しばしば意味のない助字や接続詞を使う。
「なぜここで、わざわざ、こんな接続詞が出てくるのか?」
「この副詞は、どういう意味なのか?」と理づめで考えても、分からない箇所も多い。漢文の原文を中国語で読むと、それらの字は、音読のリズムを作るための「字数稼ぎ」や「箸休め」であることも多い。

「白文攻略 漢文法ひとり学び」
加藤 徹 (白水社)



そして平仄(つまり声調)について。
古代から現代にいたるまで、日本人の一番苦手な部分なのでしょう。


昔の中国人は、漢文を書く時、平字と仄字のバランスにも配慮した。特に、詩や美文を書く場合はそうであった。偶然、平字ばかり延々と続いたり、逆に仄字がずっと続くと、音読した場合、とても耳障りになる。
漢文法を学ぶ日本人は、似たような意味の単語が多いことを不思議に感じる。
例えば「如~」と「若~」は、両方とも「~ごとシ」(~のようである)という同じ意味である。なぜ、どちらか一つに統一しないのか。実は「如」は平字で、「若」は仄字なのだ。昔の中国人は、音読の響きを整えるために、意味は同様でも平仄が違う感じを、いろいろキープしていた。




平仄については本文でも時々出てきて、第十六課の「使役」でも「教」「使」「令」について

「教」は、本来は「教ふ」(教える)という動詞、あるいは「教へ」(教え)という名詞。転じて「~させる」という助動詞にもなる。
漢字の「平仄」で言うと、「使」「令」は仄字だが、「教」は平字である。「教」が普及した一因は、漢詩の「平仄」にある。





同じことを高島俊男先生も「ほめそやしたりクサしたり」でおっしゃってました。



まず「一者」「ニ乃」「三來」に注目。日本語に訳せば、一つには、二つには、三つには、くらいにしかならないが、こんなふうに同じことを言うのにいくつものちがった語(それも声調のことなる語)を用意してあるところがかの国の言語の自慢なのだ。そうでないと「対杖」を柱とする独自の言語芸術は成りたたない。たとえば「まるで・・・のよう」というのに「猶」「如」「宛」「似」「若」などいろいろあって、これらを前後の声調との取り合わせや対になる句とのひびきあいによって適宜選択できるようになっているようなのがそれだ。
このばあいはいわばトリオの対で、「一者」と「ニ乃」のところは四音、「三來」のところは六音で、一種の四六の形になっている。もし「三來」も四音だったらこれは音調局促、単調で寸づまりでつまらない。四、四、とたたみかけてきて、そのあと「怎當武松勇力」と六音でのびやかにおさめてあるから読んで気持ちがいいのである。各句末の音も、一句目「纏定」と沈め、ニ句目「難容」と沈め、三句目「勇力」としっかりおさえて、これも無意識裡にかもしれぬが重い音と軽い音の交替変化が法にあっている。ただしここのところが特にうまいというのではなく、当時すでに千数百年の歴史をもつありきたりの技巧なのであるが、二重に下等な口語文芸にもそれがちゃんとひきつがれていることにちょっとご注意いただくしだい。

「ほめそやしたりクサしたり」
中国白話小説への御招待---水滸伝



分かってる人には分かってることなんですね。
けど、こういうことを中国語学習の現場では教えてもらえないのが悲しい。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2013年 11月 30日 |
「白文攻略 漢文法ひとり学び」
加藤 徹 (白水社)

この手の本は自分と漢文ワールドの距離が大きすぎて読んでも落ち込むだけなのでもう読まないことにしよう、と決めていたのですが、書店で手に取ってみたら開いたページに


吾子房也


とあったのでこれは呼ばれていると諦めて読みました。


作者は大学で現代中国語も教えておられるそうなので、ただの漢文屋さんじゃないところも好感度++です(←漢文専門の人にすごい偏見をもっているオレ)。
文法説明が現代中国語とだいたい同じなので(存現文とか出てくる)とっつきやすい。
音韻についてもちょっと触れてあるので疑問がいろいろ解けました。

私は古漢語(文言文)が読めるようになりたいのです。
昔の書物を読みたいからではなく、現代中国語の書面語を読むためです。
ごく普通の新聞記事、エッセイなどにも書面語は使われています。成語もベースは書面語なので、古文の教養がないとどういう構成になっているかすら理解できません。

中級の初期の頃、理解できない文章があって老師に聞くと「これは書面語だからこういうものだと思って覚えるしかない」という答えが返ってくることがよくありました。

いまも他の学習者がつまづいているところを見ると、古典をもじってたり、ちょっと気取って文言文っぽい表現を使っていることが多い。でもこれまで口語文しか教わってないので、自分が古文でつまづいていることも、そもそもつまづいているところが文語表現であることすら分かっていない。
文語なので現代中国語の文法解析では解けないのに、一生懸命「これが主語で・・・」とやっている。
そういうのを見るにつけ、独学でも書面語を学習できるテキストがあればいいのに、と悔しく思っていたのです。

で、この本はそういう中級レベルで謎の壁にぶつかってもがいている中国語学習者には天の助けのような本だと感じました。


内容の素晴らしさについては改めて記事にします。


ところで冒頭の太祖のセリフ、私は「吾之子房也」だと思っていたのですが、テキストによって違うのでしょうか。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2013年 11月 05日 |
前回の記事が長くなりすぎて肝心の部分が紹介できませんでした。
前回記事「漢文スタイル」



漢詩を白文なしの読み下しのみで掲載している本というのがあるんですね。
そこから日本語における漢詩の二重性の話になって


ともあれ、直読とは原始を字音(どの地域のどの時代の字音かはとりあえず問わずに)そのままで読むことであるから、訓読を軸にして考えると、直読/訓読の「二重性」は原詩/訓読とパラレルになりそうなのだが、じつは二つの「二重性」はすんなりとは重ね合わせられない。直読/訓読の「二重性」では、前者は詩の音声を担い、後者は詩の意味を担う・「訓読漢詩」では、原詩は「視覚的・観念的」であり、訓読こそが「聴覚的・音声的」である。音声を担う項が反対なのだ。
(略)
訓読という行為と訓読されて紙面に定着した文とのあいだを見きわめること。とりわけ、訓読された文が音声の優位性をともないつつ現れるときには、注意が必要である。訓読という行為と読み下しの暗誦とを混同してはならない。
訓読があくまで訳読であるなら、読み下しは何通りもあり得るはずで、たまたま書きとめられた読み下しはさまざまな読みの痕跡の一つに過ぎない。だが、近世後期以降、教育の手段として広まった素読によって、訓読の結果としての音声が訓読という行為に先立って与えられるようになると、読みの痕跡が逆に読みを指示するようになる。漢籍の和刻も、細かい読みが施されたものが増えてくる。それはいずれ忘れられる筌跡であったはずだ。しかし、身体に刻まれた音声の威力は、あなどれない。

「訓読の自由」
「漢文スタイル」
齋藤 希史 (羽鳥書店)




「身体に刻まれた音声の威力は、あなどれない」
本当にその通りですね。


訓読(翻訳)だけならまあそれほど害はなかったと思うんですよね。
外国語が分からないなら何とかして翻訳するしかないんだし。

でもそれを素読して暗誦して、日本語の音として記憶してしまったのが致命的だった。
外国の文字(漢字)が並んでるのを見ても日本語の音で読む習性が身体に叩き込まれてしまった。

それで、子孫が英語や中国語を学ぶときに、外国語を見ているのにそれが外国語の「音」を表しているとどうしても認識できなくなっちゃんたんじゃないかな。


中国語を勉強してると、時々漢字が中国語の文字だとどうしても理解できない(としか思えない)日本人学習者に会います。
皮肉なようですが、中国の文化や歴史がお好きな年配の男性だったりします。

ご本人も頭では分かってるのでしょうが、漢字は中国語の「音」を表しているというのが身体で分からないんだと思う。どんなに努力しても日本の音で読んでしまう。
江戸時代の朱子学を勧めた偉い人とかを恨んでください・・・とお気の毒になります。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
2013年 03月 29日 |
ぎりぎりにやっと行ってきました。
冠タイトルが哀愁をさそう「日中国交正常化40周年 特別展 中国 王朝の至宝」。


広い中国の二つの地域ずつを対照させて展示する面白い企画。
入ってすぐ古代蜀にどぎもを抜かれました。デザインが洗練されている。
キース・ヘリングがパッチもんに見える。

そんで楚はアートが爆発してますね。
河童と河馬の部屋は地球じゃないみたいでした。
河馬があまりに愛らしいのでガラスケースの周りをぐるぐる回って嘗め回すように鑑賞しました。なにしろ無人だったので。本当に日本の博物館かここ・・・と思った。

河童はこども用の解説に「羽は飛ぶときには役立たずなので移動のときはガマやアヒルに乗ります」というようなお茶目なことが書いてあってなごみました。
とにかく二匹とも可愛いすぎて河馬を見ては河童に戻りと何度も往復して堪能してきました。だってすいてたから。
河馬は耳の中までペイズリー模様が書いてあるんですよ。リバティのテディベアみたい。
ぬいぐるみを作ってみたい・・・型紙売ってくれればいいのに・・・。


でもそのあと秦で天下統一しちゃったら急に平凡になってしまった感じです。
男女の土偶ペアみたいなのが並んでるコーナーで横にいたおばちゃんが「男がこんな格好してるわけないやんなあ」とつっこんでいました。「だから男女同装って説明に書いてあるやん」と娘さんがフォローしていた。
おばちゃんは「なんや、女装かと思ったわ」と正直な感想を述べておられました。
せやな、わても一瞬「おかまちゃん!?」かと思いましたわ。


長安と洛陽になると違いがよく分からなくなりました。
仏教芸術は中国から持ってきてもらわんでも、奈良に行けばライブで見れるからありがたみを感じられない気がする。色つきレンガとかは面白かったんですが。

宋は磁気や書を期待していたのでがっかりしました。(←平凡なやつ・・・)
でも「金ののべ棒」はすごく良かった。
《水滸》を読んでいるとお餞別に金や銀をナマでくれる人がいるんですけど、旅に携帯するには不便なんじゃないかと疑問でした。
でもこんなに規格化されてコンパクトな形状だったら持ち運びも便利そう。と現物で確認できたのでラッキーです。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

[PR]
by xiaoq | 2013-03-29 00:10 |