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2012年 10月 30日 |

 
《夕阳红中话朱旭》
宋凤仪 著 吉林人民出版社

作者の宋鳳儀さんは朱旭先生の奥様。金婚記念に出版された伝記のようです。

あまり中国の映画やドラマを見ない人でも、ある程度の年齢なら“「大地の子」の中国人のお父さん”で分かるのではないでしょうか。
あのドラマ放映当時、朱旭先生が演じた温和で高潔な中国人は日本人の心に忘れられない印象を残しました(やや遠い目)。


奥様の手になる伝記なので、仕事のことだけでなく家庭生活のことも書かれています。
奥様のほうが年上で階級も上だったんですって。果敢にアタックする若き日の朱旭爺爺が愛らしい。

「大地の子」放映のあと日本を訪問して大歓迎されたエピソードは、いま読むとなんだか隔世の感があります。あのころの日中関係は良かった・・・(遠い目)


日本人にはちょっと想像がつきにくいのですが、中国では演劇も重要な国家事業なので、演劇学校の行事に周恩来が出席して学生を励ましたりしてたみたいです。
そしてトップ俳優は当然共産党員でもあり、党員として立派に振舞わないとけないようです。(←このへん誤解してるかもしれません)

あまり政治的なことは書かれていませんが、やはり文革は演劇界に大きな傷を残したようです。
朱旭先生と親友だった童超さんも政治闘争に巻き込まれてしまい、近くに住んでいながら避けあう仲になり、うわさ話でお互いの消息を知るだけでした。
文革から何年も経って、散歩中に偶然出会う場面がまるで映画の1シーンのよう。


童超两鬓斑白,显出过早的体态衰老,眼神也有些呆滞。朱旭困难地吐出四个字:
“你还好吗?”
过了半天,童超含混地说出两个字:“你看!”他轻轻举起一下手杖。
朱旭双手按住他的肩头说:“我没去看你。”
他表示理解,苦笑的点点头说:“我明白。”

《夕阳红中话朱旭》



“我没去看你。”(きみに会いに行かなかった)という短い言葉に苦しみがこもっていると感じました。
中国の人もいろいろ大変だったんですね。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 28日 |
長年(このブログ始めてからずっと)「現代中国語で古代の中国語を読むための教科書がない」と文句ばっかり言ってたのですが、ふと「ないなら自分で勝手にやってもいいんじゃないの?」と思いついたのでやってみます。

他のブロガーの方たちが原書読書会とかテキスト勉強会を開いてらっしゃるので羨ましくなったの。
でも現代中国の小説は好きじゃないし、テキストの地道な勉強も苦手なので。
(・・・じゃあお前は何ができるんだよ・・・)

これから来年の電視劇《楚漢伝奇》の予習を兼ねて、史記《留侯世家》を原文で読みます。

ルール:
1.訓読不可
2.日本語資料は原則参照しない


進め方:
1.原文を読む
2.現代中国語の注釈を参照にしながら現代中国語として理解する
3.現代日本語に訳す(面倒になったら訳さなくてもOK)

テキストはネットから拾ったので正しいかどうか分かりませんが、あまり細かいことは気にしません。
興味のある方は生ぬるく見守っていただければ幸いです。

今日はこの部分


史記《留侯世家》

留侯張良者,其先韓人也。大父開地,相韓昭侯、宣惠王、襄哀王。父平,相釐王、悼惠王。悼惠王二十三年,平卒。卒二十歲,秦滅韓。良年少,未宦事韓。韓破,良家僮三百人,弟死不葬,悉以家財求客刺秦王,為韓報仇,以大父、父五世相韓故。



・・・しかしいきなり壁にぶつかりました。
ネットには現代中国語訳はいくらでもあるけど、単語と文法の注釈が見つからない。
日本語の資料に頼るしかないのか・・・
とりあえず今日は自力でやってみて、今度ちょっと図書館で史記を借りてきます。(・・・買えよ・・・)



■留侯 liú hòu 秦末, 张良运筹帷幄,佐刘邦平定天下,以功封留侯 。诗文中常用为称颂功臣之典。
■者 zhě 助词,表示语气停顿并构成判断句的句式:陈胜~,阳城人也。
■先 xiān 家族或民族的较早的一代或几代。


留侯張良者,其先韓人也。

(日)留侯・張良は祖先が韓人でした。



張が姓、良が名、留侯は領地にちなんだ敬称(?)ですね。
史記は字(あざな)は教えてくれないのかな。

ところで「韓」って大韓民国のことじゃないって知ってました?
私はいま地図を見て始めて知りました(こんなので史記を原文で読もうというのは無謀すぎる・・・)
小国なのに秦と魏と楚に囲まれてますね。こりゃ早晩滅びるね。

資料 from wiki(画像も)

韓國國土主要包括今山西南部及河南北部,初都陽翟(今河南省許昌市禹州),滅鄭國後遷新鄭(今河南鄭州新鄭)。






■大父 dàfù 祖父
■韓昭侯 韓昭釐侯(?-前333年),名武。前362年─前333年在位。戰國時代韓國的第六任君主。
■韓宣惠王 韓威侯,即韓宣惠王(?-前312年),戰國時期韓國君主,韓釐侯之子,在位21年。
■襄哀王 韓襄王(?─前296年),原名韓倉,在位期間楚攻韓雍氏城五個月
■韓釐王(?-前273年),韓襄王之子,名咎。
■韓悼惠王 韓桓惠王(?─前239年)


大父開地,相韓昭侯、宣惠王、襄哀王。父平,相釐王、悼惠王。

(日)祖父の張開地は韓の昭侯、宣惠王、襄哀王の相でした。父の張平は相釐王、悼惠王の相でした。



張パパはウィリアム・チョンみたいな名前ですね。(無関係)
相っていうのは総理大臣のことでいいのかな。


■卒 zú 死亡
■年少 niánshào 年纪轻
■宦 huàn 官,做官:官~。仕~。~海。~游。


悼惠王二十三年,平卒。卒二十歲,秦滅韓。良年少,未宦事韓。

(日)悼惠王の二十三年(BC250年)に父の張平が死にました。張平が死んで20年すると、秦が韓を滅ぼしました(BC230年)。張良は若くてまだ韓の役人になっていませんでした。



wikiによると「前230年:秦滅韓,虜韓王安,以其地置潁川郡。韓亡。」だそうです。
秦が滅びたときパパが亡くなって20年ってことは、張良は少なくとも成人はしてたと思うんですけど、仕事はしてなかったんでしょうか。たぶんニートだったのですね。


■破 pò 打败
■家僮 jiā tóng 亦作“ 家童 ”。 旧时对私家奴仆的统称。
■葬 zàng 掩埋死人,泛指处理死者遗体。
■悉 xī 尽,全:~力。~心。~数(shǔ)(完全列举,如“不可~~”)
■客 指奔走各地从事某种活动的人:说~。政~。侠~。
■刺 暗杀:~客。被~。行~。
■故 gù 原因:缘~。原~。


韓破,良家僮三百人,弟死不葬,悉以家財求客刺秦王,為韓報仇,以大父、父五世相韓故。

(日)韓が敗れると、張良には奴隷が300人いましたが、弟が死んでも葬式も出さず、家財はすべて秦王を暗殺するための刺客の募集に使い、韓のために復讐しようとしました。それは祖父と父が韓で5代の王の宰相を務めたからです。



二人で5代の宰相って在任期間長いですね!選挙がないと任期が長いね。(そこか)
あ、今日の部分終わっちゃった。

まるで自分一人で訳したように見えたかも知れませんが、現代中国語訳を参照にしながら訳しました(ていうか現代中国語を日本語に訳しただけっていうか)。

だから答えだけは分かるのですが、どうしてそうなるのか分からない。特に文法部分。
上の部分でも

家財求客刺秦王
大父、父五世相韓故。

とどっちも“以”があるけど、どうしてこんなところに“以”があるの?これ何?
そういえば「古漢語字典」を持ってたんだった、と思い出して引いてみると


・动词。用,任用,使用。
・介词。把。
・介词。因。由于。

と載ってました。
“悉以家財求客刺秦王”は現代中国語訳が“用全部財產尋求勇士謀刺秦王”なので動詞の「使う」なのかな。介詞の“把”ではなさそう。
“以大父、父五世相韓故”のほうは介詞の「因。由于。」ってことですね。


これが現代中国語訳です。

白話:
侯張良,他的先人是韓國人。祖父開地,做過韓昭侯、宣惠王、襄哀王的相。父親平,做過釐王、悼惠王的相。悼惠王二十三年(前250),父親平去世。張良的父親死後二十年,秦國滅亡了韓國。張良當時年紀輕,沒有在韓國做官。韓國滅亡後,張良家有奴僕三百人,弟弟死了不厚葬,用全部財產尋求勇士謀刺秦王,為韓國報仇,這是因為他的祖父、父親任過五代韓王之相的緣故。



原文の注釈(史記の注釈か?)だけネットに載ってましたのでつけておきます。しかしあまり役にたたない。
文法説明もしてほしい。

〔一〕索隱韋昭云「留,今屬彭城」。按:良求封留,以始見高祖於留故也。正義括地志云:「故留城在徐州沛縣東南五十五里。今城內有張良廟也。」
〔二〕索隱漢書云字子房。按:王符、皇甫謐並以良為韓之公族,姬姓也。秦索賊急,乃改姓名。而韓先有張去疾乃張譴,恐非良之先代。
〔三〕索隱良既歷代相韓,故知其先韓人。顧氏按:後漢書云「張良出於城父」,城父縣屬潁川也。正義括地志云:「城父在汝州郟城縣東三十里,韓(里)〔地〕也。」
〔四〕集解應劭曰:「大父,祖父。開地,名。」
〔五〕集解韓系家及系本作桓惠王。
〔六〕索隱謂大父及父相韓五王,故云五代。


こんな感じでできれば来年のドラマ開始までに読み終わりたいと思います。

ところで韓の始祖って韓厥なんですね。
映画《趙氏孤児》で魔性のヒロイン屠岸賈に利用されるだけ利用されてボロ雑巾のように捨てられてたあの人。
韓は美人の名産地ってことでよろしいか。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 24日 |
結局どちらも第1集を見たのでレポートします
すごくネタバレしてます。


◆《国家命運》

第1集(特に最初の方)は日本人は精神衛生上見ないほうが良いと思いました。
内容は前回書いたように中国が総力を上げて“両弾一星(二つの弾と一つの星)”を開発する過程を描いています。

毛沢東と周恩来がいっぱい登場します。
周恩来役の刘劲さんは周恩来ばかり演じているようです。眉毛がすごい。とっても南方なまりですがこれはきっとクリソツな喋りかたなんでしょうね。


叔のたぶん初登場場面


許毛毛さんは今回は解放軍。
原爆なんて作れな~いと泣き言を言う科学者を叱り飛ばしていました

↑その心配はないと思うわ~


百度百科に項目できてました。いつもありがとう百度。
国家命运

続きは見ないかも。心理的ダメージが大きすぎます。



◆《強者風範》

リーベンが去った後の江南冷江市を国軍とゴン軍が奪い合う国共スパイドラマ。
主役は地元の病院長、傅品千(陳宝国飾)。彼は実はゴン軍の地下党員です(というのは国共内戦ドラマを見慣れた人なら聞かなくても分かりますね)。

国軍の328師師長(って何か知らんが)蔡英豪(呉剛飾)がゴン軍を追い払ったご褒美に勲章をもらう場面からスタートです。
勲章をつけてくれたのは高参馬九成(常鋮飾)。
(高参は高級参謀の略のようです。蒙蒙が参謀・・・大丈夫か国軍)


ここがたぶん常鋮の初登場
勲章を親自つけてくれる馬高参



かなり偉い役のようです



さらに努力するよう蔡英豪(呉剛)を励ます馬高参
(蒙蒙のくせに生意気だぞぉ!)



しかし蔡英豪は敵に作戦がもれていたと指摘します。
ゴン軍のスパイ「小蜜蜂」がこの会議室にまで潜入しているのだ!!

険悪な雰囲気を丸くおさめようとする馬高参
われら国軍こころは一つ!と精神論を披露する馬高参。蒙蒙憑依してました





どのポーズも美しい蒙蒙



仲間割れをしている場合ではないと諭す蒙蒙



我らが一つになれば蜜蜂ちゃんはもう飛べないフフフ
(もしかして蒙蒙が蜜蜂ちゃんだったらどうしよう・・・)



呉剛は眼の色が薄くて爬虫類みたいで怖い



国共内戦ドラマは画面が美しい(ただし国軍のパートだけ)作品が多いですが、本作もモノクロに近い押さえた色彩で美意識を感じさせます。

特に常鋮がとても綺麗に撮れていて大満足。
呉剛も演技の上手さとビシっとした動きで目が離せません。

これはたぶん続きも見ると思います。


(おまけ)

中国のネットにこんな記事が
《王者风范》转场拍摄 常铖与吴刚夫妇首度合作
(《王者風範》撮影地変更 常鋮と呉剛夫妻初共演)

常鋮の西服姿の写真が可愛い。常鋮が「反一号」(敵役のボス)なんですね。
しかしこの記事タイトルは釣りだと思う。(俺だけか?)


电视剧《王者风范》热拍 常铖遭吴刚幽默调侃
(ドラマ《王者風範》撮影好調 常鋮は呉剛にからかわれている)
って記事もありました。常鋮は大先輩と仲良く共演できたようですね。

記事中の常鋮のweiboに書かれてるのは

「先輩はレベルが高いよ。小常、きみ幾つだい?・・・呉兄さん、ぼくももう36ですよ・・・何だって?きっといつも運動をして食事に気をつけてるんだろう?とてもよく若さを保ってるじゃないか。とてもそうは見えなかったよ、本当に若く見えるなあ・・・呉兄さん、褒めすぎですよ、ヘヘ・・・いやホント、もし君が言わなければ、35としか思えないよ・・・」

1歳しか若く見えへんかったんかい!というオチらしいです。新浪の記者に解説してもらわなければ分からなかったよ・・・

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 16日 |
(第11集)

子供が小学校に上がる年齢になったのですが、一つしか入学枠がもらえません。
暁麗(周天平の実娘)、大勇(張紅秀の養子)、俊峰(張紅秀の実子)のうち誰を学校にやるかで揉める一家。

年齢から言えば暁麗が一番上ですが、戸籍が農村なので都会の学校へ行く資格がありません。
俊峰は一番年下のうえ張紅秀の唯一の実子なので、張紅秀はかえって遠慮しています。
養子の大勇だけを就学させるのは姑ふたりが承知しません。
三すくみ状態です。


しかしブログ主はあまり話の内容に注意を払っていない





楽しい洗脚タイム





土壇場で全員の入学許可が降りてめでたしめでたし


俊峰・・・妬ましい・・・




奥さんが新しい服を作ってくれるというのにつつましい夫



(第12集)

数年後、俊峰はろくに勉強もせずにガールフレンドを追いかけています

俊峰の書いたラブレターを読んで楽しむ周天平


自分はラブレターどころか始末書しか書けなかったなあと回想する周天平(かわいい・・・・・・・・・)


改革開放のあおりで工場では経営再編が始まり、張紅秀はリストラされてしまいます。家族に打ち明けられないで悩む張紅秀。

妻の気も知らずに餃子を茹でる周天平


お弁当の餃子をふうふうして覚ます周天平


お弁当は懐に入れて持っていくらしい



(第15集)

張紅秀は飲食店を開いて儲けようと思い立ちます。
商売なんて誰にでもできるものじゃないと反対する周天平。(実感のこもった演技だった)



周天平もリストラされちゃいました。







いまの中国人を見てると人に使われるサラリーマンより自分が社長になりたい人ばかりかと思ってましたが、地道な会社員のほうが安定してていいと思う人もいるのですね。



このあとは子どもが成長して結婚したりとかで、あまり叔の見せ場がありませんでした。
《全家福》DVD鑑賞ひとまずこれで終わります。


上一集
〔青〕 《全家福》DVD鑑賞 8~10集


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 11日 |
このDVD強烈な刺激臭がします。

中国製の安いDVDはパッケージのプラスチック部分とカバーの印刷部分が化学薬品の臭いが強いことが多いのですが、この作品に関してはDVD本体もすごく臭います。
一体材料に何を使ったらこんな臭いがするのか?


最後までネタバレしています

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

十数年後、出所した唐季山(于和偉)は袁衛東(劉向京)を探し当てます。
袁衛東は騙し取った金で起業し、大企業の社長となっていました。

唐季山は袁衛東に無実を訴えます。本当は袁衛東が唐季山を陥れたのに・・・
袁衛東は当然自分がやったとは言いません。それどころか「すべて三児(潘瑞民)の罪だったんだな、大哥、いままで誤解しててごめんよ。また一緒に仕事をしよう」と三児に濡れ衣を着せます。


袁衛東の会社(ハイヤー部門か何からしい)で働き始めた唐季山は、自分で洗車までして一生懸命です。
リュウベイが野菜を植えてたころみたい・・・



同僚とマッサージ(健全なやつです)に行った唐季山は他の客を怒らせて辞めさせられそうになったマッサージ嬢を指名し、マッサージ嬢に惚れられます。


なお、ここでマッサージ嬢が足つぼマッサージのため唐季山の靴下を脱がせようとしたところ、唐季山は固く拒否して自分で脱いでいたことをお伝えしたいと思います。
貴女は足つぼマッサージで自分で靴下脱ぐ派でしょうか?私は自脱派です。


于和偉はこういう人情味のある役が本当にうまい



唐季山は会社でビッグプロジェクトを成功させて頭角をあらわします。唐季山に嫉妬する袁衛東。
袁衛東は潘瑞民の妹と結婚しているのですが、妻が唐季山と不倫してるんじゃないかと疑い始める袁衛東。


唐季山は仕事でも私生活でも袁衛東と上手く行かなくなり、会社を辞めてしまいました。
于和偉はまたも酔っ払う演技を披露してました。



ライバル会社に投奔する唐季山。
ライバル会社の社長は《蒼天有眼》で霍青老師と佟大為の兄を演じた方子哥。

曹操を見限って袁紹についたリュウベイみたい。



唐季山はライバル会社で大役を任せられ立派にやりとげる。

剣道の場面はこのドラマだったんですね。
顧客の趣味に合わせるために剣道の腕前を披露するという話でした。



袁衛東の奥さんは少女のころから唐季山が好きだったんですが、唐季山が刑務所に入ったあと、袁衛東に騙されて結婚しました。
いまでも本当に好きなのは唐季山(たぶん)。
一方、袁衛東は自分の美人秘書をものにしようと以前から準備を重ねてきたのです。しかし美人秘書も唐季山のことが好きなようです。
どこまでも于和偉が総取りのドラマです。

唐季山が会議のため上海へ行くと、同じ会議に袁衛東の美人秘書も参加していました。
退屈な会議を抜けだして飲みに行く二人。いいなーそんな出張してみたい。

じゃんけんをして負けたら相手の質問に答える。答えたくないときは酒を飲み干すというゲームを進行する美人秘書と唐季山。



どっちも飲んでばかりで全然秘密を漏らさないのでちっとも面白くないゲームだった。



翌日もさぼって外灘で昼ビール。
お前ら出張に来たのか、それとも昼酒に来たのか!?





植物人間になった潘瑞民の見舞いに行った唐季山は家族から潘瑞民の遺書を見せられます。(遺書は袁衛東が代筆して自殺に見せかけた)
自分の犯罪の証拠となった契約書も潘瑞民の遺書も、袁衛東の偽造と気づいちゃう唐季山。

唐季山は袁衛東に問いただしますが、袁衛東が自己弁護と泣き言ばかり並べてあまりに情けないので復讐を断念します。

劉向京の演技が迫真の情けなさ。
小物すぎて同情する気にもなれませんが、憎む気にもなれません。








また酔っ払う唐季山。





唐季山のママが不治の病にかかってしまいました。
ママの最後の願いは袁衛東を家に呼んで麺を食べさせること。
劉向京の演技が泣かせる






最後は袁衛東が悪事の報いをうけてジ・エンド。
「ドラマ版無間道」というキャッチコピーは大嘘でしたが、なかなか面白いドラマでした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

上一集
《男人的戦争》 DVD鑑賞 1~15集


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 09日 |
『中国語←→日本語翻訳の要領』 (1973年度版)
今冨 正巳(光生館)

タイトルに惹かれて図書館で借りました。
最初のほうにこんな説明があります。

[他来,我去。]は実に簡単な中国語であるが、その日本語訳には、1.(彼が来る,私が行く),2.(彼が来て,私が行く),3.(彼が来るから私は行く),4.(彼が来るなら私は行く),5.(彼が来ても私は行く)などがあり、この他にも訳し方はあると思う。

『中国語←→日本語翻訳の要領』 今冨 正巳

出だしがとても良かったので期待しながら読んだのですが、例文が・・・すごすぎるんです。
中国語を打つのが面倒なので日本語部分だけ引用してみると


・アメリカ帝国主義のあらゆる陰謀術策は、すべて失敗を運命づけられている。
・ソ修社会帝国主義の東ヨーロッパにおける植民地支配が危機におちいり・・・
・西ドイツ当局は、ドイツ民主共和国を併呑し、東ヨーロッパに侵略拡張をすすめるかれらの野望を少しもかくさず・・・
・プロレタリア階級独裁を強固にするという目標のために団結しよう。
・血の教訓によって、われわれの多くの同志たちは目が覚め・・・
・毛沢東思想で認識を統一し、足並みを統一し、行動を統一し反動的なブルジョア階級の・・・
・劉少奇及びその一味の党を裏切り国を裏切った犯罪行為を生産する。
・原子爆弾は、アメリカの反動派が人をおどかすために使っているハリコの虎で、見かけはおそろしそうでも、実際には、なにもおそろしいものではない。
etc・・・

もしかしたら途中から普通の文章も出てくるのかもと思って最後まで読みましたが、最後までこんな例文ばかりでクラクラしました。原子爆弾を張り子の虎と豪語できるとは・・・
(「ドイツ民主共和国」というのはいまは亡き東ドイツのことですね。他にも「米帝」「ソ修」など歴史の彼方に埋もれた単語が続々と登場します。)


「让」「叫」についてこんなことが書いてありました。

[让・叫]などの[使]以外の使役介詞の用法は,基本的には[使]と同様である。ただ,現実の現代中国語文,その代表としての人民日報を見ると,使役介詞のうちもっとも用いられているのは[使]であり(略)


奥付を見ると昭和48年発行となっています。
このころ中国語を勉強した人に「昔は教材といえば《人民日報》しかなかった」というお話を伺ったことがありますが、本当のことだったんですね。
いま「現実の現代中国語の代表」に《人民日報》をあげる中国語教師はまずいないでしょう。
時代の移り変わりをひしひしと感じました。

取り上げられている例文も、今見ると「ただの悪文」「単なる下手な文章」もあるのですが、この本ではどの例文も一生懸命弁護して良いところを見つけ出そうとしていて、読んでいて痛々しい気持ちになりました。


アマゾンで検索するとこの本は1988年に新訂版が出ているようです。どこがどう変わったのでしょうか。
機会があれば読んでみたいものです。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 07日 |


《北大中文文库:朱德熙文选》
朱德熙 (作者), 袁毓林 (合著者), 郭锐 (合著者)
北京大学出版社


「これこれ探してたのよ~」と大喜びで買いました。
でも文章が難しすぎる・・・何が書いてあるかぜんぜん理解できません。
あーこの部分引用で見たことあるわ~というのは多いのですが。


「说“的”」「“的”字结构和判断句」なんてものすごく良いことが書いてあるっぽいのにな~
日本語訳出ないかな~
指をくわえて目次だけ眺めてます。早く読めるようになりたい・・・

目录
现代汉语形容词研究
说“的”
“的”字结构和判断句
与动词“给”相关的句法问题
汉语句法里的歧义现象
“在黑板上写字”及相关句式
潮阳话和北京话重叠式象声词的构造
自指和转指——汉语名词化标记“的、者、所、之”的语法功能和语义功能
汉语方言里的两种反复问句
现代书面汉语里的虚化动词和名动词——为第一届国际汉语教学讨论会作
变换分析中的平行性原则
从方言和历史看状态形容词的名词化兼论汉语同位性偏正结构
古文字考释四篇


同じシリーズの《王力文选》も同時購入したのですが、たぶん読めないでしょう。
記念に表紙だけのせとこ



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 05日 |


《香港已成往事》
作者:平路
出版社:牛津大學
出版日期:2009年07月01日
語言:繁體中文 ISBN:9780198016939
裝訂:平裝


地味なタイトル地味な装丁地味な著者名。きっと老境の趣味人の綴る枯れ切った散文・・・と思って読んでみたら、お洒落な台湾女性作家のエッセイでした。

マノロ・ブラニクを履いて『セックス・アンド・ザ・シティ』を見に行く香港の独身女性たちを描いた《高跟鞋的寂寞城市》、香港のセレブな化粧室(って何)が登場する《魔鏡啊魔鏡》、楽しくてファショナブルでかっこわるくて寂しい香港。読んでるとすごく香港に行きたくなってきます。


「寂寞紅顔」の章は女性たちの小伝記。取り上げられているのはダイアナ妃、蒋放良(蒋経国の妻)、程念慈、梅艷芳、江青など。どれもひねりが効いていて、あまり好きでなかった人物(江青とか)でも興味が湧きました。
とくに蒋経国の妻がロシア人だったなんて驚きです。蒋介石の妻、宋美齢の華やかさと対照的に地味な人生を送った人だったんですね。

アニタ・ムイとテレサ・テンの孤独について書かれた「Anita與Teresa」もとっても良かった。


いちばん笑えたのはコンピューターのアップグレードと格闘する話です。

拒絕「升級」?這個留在原地的堅持異常困難,就好像女人硬要留在原來的少女群組,儘管她竭盡所能,想要拒絕一步步成為廣東話裏的「師奶」,mission impossible,這幾乎是不可能的任務。

《香港已成往事》




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 04日 |
どーせダニエル・リーだしねーとまったく期待してなかったのですが、なかなか面白かったですよ。
衣装が忠臣蔵だったのはどうしてかな?


意外にもメインは張涵予とアンソニー・ウォンの軍師対決でした。
項羽と劉邦はオマケだった。

対決場面(武器は囲碁・・・)でのアンソニー・ウォンのアクションが大げさで楽しい。
しかも張良の刺秦の場面もあって張良ファン(え?)には嬉しいサービスでした。
けど涵予はやっぱり「殿」って呼ばれてるときがいちばん格好良かった。軍師って感じではない。



百度百科 
2011年李仁港导演电影 鸿门宴




韓信がとてもイケメンで、この男前は誰!?と百度してみたらアンディ・オンだった・・・ごめん・・・
どうしてこの子の顔が覚えられないのかな・・・男前すぎるのがいけないの?






今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 03日 |


《现代汉语欧化语法现象研究》
贺阳 ( 商务印书馆2008年)

中国語は五四運動以降、西欧言語の影響を受けて大きく変わったそうです。
そんな事情は日本で中国語を学習するときには教えてもらえないので、学校で習う漢文と現代中国語の違いの大きさに混乱しちゃいますよね。言語の変遷についてもちょっとくらい教えてくれればいいのにね。(愚痴)


中国語は「動詞+名詞」の語順と教わったのに、なぜか文中に「名詞+動詞」の語順が出てきて戸惑ったことはありませんか。
「文化交流」は「交流文化」が正しいんじゃないんですか?と老師に食ってかかって「まあどっちでもいいから」といなされたことは?(私だけ?)

なんと古代漢語には「名詞+動詞」の構文はとても少なく、五四運動以降、西欧言語の影響で出てきた新たな構文だったのですって。
古代漢語に登場する「名詞+動詞」の構文というのは

人立而啼(《左傳》)
ブタが人のように立って鳴いた

みたいなのです。あんまり見ませんよね。
他はほとんど官職(「牛羊饗応所」とか)だったそうです。

それで、西欧言語からの翻訳の過程で生み出された語の例が掲載されてるんですけど


air pollution 空气污染
business management 企业管理
cultural interchange 文化交流
physical examination 体格检查
space exploration 宇宙空间探索

第2章 动词、形容词的欧化现象
2.3 “NV”结构的兴起和发展


・・・これは・・・むしろ日本語なのでは・・・?

この本では日本語の影響については全然触れられていませんが、用例には魯迅や郁達夫や陳独秀も取り上げられています。日本留学組の文章は日本語からの輸入語が使われてると考えるほうが自然な気がするんですけど・・・。
いずれにしても外国語の影響だったわけですね。疑問がとけてちょっとスッキリ。


介詞についてもとても面白いことが書いてありました。

語頭に介詞“在”があったりなかったりして「どっちが正しいの!?」と思ったことはありませんか?
もともと漢語で時間詞語を語頭に置く時には介詞は必要なかったのです。

古文では

趙惠文王十六年,廉頗為趙将,...(《廉頗傳》)
今日拒之,事更不順。(《周瑜傳》)

たしかに語頭に介詞はありません。

五四運動以降、西欧言語の影響で本来は不要な“在”が使われるようになり、現在では「使わないとおかしい」ことになったのですね。


五四以来,受英语这种时间表达习惯的影响,汉语书面语中介词“在”的使用范围扩大了,原本处在句首或分居句首而不需要用“在”的时间词语,也常常用上了这个介词,下面这些句子中的时间词语依汉语原有的习惯都是不用“在”的,现在也都用上了。

(1)在这时候,众人也都哄笑起来,...(鲁迅《孔乙己》)
(5)譬如在吃饭的时候,我一见了...(郁达夫《过去》)

第5章 介词的欧化现象
5.3.1 介词“在”用于句首的时间词语




いつも苦しめられている語頭の“在”が五四運動のせいだったとは・・・。
でもこの“在”は口語の会話では使われず、書面語でも使われないケースが多いという指摘が意外でした。使うか使わないかはネイティブの感覚によるのでしょうね。


就目前情况来看,介词“在”用于句首时间词语的现象虽有一定的出现频率,但这一用法在汉语中还不能说十分活跃,它还仅仅是一种书面语现象,在日常口语里人们依然遵循汉语原有的习惯,句首的时间词语是不用“在”的,例如,人们在日常交谈时说“五一那天我们去颐和园了”,而不说“在五一那天我们去颐和园了”;说“昨天晚上我没看电视”,而不说“在昨天晚上我没看电视”。即使是在书面语中,也还是汉语的传统用法占优势,句首的时间词语用“在”的现象并不是很多。



その後の「5.3.2 介词“在”用于存在句句首的处所词语」では“在”を語頭の場所詞の前に置くかどうか解説されてます。これも本来の漢語にはなかった用法なんですね。


あと日本人にはとてもわかりにくい“着”も本来は不必要だったのに五四運動以降(以下略)

もともとは動作性の動詞のあとにつくので

他不停的说着
画儿在墙上挂着

のような使い方。それが


王力认为““着”字本来是由“附着”的意义变来,所以它必须跟在动作性颇中的动词的后面”。一般来说,五四前“着”附着在抽象的、动作性不明显的动词之后的现象是不多见的。五四以来,在书面上,不少没有什么动作性的动词也长航被加上一个“着”,例如。

(1)这就说明着我的工作的切实。(鲁迅《伤逝》)
(2)然而因为这新兴阶级的自身内包含着若干矛盾,...(茅盾《“五四”运动的检讨》)

第6章 连词、助词的欧化现象
6.4.1 “着”使用范围的扩大



そのうちに持続性のない動詞“发生”“产生”などにも“着”がつくようになり、もともと持続の意味が含まれている“存在”にまで“着”をつけるようになったそうです。
さらには“着”をつけられなかった“有”にもつけるようになりました。“有着”を認めるかどうかは学者の間で論議が起きたそうです。確かによく考えるとヘンだ。でもいまは普通に使ってますよね。


と、いろいろ知識が増えて楽しい本でした。
無理だと思うけど日本語訳が出て欲しい一冊です。




日本人学習者はあまり使わないかもしれない“N的V”について。
現代中国語では“N的V”は普通の表現ですが、旧白話ではあまり使わなかったそうです。
五四運動以降、西欧言語の翻訳の過程で編み出された方法だそうです。


如前所述,英语等印欧语严重大量的由动词派生或转化而来的行为名词,他们可以像一般名词那样受定语的修饰。由于汉语缺乏将动词转化为自指性名词的词法手段,五四以来,在翻译过程中,人们只能用汉语的动词去对译印欧语言定中结构中的行为名词,于是“N的V”结构便在汉语书面语中兴起。

第2章 动词、形容词的欧化现象
2.2 “N的V”结构的兴起和发展


「的」の要不要が人によって違うのは、もともと中国語になかった用法をけっこう無理やり輸入したせいでルールが決まってないせいなのかなーと思いました。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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