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2013年 11月 30日 |
「白文攻略 漢文法ひとり学び」
加藤 徹 (白水社)

この手の本は自分と漢文ワールドの距離が大きすぎて読んでも落ち込むだけなのでもう読まないことにしよう、と決めていたのですが、書店で手に取ってみたら開いたページに


吾子房也


とあったのでこれは呼ばれていると諦めて読みました。


作者は大学で現代中国語も教えておられるそうなので、ただの漢文屋さんじゃないところも好感度++です(←漢文専門の人にすごい偏見をもっているオレ)。
文法説明が現代中国語とだいたい同じなので(存現文とか出てくる)とっつきやすい。
音韻についてもちょっと触れてあるので疑問がいろいろ解けました。

私は古漢語(文言文)が読めるようになりたいのです。
昔の書物を読みたいからではなく、現代中国語の書面語を読むためです。
ごく普通の新聞記事、エッセイなどにも書面語は使われています。成語もベースは書面語なので、古文の教養がないとどういう構成になっているかすら理解できません。

中級の初期の頃、理解できない文章があって老師に聞くと「これは書面語だからこういうものだと思って覚えるしかない」という答えが返ってくることがよくありました。

いまも他の学習者がつまづいているところを見ると、古典をもじってたり、ちょっと気取って文言文っぽい表現を使っていることが多い。でもこれまで口語文しか教わってないので、自分が古文でつまづいていることも、そもそもつまづいているところが文語表現であることすら分かっていない。
文語なので現代中国語の文法解析では解けないのに、一生懸命「これが主語で・・・」とやっている。
そういうのを見るにつけ、独学でも書面語を学習できるテキストがあればいいのに、と悔しく思っていたのです。

で、この本はそういう中級レベルで謎の壁にぶつかってもがいている中国語学習者には天の助けのような本だと感じました。


内容の素晴らしさについては改めて記事にします。


ところで冒頭の太祖のセリフ、私は「吾之子房也」だと思っていたのですが、テキストによって違うのでしょうか。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 11月 27日 |
《王的盛宴》

見ました。けっこう面白く観賞しましたが、中国ではどうしてあんなに不評だったんでしょう。

全体に暗~い雰囲気で画面も暗いので誰が誰か見わけにくいところが難点。
とくにダニエル・ウーとチャン・チェン(結婚おめでとう)は同じ場面に出演させないほうがいいと思う。

劉燁が純朴そうでお目目キラキラで、まだ清純派ができるのだなと感心しました。
奇道の張良はやや面長ですが落ち着いてて良い感じでした。
秦嵐はドラマより映画の呂雉のほうが悲惨で壮絶な境遇。ドラマは生ぬるかったのね。


劉邦の「おれにとっては一生が鴻門会」というセリフが映画を総括しています。


キャスト丸写し

演員:角色
劉燁:劉邦
吳彥祖:項羽
張震:韓信
聶遠:項莊
沙溢:蕭何
秦嵐:呂雉
李琦:項伯
奇道:張良


子嬰が異常に美しかったのですが、wikiのキャスト表にのってません。呂聿来って若者のようです。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 11月 09日 |
まさか本当にやるとは自分でも思ってませんでしたよ。
ダラダラと阿呆なボヤキを垂れ流してるだけなので適当に飛ばしてください。



前と同工異曲なんですけど。

Essential Grammar in Use. のbe動詞の例文

What time is it?

を見てパニックを起こしかけました。


(日本語訳)何の時はであるそれ?

さっぱりわかりませんね。


同じ意味の質問を日本語だと
今は何時(ですか)?

中国語(普通話)だと
現在几点?

英語の語順についてはもう何を言う気力もないので今回は言いません。
今回気になったのは、時間を表わす名詞についてです。

日本語の
何時

中国語(普通話)の
几点

どちらも「時計の上に表されている時刻」のことですね。

英語の
time
って「時計の上に表されている時刻」だけでなく「流れて行く時間そのもの」も表わしますよね。
どうしてどっちも同じ単語であらわすんでしょう?
たしか英文学者か誰かが、英国紳士に

Do you have the time?

と聞かれたので手に持ってた「ザ・タイムズ紙」を見せたら相手はプンプン怒って去っていったというエピソードを書いてたと思いますが、それも英語に「時計の上に表されている時刻」を表わす名詞がないせいですよね。その英国紳士は自業自得です。


日本の時代劇を見てると「いま何どきだい?」「さっき暮れ六つの鐘が鳴ったからおっつけ夜だろう」(←そりゃそうだ)みたいな会話が出てくるので、日本人はけっこう古くから「流れていく時間」と「ある長さで区切られた時間を表わす時刻」は別々の名詞を使ってたと思うんです。

中国語にも
巳牌時,聽得門首有人叫道:“教頭在家麼?(水滸伝)
とか小説に登場するし
应名点yìngmíngdiǎnmǎo(卯時に出勤確認することから、型どおりに行うこと)
って成語もあるし、当然時刻と時間は分けて考えてたはず。
(昔の中国では時間は太鼓を叩いて知らせてたらしいです)


昔のイギリスにも教会の鐘とか時計台とかあったでしょうに、誰も「時間」と「時刻」を違う名詞で表すことを思いつかなかったんでしょうか?

「いま何教会鐘時だい?」
「さっき教会の鐘が3つ鳴ったから3教会鐘時だよ」

じゃだめだったんでしょうか?


というよりo'clockという単語があるのになぜ

What o'clock is it?

という質問方法はないのか?
と思ったらwiktionaryに

What o'clock is it? [uncommon]


と載ってるんですが、本当に使うんでしょうか?なぜcommonじゃないの?



いま思い出したけど

Middle Ages(中世)
middle ages(中年)

っていうのも紛らわしいと思います。
歴史の区分人間の年齢の区分くらい違う単語を作ればいいのに・・・


英語ネイティブの時間と空間の把握方法についていけません。
ぶっちゃけ英語って・・・幼稚じゃないですか・・・?
なぜこれが世界で最も有難がられている言語なのか・・・釈然としません。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 11月 05日 |
前回の記事が長くなりすぎて肝心の部分が紹介できませんでした。
前回記事「漢文スタイル」



漢詩を白文なしの読み下しのみで掲載している本というのがあるんですね。
そこから日本語における漢詩の二重性の話になって


ともあれ、直読とは原始を字音(どの地域のどの時代の字音かはとりあえず問わずに)そのままで読むことであるから、訓読を軸にして考えると、直読/訓読の「二重性」は原詩/訓読とパラレルになりそうなのだが、じつは二つの「二重性」はすんなりとは重ね合わせられない。直読/訓読の「二重性」では、前者は詩の音声を担い、後者は詩の意味を担う・「訓読漢詩」では、原詩は「視覚的・観念的」であり、訓読こそが「聴覚的・音声的」である。音声を担う項が反対なのだ。
(略)
訓読という行為と訓読されて紙面に定着した文とのあいだを見きわめること。とりわけ、訓読された文が音声の優位性をともないつつ現れるときには、注意が必要である。訓読という行為と読み下しの暗誦とを混同してはならない。
訓読があくまで訳読であるなら、読み下しは何通りもあり得るはずで、たまたま書きとめられた読み下しはさまざまな読みの痕跡の一つに過ぎない。だが、近世後期以降、教育の手段として広まった素読によって、訓読の結果としての音声が訓読という行為に先立って与えられるようになると、読みの痕跡が逆に読みを指示するようになる。漢籍の和刻も、細かい読みが施されたものが増えてくる。それはいずれ忘れられる筌跡であったはずだ。しかし、身体に刻まれた音声の威力は、あなどれない。

「訓読の自由」
「漢文スタイル」
齋藤 希史 (羽鳥書店)




「身体に刻まれた音声の威力は、あなどれない」
本当にその通りですね。


訓読(翻訳)だけならまあそれほど害はなかったと思うんですよね。
外国語が分からないなら何とかして翻訳するしかないんだし。

でもそれを素読して暗誦して、日本語の音として記憶してしまったのが致命的だった。
外国の文字(漢字)が並んでるのを見ても日本語の音で読む習性が身体に叩き込まれてしまった。

それで、子孫が英語や中国語を学ぶときに、外国語を見ているのにそれが外国語の「音」を表しているとどうしても認識できなくなっちゃんたんじゃないかな。


中国語を勉強してると、時々漢字が中国語の文字だとどうしても理解できない(としか思えない)日本人学習者に会います。
皮肉なようですが、中国の文化や歴史がお好きな年配の男性だったりします。

ご本人も頭では分かってるのでしょうが、漢字は中国語の「音」を表しているというのが身体で分からないんだと思う。どんなに努力しても日本の音で読んでしまう。
江戸時代の朱子学を勧めた偉い人とかを恨んでください・・・とお気の毒になります。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 11月 04日 |
あんだけN●Kに文句を言っておきながらフル活用しています。ごめん。


「攻略!英語リスニング」
講師:柴原智幸
CEFRレベル:B2


テキストなしで番組だけ聞き流しています。

「CEFRレベル:B2」って何だろうと思ったら

「CEFRとは、Common European Framework of Reference for Languagesの略称。語学のコミュニケーション能力別のレベルを示す国際標準規格として、欧米で幅広く導入されつつあります。NHK英語講座は、このCEFRに対応して以下のレベル分けをしています。」


(丸写し)と書いてありました。

「B2」は

社会生活上の幅広い話題を理解して、自然な会話ができる
自分の専門分野であれば、抽象的な議論も理解できる。
母語話者ともリラックスして、自然にやりとりができる。
いろいろな話題についての意見を長短含めて述べることができる。


初めて聴いたのが「シルクロード」の話の時でした。
うわあ、むちゃくちゃ簡単!!と思ったんですけど、その後の「ヤード・メートル法の換算」はまったく意味が分からず、「ブリア・サバランの低炭素ダイエット」はまあまあ聞きとれました。


ネットで他の人のブログとか見たらシルクロードはけっこう難しかったらしく「Tang」が何か分からなかったという意見もあって、そういうもんなのか・・・と思いました。Tangといえば唐、Qinといえば秦と漢字が脳裡に浮かぶのは中国語学習者だからですね。

知ってる話題(中国ネタはほぼ全方位OK)だと英語でもリスニングしやすいというのがよく分かりました。


「シルクロード」で感動したのが英語で「シルクロード」ってSilk Roadって言うんですよね。これは聞けば分かるので有り難かった。生まれて初めて英語での発音を聞いた日本人でもSilk?Road?あ、絹の道→シルク・ロードかと推測できると思う。


しかし中国語でsīchóuzhīlùって音を生まれて初めて聞いて「あ、“絲綢之路”か、絹の道ってことだな」と分かる日本人はおそらく皆無でしょう、っていうか絲綢なんて漢字思い浮かばないですよね。



柴原先生の本文の内容とは無関係な少年時代のお話(シルクロードに憧れてた)とかにもなごみます。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 11月 01日 |
<10月の振り返り>

■English Grammar in Use
ユニット120まで終了。

後半は語順や比較級で細かい話が多くなってきました。
練習問題をやっていると寝落ちしてしまう・・・
晩ご飯食べてから文法やるのは無謀なのだろうか。


■音読《普通話水平測試手冊》
作品53まで終了。

以前は伸びてる手ごたえがあったのに、最近はむしろ下手になってるような気がする。
雅坤老師のお手本があまりにレベルが高すぎて、比べるのが辛くなってきました。
超一流のプロと比べてはいけない、比べるなら1年前の自分と比べるんだ!と己を励ましているのですが、理想が高すぎて届かなさすぎる・・・

母音からやり直したほうがいいのか、それとも古典とかもっとメロディアスで表現力の必要な教材を使って訓練すべきなのか?どうしたらいいのか全然わかんない。足踏みしてます。


■NHKラジオ レベルアップ 中国語 2013年10月~12月
かっこいい中国語  講師 呉 志剛
良い講座です。各講座3回ずつくらい聞いています。


■NHKラジオ レベルアップハングル講座 2013年10月~12月
時間がなくて脱落。韓国語は当分あきらめます。
未練を断つために録音も消しちゃった。ごめんイ・ホンボクソンセンニム



<11月の学習方針>

■English Grammar in Use
引き続きやります。


■音読《普通話水平測試手冊》
ひとまず引き続きやります。


■NHKラジオ レベルアップ 中国語 2013年10月~12月
かっこいい中国語  講師 呉 志剛
引き続き聞きます。



・・・あんまり学習してないのに時間がぜんぜんないのは何故・・・
時間の使い方が下手なのか?



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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