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2012年 09月 13日 |
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《认知与汉语语法研究》
沈家煊 (商务印书馆 2006年12月1日)



たぶんとても有意義な本だと思うのですが文章が難しすぎて理解できない。
もっとアホにも分かるように書いても何も失うものはないと思うのですが・・・

しょっぱなから「“有界”与“无界”」という無間道のような副題の章でビビります。
ここでは数量詞なしでは成立しない文章について述べられていて、文章が難しくて理解できないものの例文がとても面白い。


(6)表示动态行为的处所主语句“主[处所]+动词+着+宾”,其宾语成分排斥数量词。例如,“山上正在架炮”的动态行为(而不是“山上有炮”的静态存在),那么“炮”不能带数量词。

×山上架着两门炮
山上架着炮

其实不仅是处所主语句,表示动态行为的“动词+着”后面的宾语一般都不能带数量词,例如;

×他正吃着三碗饭
他正吃着饭


《认知与汉语语法研究》
“有界”与“无界”




×=不能成立
(×)=不自由的

それでアホなりに考えてたんですけど、大砲の例文は日本語だと

山に二門の大砲を備え付けているところだ
山に大砲を備え付けているところだ

どっちでも成立すると思うんです。でもご飯を食べるほうは数量詞が入ると変かも。

×彼はちょうど三杯の飯を食っているところだ
彼はちょうど飯を食っているところだ


このあと“有定と無定”なんてますます分からない言葉が出てきて難しいのですが、例文を見てて感じたのが、中国語では成立しない文章も日本語だと成立するんですね。たぶん空間や時間の把握方法が日本人と中国人では違うんでしょうね。


本文的目的不在罗列更多的事实,而是想对上述现象和奇特有关现象作出统一的解释。有一种可能的解释,某些句法组合非有数量词不能成立或不自由,那是所有名词性成分“有定”、“无定”的制约。例如;

×倒缸里水 / 倒缸里一桶水 / 把水倒缸里

(×)送学校油画 / 送学校一幅油画 / 把油画送学校

(×)吃了苹果 / 吃了一个苹果 / 把苹果吃了

左列中充当宾语的光杆普通名词“水”、“油画”、“苹果”是有定的还是屋顶的并明确,前面加了数量词才明确为无定的。如果这些成分是有定的,则应用右列的“把”字句来表达。

用有定和无定来解释数量词对句法结构的制约会遇到一些困难。动词后宾语大多是无定的,但也可以是有定的。首先,有些不用数量词不能成立或不自由的句法组合,如果把动词后的宾语换成明确的有定成分反倒变成成立或自由的了,例如;

(×)前面走来老太太 / 前面走来张太太

(×)他吃了苹果 / 他吃了那个烂苹果

(×)我一口气读完小说 / 我一口气读完那篇意识流小说


《认知与汉语语法研究》
“有界”与“无界”



ここの例文も日本語だと

瓶の中の水を空ける
学校に油絵を送る
リンゴを食べる

前からお婆さんが歩いてきた
彼はリンゴを食べた
私は一気に小説を読み終えた

どれも数量詞なしで問題なく成立すると思う。
私には「前から一人のお婆さんが歩いてきた」「リンゴを一つ食べた」のほうが不自然に感じられます。

ここが日本人が中国語を学習するときにいつまでも間違える箇所(私だけ?)じゃないかと。
空間の把握はたぶん身体感覚ともつながっているので、文法を勉強したって簡単に身につくものではないのでしょう。


どの章も有意義なのですが(理解できないが)、「如何处置“处置式”?」は“把”は処置を表しているのか?を追求していて面白い。言われてみれば処置じゃない文も多いですよね。


现在许多人认为把字句是对处置义加以强调,但什么算强调,哪些情形需要强调,不明确也不好掌握,对学汉语的外国学生来更是这样。


如何处置“处置式”?
《认知与汉语语法研究》



外国学生って私のことか(笑

この章で“了”は現在と関連しているという部分があってヒザを叩きました。日本人はつい“了”=過去形と感じてしまいますが、そうじゃないんですね。


我们的解释是,用“V了”比“V过”的主观性强。《现代汉语八百词》在比较“过”和“了”时指出,“V了”总是和“现在”相联系,“V过”不一定和“现在”相联系:

(21)
这本书我只看过一半。(现在不在看)
这本书我看了一半了。(现在还在看)

(22)
学过英语。(现在不一定会英语)
学了英语。(含有现在会英语的意思)

因此“V过”只是客观的报道曾经发生一个事件(我吃过野菜),用了完成体的“了”,在叙述一个过去时间的同时还表示出说话人的视角:说话人从“现在”(即说这句话的时刻)出发来看待这个时间,把它跟“现在”联系起来,比如说,因为吃了野菜,现在肚子不舒服,正因为如此,“我吃了野菜”给人以话还没有说完的感觉。“V了”后面可以用状态形容词作补语(加“个”),“V过”不行,这也证明“V了”的主观性比“V过”强:

(23)
偷了个精光 / ×偷过个精光
打了个落花流水 / ×打过个落花流水


如何处置“处置式”?
《认知与汉语语法研究》



「因为吃了野菜,现在肚子不舒服,正因为如此,“我吃了野菜”给人以话还没有说完的感觉。」の部分ではっとしました。
「文章が完結していない感じがする」というのはどんな文法解説書の「了」の説明にも書いてありますが、これまで全然意味が分からなかった。この本でやっと少し掴めた気がします。


と言いつつもやっぱり日本人には

A:我吃过野菜(私は山菜を食べた〔ことがある〕)
B:我吃了野菜(私は山菜を食べた)

どっちも同じに思えるし、「了」のほうは文章が終わってない感じって言われてもアタシ終わってる感じするし~って思えますよね。
どうやったらネイティブの感覚が分かるようになるのかな・・・



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 09月 11日 |
電源プラグが“插座”か“插頭”か思い出せなくていざという時使えません。
“撲落”pūluòと音訳のままにしておいてくれれば良かったのに・・・

といいながら日本語の時は“插座”も“插頭”も、どっちも「コンセント」で済ませてるんですが。


■绕(繞)rào 走弯曲迂回的路
■扑落(撲落)pūluò 英语plug的音译。电器插座。
■啬刻(嗇刻)sèkè 吝啬;刻薄
■丝毫 (絲毫)sīháo 比喻数量极小或很小;一点点
■叠(疊) dié 重复,累积
■钞票(鈔票)chāopiào 纸制货币
■塞 sāi 堵
■瞠目 chēngmù 张大眼睛直视,形容受窘、惊恐的样子
■一溜烟(一溜煙)yīliùyān 形容跑得很快
■懊悔 àohuǐ 因过错而自恨



《家主》

有一次我把一只鞋盒子拖出来,丢在房间的中央,久久没有去收它。阿妈和她的干妹妹,来帮忙的,两人捧了湿衣服到阳台上去晒,穿梭来往,走过那鞋盒,总是很当心地从旁边绕过,从来没踢到它,也没把它拿走,仿佛它天生应当在那里的,我坐在书桌前面,回过头来看到这情形,就想着:这大约就是身为一家之主的感觉吧?可是我在家里向来是服低做小惯了的,那样的权威倒也不羡慕。佣人、手艺人,他们所做的事我不在行的,所以我在他们之前特别地听话。常常阿妈临走的时候关照我:"爱玲小姐,电炉上还有一壶水,开了要灌到热水瓶里,冰箱上的扑落你把它插上。"我的一声"噢!"答应得非常响亮。对裁缝也是这样,只要他扁着嘴酸酸地一笑,我马上觉得我的衣料少买了一尺。有些太太们,虽然也啬刻,逢到给小帐的时候却是很高兴的,这使他们觉得她们到处是主人。我在必需给的场合自然也给,而且一点也不敢少,可是心里总是不大情愿,没有丝毫快感。上次为了印书,叫了部卡车把纸运了来。姑姑问我:"钱预备好了没有?"我把一叠钞票向她手里一塞,说:"姑姑给他们,好么?"
"为什么?"
"我害怕。"
她瞠目望着我,说:"你这个人!"然而我已经一溜烟躲开了。
后来她告诉我:"你损失很大呢,没看见刚才那一幕。那些人眉花眼笑谢了又谢。"但我也不懊悔。



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 13日 |
この散文の“挨”は「近寄る」なので発音はāiだと思うのですがCDの朗読はái (ひどいめにあう)になってた。
どっちでもいいのかな。

「訥廠先生」は当時の人気作家だそうですが、ネットで検索しても「張愛玲の《雨傘下》に出てくる訥廠先生って誰?」というのばかりヒットします。張愛玲が言及しなければ消えていたのでしょうか・・・


■挨 āi 靠近
■钻(鑽)zuān 进入
■躲 duǒ 隐藏;退让
■掩蔽 yǎnbì 遮掩;遮蔽;蒙蔽
■稀湿(稀濕) xī shī 很湿。
■说教(説教) shuōjiào 宣传宗教教义。比喻生硬枯燥地空谈理论,教训别人
■寓言 yùyán 文学作品的一种体裁。常带有讽刺或劝戒的性质,用假托的故事或拟人手法说明某个道理或教训
■赔本(賠本)péiběn 做生意本钱、资金亏损;商业上的亏损 
■讷厂 nèchǎng 讷厂,原名严谔声,三四十年代上海知名的小报作家。


《雨伞下》

下大雨,有人打着伞,有人没带伞。没伞的挨着有伞的,钻到伞底下去躲雨,多少有点掩蔽,可是伞的边缘滔滔流下水来,反而比外面的雨更来得凶。挤在伞沿下的人,头上淋得稀湿。
当然这是说教式的寓言,意义很明显:穷人结交富人,往往要赔本,某一次在雨天的街头想到这一节,一直没有写出来,因为太像讷厂先生茶话的作风了。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 10日 |


《啼笑因緣》
作者:張恨水




《紙酔金迷》 にひきつづき張恨水です。

(ネタバレあらすじ)

杭州から大学入学のために上京してきた主人公が入学準備と称して北京の下町をぶらぶらしてるうちに三人の若い女性と知り合い、それぞれにモテモテにもてる話です。

一人目は街角で歌う芸人(美少女)。二人目は武術の達人の侠女。三人目はリッチなモダンガールとそれぞれ違うタイプの女性たち。
主人公は一人目の美少女歌手を囲って(自分も大学入学前なのに・・・)、女学校へ通わせて将来は結婚しようとするのですが、権力者が彼女に目をつけて無理やり側室にしてしまうの。

美少女はいろいろ理由があってやむなく権力者に嫁いだのに、主人公はお坊ちゃまで人の気持ちのまったくわからんやつなので、彼女は金に目がくらんだと逆恨みするのです。
しかし侠女は捨て置けず、権力者の家に忍び込んで美少女を助けようとするものの、自分自身も権力者に目をつけられてしまう。かっこいい侠女は結婚を承諾したふりをして権力者を暗殺するのです。男前すぎる!!

主人公はいくじなしで、侠女の行為を見て助けるどころか巻き添えになるのを恐れて逃げ出してしまうのです。なんというしょうもない男でしょう。
しかも金目当てで誘拐されたところを侠女に助けてもらったりして、当時の読者はこんな主人公でOKだったのか!?

恐ろしい目になった美少女は頭がおかしくなってしまい(身も蓋もない話だ)、主人公は自分と階級のつりあったモダンガールとくっつくというラストです(たぶん)。


章回小説なので、一章が短く、しかも毎回最後に謎の人物が登場して「この人物の正体は?それは次回をお読みください」で終わるので、ついつい次の章も読んでしまいます。
けっこう面白かったけど主人公をまったく好きになれなかったのでちょっとつらかった。
侠女がめちゃくちゃカッコ良い。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 07日 |
張子静には《我的姐姐张爱玲(亲弟弟回忆姐姐的世事浮沉沧桑变故)》という著作があるそうです。中学の英文教師だったんですね。有名人の家族って大変そう。


■惋惜 wǎnxī 表示同情、可惜
■糟蹋(糟踏) zāota 不珍惜,随便丢弃或毁坏
■回绝(回絶)huíjué 比较明确地、果断地拒绝
■妒忌 dùjì 对别人的长处感到不痛快或忿恨,同时又希望自己具有同样长处
■涂(塗)tú 乱写:~鸦
■杠子 gàngzi 批改文字或阅读中作为标记所画的粗直线
■骁将(驍將) xiāojiàng 勇将,猛将。也作“枭将”
■杏xìng 落叶乔木,叶卵形,花白色或淡红色,果实称“杏儿”、“杏子”,酸甜,可食
■铜锤 tóngchuí 铜制的锤。多用于装备机械。
■虚拟(虚擬)xūnǐ 凭想像编造的
■巴斗 bādǒu 用柳条编织的圆斗
■剖 pōu 破开
■调派(調派)diàopài 调动派遣
■泼风(潑風)pō fēng 疾风,大风。形容速度快、来势猛。
■腮 sāi 面颊的下半部,脸的两旁
■罩衫 zhàoshān 罩衣
■穆时英 mùshíyīng (1912~1940)现代小说家。
■忤逆 wǔnì 叛逆;不孝敬父母
■附和 fùhè 随着别人说或做
■和 hè 和谐地跟着唱
■诋毁(詆譭)dǐ huǐ 恶意毁谤、破坏
■挡(擋)dǎng 阻拦,遮蔽:
■淌 tǎng 流下
■闩 shuān 用闩插上门
■抽噎 chōuyē 抽咽;一吸一顿地哭泣
■掣 chè 拉,拽:
■啪 pā 象声词,形容放枪、拍掌或东西撞击等声音。
■蹦 bèng 两脚并着跳



我弟弟生得很美而我一点都不。从小我们家里谁都惋惜着,因为那样的小嘴,大眼睛与长睫毛,生在男孩子的脸上,简直是白糟蹋了。长辈就爱问他:“你把眼睫毛借我好不好?明天就还你。”然而他总是一口回绝了。有一次,大家说起某人的太太真漂亮,他问道:“有我好看么?”大家常常取笑他的虚荣心。
  
他妒忌我画的图,趁没人的时侯拿来撕了或是涂上两道黑杠子。我能够想象他心理上感受的压迫。我比他大一岁,比他会说话,比他身体好,我能吃的他不能吃,我能做的他不能做。
  
一同玩的时侯,总是我出主意。我们是“金家庄”上能征惯战的两员骁将,我叫月红,他叫杏红,我使一口宝剑,他使两只铜锤,还有许许多多虚拟的伙伴。开幕的时候永远是黄昏,金大妈在公众的厨房里咚咚切菜,大家饱餐战饭趁着月色翻过山头去攻打蛮人。路上偶尔杀两头老虎……,劫得老虎蛋,那是巴斗大的锦毛球,剖开来像白煮鸡蛋,可是蛋黄是圆的。我弟弟常常不听我的调派,因而争吵起来,他是“既不能命,又不受令”的,然而他实在是秀美可爱,有时候我也让他编个故事:一个旅行的人为老虎追赶着,赶着,赶着,泼风似的跑,后头呜呜地赶着——没等他说完,我已经笑倒了,在他腮上吻一下,把他当个小玩意。
  
有了后母之后,我住读的时候多,难得回家,也不知道我弟弟过的是何等样的生活。有一次放假,看见他,吃了一惊。他变得高而瘦,穿一件不甚干净的蓝布罩衫,租了许多连环图画来看。我自己那时候正在读穆时英的《南北极》与巴金的《灭亡》,认为他的口胃大有纠正的必要,然而他只晃一晃就不见了。大家纷纷告诉我他的劣迹:逃学、忤逆、没志气。我比谁都气愤,附和着众人,如此激烈地诋毁他,他们反而倒过来劝我了。
  
后来在饭桌上,为了一点小事,我父亲打了他一个嘴巴子。我大大地一震,把饭碗挡住了脸,眼泪往下直淌。我后母笑了起来道:“咦,你哭什么?又不是说你!你瞧,他没哭,你倒哭了!”我丢下了碗冲到隔壁的浴室里去,闩上了门,无声地抽噎着。我立在镜子前面,看我自己掣动的脸,看着眼泪滔滔流下来,像电影里的特写。我咬着牙说:“我要报仇。有一天我要报仇。”
  
浴室的玻璃窗临着阳台,啪的一声,一只皮球蹦到玻璃上,又弹回去了。我弟弟在阳台上踢球。他已经忘了那回事了。这一类的事,他是惯了的。我没有再哭,只感到一阵寒冷的悲哀。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 04日 |


《重見.重建》
作者:許芷盈
出版社:三聯(香港)
出版日期:2008年01月26日
語言:繁體中文 ISBN:9789620426759
裝訂:平裝






深水埗の再開発地区、取り壊し予定の建物で暮らす人々を取材した本。

香港好きなら深水埗(サムスイポー)という地名だけで下町の雰囲気が想像できるのでは。
『転がる香港に苔は生えない』(星野 博美)の舞台も深水埗でしたね。金持ちは住んでいない、観光客もあまり来ない、小商いの多い地域というイメージです。

この本に登場するのは老舗の手作り醤油屋さん、ビルの入り口で営業する新聞スタンド、最近めっきり見かけなくなったお祝いの花牌(花飾り)職人など、若者はやりたがらないような仕事を何十年も黙々と続けている人たち。

大陸から来た「自梳女」(一生独身を守ると誓った女性)たちがグループで暮らしている(それもビルの屋上に小屋を立てて)部屋があるんですね。
「自梳女」については映画や小説で見たことしかなく、歴史の彼方の話だと思っていました。彼女たちが今でも香港で暮らしているとは驚きです。


イラストにも写真にも文章にも失われていく香港への愛が感じられる良い本でした。
今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 01日 |
今回は上海の時事用語が多く、辞書に載ってないものもありました。
「丹琪」(口紅のブランド?)と「喬琪絨」(生地の種類らしい、音からしてジョーゼットgeorgetteとか?)が分からない。

“勢必”shìbì はこれまで数十回は耳にしているのに一度も聞き取れたことがありません。
音shìbìは取れても漢字と結びつかない。


■抓周(抓週)zhuā zhōu 旧俗婴儿周岁,父母陈列各种小件器物,听任抓取,以试测其未来志趣和成就。
■循例 xún lì 依照往例。
■卜 bǔ 古人迷信,用火灼龟甲,以为看了那灼开的裂纹就可以推测出行事的吉凶。
■金镑(金鎊)jīn bàng 英国 、 爱尔兰 等国本位货币“镑”的别称。
■佣(傭)yōng 受雇用的人:女~。
■诧异(詫異) chàyì 惊讶;觉得奇怪
■一尘不染 yīchén-bùrǎn 现泛指丝毫不受坏习惯,坏风气的影响。也用来形容非常清洁、干净。
■过活(過活) guòhuó 生活;也指维持生活的财物
■反抗 fǎnkàng 反对并抵抗
■枕头(枕頭) zhěntou 躺着的时候,垫在头下使头略高的卧具
■巡捕房 xún bǔ fáng 旧时租界里的警察机关。
■招领(招領) zhāolǐng 发出告示,通知失主认领
■豪华(豪華) háohuá 建筑、器物设备等]富丽堂皇,以富裕、奢侈为特征的
■丹琪 dānqí
■唇膏 chúngāo 滋润嘴唇的油膏,也指口红
■拘束 jūshù 过分约束;束缚
■局促(侷促|跼促)júcù 〈方〉∶ [时间] 短促、紧迫
■绸(綢)chóu 一种薄而软的丝织品:~子。纺~。~缎。
■负气(負氣) fùqì 赌着气而干某件事
■罗曼蒂克 luómàndìkè 浪漫;具有强烈的个人感情、高度的个人爱慕之情或对心爱的人或爱情关系理想化的特色
■偶尔(偶爾)ǒu ěr 很少出现;远不是经常的
■生疏 shēngshū 不熟悉
■窘境 jiǒngjìng 使人为难、害羞或难堪,尤指因缺钱用或无钱还债而造成的困境
■磨难(磨難) mónàn 在艰难困苦的逆境中遭受折磨
■琐屑(瑣屑)suǒ xiè 指细小、琐碎的事情。 
■毁 huǐ破坏损害
■囤 tún 储存,积存粮食货物
■乔琪绒 qiáoqíróng
■销路(銷路)xiāolù 货物售出的状况
■寄售 jìshòu 寄卖
■绊子(絆子) bànzi 为使牲畜不能快跑而系在腿上的短绳
■衔(銜)xián 用嘴含
■濡 rú 沾湿,润泽
■踏实(踏實)tāshi [内心]安定;安稳
■入时(入時) rùshí 合乎最新时尚
■势必(勢必)shìbì 按事物的发展推测必须会导致(某种结果)

ジョーゼットの中国語訳は喬其紗でした。じゃあシフォンChiffonかと思ったらそっちは雪纺。



《钱》

不知道“抓周”这风俗是否普及各地。我周岁的时候循例在一只漆盘里拣选一件东西,以卜将来志向所趋。我拿的是钱——好像是个小金镑吧。我姑姑记得是如此,还有一个女佣 坚持说我拿的是笔,不知哪一说比较可靠。但是无论如何,从小似乎我就很喜欢钱。我母亲非常诧异地发现这一层,一来就摇头道:“他们这一代的人……”我母亲是个清高的人,有钱的时候固然绝口不提钱,即至后来为钱逼迫得很厉害的时候也还把钱看得很轻。这种一尘不染的态度很引起我的反感,激我走到对面去,因此,一学会了“拜金主义”这名词,我就坚持我是拜金主义者。

我喜欢钱,因为我没吃过钱的苦——小苦虽然经验到一些,和人家真吃过苦的比起来实在不算什么——不知道钱的坏处,只知道钱的好处。

在家里过活的时候,衣食无忧,学费、医药费、娱乐费,全用不着操心,可是自己手里从来没有钱。因为怕小孩买零嘴吃,我们的压岁钱总是放在枕头底下过了年便缴还给父亲的,我们也从来没有想到反抗。直到十六岁我没有单独到店里买过东西,没有习惯,也就没有欲望。

看了电影出来,像巡捕房招领的孩子一般,立在街沿上,等候家里的汽车夫把我认回去(我没法子找他,因为老是记不得家里汽车的号码),这是我回忆中唯一的豪华感觉。

生平第一次赚钱,是在中学时代,画了一张漫画投到英文《大美晚报》上,报馆里给了我五块钱,我立刻去买了一支小号的丹琪唇膏。我母亲怪我不把那张钞票留着做个纪念,可是我不像她那么富于情感。对于我,钱就是钱,可以买到各种我所要的东西。

有些东西我觉得是应当为我所有的,因为我较别人更会享受它,因为它给我无比的喜悦。眠思梦想地计划着一件衣裳,临到买的时候还得再三考虑着,那考虑的过程,于痛苦中也有着喜悦。钱太多了,就用不着考虑了;完全没有钱,也用不着考虑了。我这种拘拘束束的苦乐是属于小资产阶级的。

每一次看到“小市民”的字样我就局促地想到自己,仿佛胸前佩着这样的红绸字条。

这一年来我是个自食其力的小市民。关于职业女性,苏青说过这样的话:“我自己看看,房间里每一样东西,连一粒钉,也是我自己买的。可是,这又有什么快乐可言呢?”这是至理名言,多回味几遍,方才觉得其中的苍凉。

又听见一位女士挺着胸脯子说:“我从十七岁起养活我自己,到今年三十一岁,没用过一个男人的钱。”仿佛是很值得自傲的,然而也近于负气吧?

到现在为止,我还是充分享受着自给的快乐的,也许因为这于我还是新鲜的事,我不能够忘记小时候怎样向父亲要钱去付钢琴教师的薪水。我立在烟铺眼前,许久,许久,得不到回答。后来我离开了父亲,跟着母亲住了。问母亲要钱,起初是亲切有味的事,因为我一直是用一种罗曼蒂克的爱来爱着我母亲的。她是位美丽敏感的女人,而且我很少机会和她接触,我四岁的时候她就出洋去了,几次回来了又走了。在孩子的眼里她是辽远而神秘的。有两趟她领我出去,穿过马路的时候,偶尔拉住我的手,便觉得一种生疏的刺激性。可是后来,在她的窘境中三天两天伸手问她拿钱,为她的脾气磨难着,为自己的忘恩负义磨难着,那些琐屑的难堪,一点点的毁了我的爱。

能够爱一个人爱到问他拿零用钱的程度,那是严格的试验。

苦虽苦一点,我喜欢我的职业。“学成文武艺,卖与帝王家”;从前的文人是靠着统治阶级吃饭的,现在情形略有不同,我很高兴我的衣食父母不是“帝王家”而是买杂志的大众。不是拍大众的马屁的话——大众实在是最可爱的顾主,不那么反复无常,“天威莫测”;不搭架子,真心待人,为了你的一点好处会记得你到五年十年之久。而且大众是抽象的。如果必须要一个主人的话,当然情愿要一个抽象的。

赚的钱虽不够用,我也还囤了点货,去年听见一个朋友预言说:近年来老是没有销路的乔琪绒,不久一定要入时了,因为今日的上海,女人的时装翻不出什么新花样来,势必向五年前的回忆里去找寻灵感。于是我省下几百元来买了一件乔琪绒衣料。囤到现在,在市面上看见有乔琪绒出现了,把它送到寄售店里去,却又希望卖不掉,可以自己留下它。

就是这样充满了矛盾,上街买菜去,大约是带有一种落难公子的浪漫的态度吧?然而最近,一个卖菜的老头秤了菜装进我的网袋的时候,把网袋的绊子衔在嘴里衔了一会儿。我拎着那湿濡的绊子,并没有什么异样的感觉。自己发现与前不同的地方,心里很高兴——好像是一点踏实的进步,也说不出是为什么。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 29日 |


《小團圓》
作者:張愛玲
出版社:皇冠
出版日期:2009年02月24日



いつどこで買ったか思い出せない。
香港かと思ったけど$88と値札シールが貼ってあるのでたぶん台湾?だったら250円くらいかな。ずいぶん安く買ったんだなあ・・・安かったから買ったのかなあ・・・

とか思いながら読みました。
意外に面白かった。(書評見てたら「昔の小説の焼き直し」みたいな酷評もけっこうあったので)
安いと感じたから面白かったのか?


この作品を張愛玲の自伝小説と考えずに読むのは難しいのではないでしょうか。
それに作者本人の経歴をまったく知らずに読んだら、何のことかさっぱり分からない気がする。

ラスト近くヒロインが涙を流しながら恋人(超イケメン映画俳優)に愛を訴える場面


「沒有人會像我這樣喜歡你的,」她說。
「我知道。」
但是她又說・・「我不過是因為你的臉,」一面仍舊在流淚。




中国でサングラスのことを「墨鏡」と言うのにどうにも慣れないと思っていたのですが(「太陽眼鏡」と言うのに慣れてるから)、この小説では「黒眼鏡」になってました。いろんな呼びかたがあったのね。


《紅樓夢魘》よりは音読しやすかった。
音読の良いところは声を出してるかぎり必ず前に進む点です。黙読だと目が泳いで何を読んでたか分からなくなる。


百度知道にあった登場人物一覧コピペ

盛家——张家(张爱玲父亲家族)
卞家——黄家(张爱玲母亲的娘家)

二婶蕊秋——九莉母亲——张爱玲的母亲 黃素瓊
三姑楚娣——九莉的姑姑——张爱玲的姑姑 張茂淵
乃德、二叔、父亲——九莉父亲——张爱玲的父亲
九林——九莉的弟弟——张爱玲的弟弟张子静

翠华——九莉的继母——爱玲的继母孙用蕃
爱老三——九莉父亲的妾——张爱玲父亲的下堂妾

比比——九莉的好朋友、同学——张爱玲的朋友 炎樱

韩妈——九莉的保姆——张爱玲的保姆何干
余妈——九林的保姆——张子静的保姆张干

邵之雍——九莉的恋人——胡兰成
小康小姐——邵之雍的新欢 护士——胡兰成的小蜜 小周 护士
郁家姨太太、辛巧玉——邵之雍的新欢 ——胡兰成喜欢的女人 范秀美

汝狄——九莉后来的丈夫——张爱玲后来的丈夫 赖雅
文姬——女编辑——作家 苏青 张爱玲的朋友
汤孤鹜——老编辑——作家 周瘦鹃
荀桦——朋友——作家 柯灵
燕山——与九莉有点暧昧的人——导演桑弧


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 25日 |
このエピソード、《小團圓》では老女中の回想として使われてました(父の第N夫人とかだったかも)。

レネ・リウの《原來你也在這裡》って曲はこの散文が下敷きになってたんですね。
(電視劇《她從海上來-張愛玲傳奇》主題曲)


■村庄(村莊)cūnzhuāng 农民聚居的地区
■扶 fú 用手按着或把持着
■衫子 shān zǐ 为上衣的通称。
■亲眷(親眷) qīnjuàn 俗称亲戚;与其有血缘或姻缘关系的人;尤指有血缘关系的人
■拐guǎi 骗:~骗。~卖。
■惊险(驚險) jīngxiǎn 危险,使人惊讶紧张
■风波(風波)fēngbō 风和波浪。比喻生活或命运中所遭遇的不幸或盛衰变迁



《爱》

这是真的。
有个村庄的小康之家的女孩子,生的美,有许多人来做媒,但都没有说成。那年她不过十五六岁吧,是春天的晚上,她立在后门口,手扶着桃树。她记得她穿的是一件月白色的衫子,对门住的年轻人,同她见过面,可是从来没有打过招呼的。他走了过来,离的不远,站定了,轻轻地说了一声:“噢,你也在这里吗。”她没有说什么,他也没有再说什么,站了一会,各自走开了。
就这样就完了。
后来这女人被亲眷拐了,卖到他乡外县去作妾,又几次三番地被转卖,经过无数的惊险的风波,老了的时候她还记得从前的那一回事,常常说起,在那春天的晚上,在后门口的桃树下,那年轻人。
于千万人之中遇见你所遇见的人,于千万年之中,时间的无涯的荒野里,没有早一步,也没有晚一步,刚巧赶上了,那也没有别的话可说,唯有轻轻地问一声:“噢,你也在这里吗?”




劉若英-原來你也在這裡


劉若英(Rene)

原來你也在這裡

作詞:姚謙 
作曲:中島美雪 
編曲:屠穎

請允許我塵埃落定 用沉默埋葬了過去
滿身風雨我從海上來 才隱居在這沙漠裡

該隱瞞的事總清晰 千言萬語只能無語
愛是天時地利的迷信 喔 原來你也在這裡

啊 那一個人 是不是只存在夢境裡
為什麼我用盡全身力氣 卻換來半生回憶

若不是你渴望眼睛 若不是我救贖心情
在千山萬水人海相遇 喔 原來你也在這裡


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 22日 |


十年後的台灣
作者:楊照/著
出版社:印刻
出版日期:2005年06月22日
語言:繁體中文 ISBN:9867420667




2005年に出版され、台湾でベストセラーになった本。
冒頭に2015年(10年後の台湾)の未来予想図が描かれています。

経済はずっとマイナス成長、先見の明がある市民はどんどん台湾を捨てて移民してしまい、二大政党は選挙で勝つことしか考えておらず、対立が行きすぎて暴動が起き、株価は暴落、アメリカには見捨てられ、大国になった中国はもう統一にも分裂にも興味がなく、世界から忘れられる台湾・・・

こんな風にならないために、10年後を見据えて今から改革を始めよう!という本なのですが、なんだか他人ごとと思えないですね。

「內容簡介」にあるように

書中強調台灣最大的危機不在於中共武力犯台,而在於快速地從全球化世界體系中被邊緣化。為擋住將台灣封閉起來的趨勢,努力將台灣拉在世界網絡之內,不要向邊緣孤立情境流離出去,應當保存台灣好不容易擁有的多元異質性,拒絕一元同質的壓迫性力量。


台湾の最大の危機は世界から孤立することだと繰り返し強調されています。
台湾の現況と歴史を丁寧に解説しているので、外国人が読んでも台湾のことがよく分かる本です。



youtubeに「楊照跟蠹魚頭談杉浦日向子」という動画がありました。



いつもありがとうございます

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