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2012年 07月 31日 |
考えれば考えるほど分からなくなってくる“的”の要不要。
「中国語わかる文法」を丸写ししてみました。(下線ブログ主)



文の成分である修飾語には、名詞をはじめ名詞性の被修飾語(中心語)に対する連体修飾語(定語)と、動詞や形容詞をはじめ述語性の被修飾語(中心語)に対する連用修飾語(状語)がある。前者の「連体修飾語〔定語〕+中心語」は、直結できるものと、接続成分“的”が必要なものがある。直結できる例にも、接続成分を用いてよいものと、用いてはいけないものがある。連体修飾語〔定語〕で接続成分“的”を必要としない場合の組み立ては「名詞・代詞・形容詞・数量詞連語+中心語」となる。

(1)
[1] 汉语(的)老师
[2] 中国(的)电影

(2)
[1] 他(的)哥哥
[2] 我们(的)学校

(3)
[1] 什么书?
[2] 多少时间?

(4)
[1] 高山
[2] 旧书
[3] 旧(的)衣服
[4] 好朋友
[5] 要紧事

(5)
[1] 一本书
[2] 这两本书
[3] 这本书

(1)は「種類・属性を表す名詞+名詞」の場合で、熟語化している。ただ、他と区別し、とりたてていう場合には“汉语的老师”(〔英語ではなくて〕中国語の教師)のように“的”を加えることもある。“中国(的)电影”は、日本語と同じように“的”(の)を加えることも多い。
(2)は「人称代詞+親族名詞/所属先を示す名詞」の場合で、“的”を加えても使うが、日常的には省略する
(3)は「疑問代詞+名詞」の場合。ふつう“的”を加えない。(“谁”だけは“谁的书”のように“的”が必要)。
(4)は「形容詞+名詞」の場合で、直結できるのは熟語化したものに限られ、例えば“高山”に対してד低山”とはいわない。ただし、このように「形容詞+名詞」で熟語化していても、他と区別し、とりたてていう場合には“的”を加え、例えば“旧(的)衣服”に“的”を用いることもあり、4音節で口調は安定する。しかし“好朋友”では“的”を加えないほど熟語化している。2音節形容詞や形容詞句が連体修飾語となるには、“的”が必要だが、なかには2音節形容詞でも“要紧事”や“老实人”のように、熟語化した例もある
(5)は「(指示代詞)+数量詞連語+名詞」の場合で、数量詞連語と名詞との間に“的”を入れることはできない。(略)

103 接続成分が不要な連体修飾語 p136
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店




外国人がどっちか分からなくなるのは「名詞+名詞」「形容詞+名詞」で熟語化してるかどうかあやふやなケースではないでしょうか。熟語化に明確なルールは存在するのか?と思ったら(下線ブログ主)


更上一層楼

この文法項目だけではないが、中国語の文法規則は、概して強制的、普遍的ではなく、例えば接続成分“的”が必要か不要化、とすべて明確には分けられず、あってもなくてもよい、という場合が少なくない。




けっきょく一つづつ覚えるしかないと。
もっと後の方にこんなことも書いてありました。


(略)そのなかで“的”が音節数の調整に関わる事実を述べている。例えば、2音節動詞を結ぶ場合、「名詞+名詞」の例で、“塑料鞋底”は連語であるはずだが、“的”で修飾語を結ばず、また「形容詞+名詞」で“详细(的)计划”は同様に連語であるはずだが、“的”を使うことも使わないこともあり、一方、同じ形容詞“详细”でも1音節の名詞に結ぶ場合は、“详细的图”のように必ず“的”を使うという。この他にも規則性が見出しにくい面があることを実証的に指摘している・

225 構造助詞“的” p347
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店




同じ文章を複数の中国人に添削してもらったことがあるのですが、確かに“的”の要不要は人によって違いました。(“了”の要不要もけっこう違った)
同じ人に時期を置いて同じ文章を添削してもらった時にも、同一人物にも関わらず“的”の位置が変わっていたので、ある程度はフィーリングなんでしょうね。
(↑別に意地悪な実験でやったわけではなく、日本語版がダメ出しが出たので、中国語も再翻訳したのをチェックしてもらったのです(言い訳)


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 29日 |


《小團圓》
作者:張愛玲
出版社:皇冠
出版日期:2009年02月24日



いつどこで買ったか思い出せない。
香港かと思ったけど$88と値札シールが貼ってあるのでたぶん台湾?だったら250円くらいかな。ずいぶん安く買ったんだなあ・・・安かったから買ったのかなあ・・・

とか思いながら読みました。
意外に面白かった。(書評見てたら「昔の小説の焼き直し」みたいな酷評もけっこうあったので)
安いと感じたから面白かったのか?


この作品を張愛玲の自伝小説と考えずに読むのは難しいのではないでしょうか。
それに作者本人の経歴をまったく知らずに読んだら、何のことかさっぱり分からない気がする。

ラスト近くヒロインが涙を流しながら恋人(超イケメン映画俳優)に愛を訴える場面


「沒有人會像我這樣喜歡你的,」她說。
「我知道。」
但是她又說・・「我不過是因為你的臉,」一面仍舊在流淚。




中国でサングラスのことを「墨鏡」と言うのにどうにも慣れないと思っていたのですが(「太陽眼鏡」と言うのに慣れてるから)、この小説では「黒眼鏡」になってました。いろんな呼びかたがあったのね。


《紅樓夢魘》よりは音読しやすかった。
音読の良いところは声を出してるかぎり必ず前に進む点です。黙読だと目が泳いで何を読んでたか分からなくなる。


百度知道にあった登場人物一覧コピペ

盛家——张家(张爱玲父亲家族)
卞家——黄家(张爱玲母亲的娘家)

二婶蕊秋——九莉母亲——张爱玲的母亲 黃素瓊
三姑楚娣——九莉的姑姑——张爱玲的姑姑 張茂淵
乃德、二叔、父亲——九莉父亲——张爱玲的父亲
九林——九莉的弟弟——张爱玲的弟弟张子静

翠华——九莉的继母——爱玲的继母孙用蕃
爱老三——九莉父亲的妾——张爱玲父亲的下堂妾

比比——九莉的好朋友、同学——张爱玲的朋友 炎樱

韩妈——九莉的保姆——张爱玲的保姆何干
余妈——九林的保姆——张子静的保姆张干

邵之雍——九莉的恋人——胡兰成
小康小姐——邵之雍的新欢 护士——胡兰成的小蜜 小周 护士
郁家姨太太、辛巧玉——邵之雍的新欢 ——胡兰成喜欢的女人 范秀美

汝狄——九莉后来的丈夫——张爱玲后来的丈夫 赖雅
文姬——女编辑——作家 苏青 张爱玲的朋友
汤孤鹜——老编辑——作家 周瘦鹃
荀桦——朋友——作家 柯灵
燕山——与九莉有点暧昧的人——导演桑弧


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 28日 |
どうして「很少見面」と言えるのに「很多見面」とは言えないのか?について考えてみました。
形容詞“少”は単純に“多”の反義語ではないのですね。

確かに辞書の最初の部分にはこうあります。



1.(形)(数量が)少ない←→多


しかしその後のほうにさらに

2.(形)連用修飾語〔状語〕に用い、「本来あるべき数量より少なく・・・する」という場合


日本人が惑わされるのは“很多”が「(とても)多い」なので、“很少”も単純に「(とても)少ない」と思い込んでいるせいではないでしょうか。
“很少”には「数量が少ない」という意味の他に動詞を修飾して「めったに・・・しない」の意味もあるんですね。

(3)(〔“很少”+動詞〕の形で用い)めったに(・・・しない)。
最近我很少看电影。(最近私はめったに映画を見ない)

(白水社中国語辞典)


それにしてもこの説明どっかで読んだわ~と思ったら


更上一層楼

“很多、不少”は名詞に直接結ぶが、“不多”は名詞に直接結ぶことがない。、“很少”が名詞を修飾する場合は、、“很少人知道”(わずかな人が知っている←知っている人は少ない)のように、ふつう主語の位置で修飾語に使われ、ד我有很少朋友”のような用法はない。また、“很少”は連用修飾語〔状語〕として“很少去”(めったに行かない)や“很少説話”(ほとんど話をしない)などのように動詞を修飾することができるが、“很多、不少”は動詞を修飾できない。

163 数量形容詞 p241
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店



形容詞が動詞や名詞と直接結べるかどうかは、それぞれの形容詞の用法に依るようです。
これを一つづつ覚えるのが大変なのよ~~(いつものグチ)


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 26日 |
去年の12月くらいから見てるわけですが、八ヶ月かかって、まだ7話目です。見終わるまでに何年かかるのでしょう。


陳文海が死んだ後、108牢房のルームメイトになったのは馮進軍(劉向京)。徐行良(沙溢)が送り込んできたスパイです。刑務所内では便利屋のようなことをして国民党の信頼を得ているようです。
しかしそれは国民党を油断させるためで、実はゴンチャン党の地下党員なのだ!というのは抗リー劇を見慣れたみなさんなら聞かなくても推測できますね。

張海峰(于和偉)は理由は忘れたけど手錠で拘束されていて、どうしても縄抜けをしなければならない状態に陥ります。
なぜか鉄格子をつかんででんぐり返しで手錠をはずす張海峰。スパイダーマン?

そこへ馮進軍が偶然入ってきて、張海峰と戦うのです。しかし首筋の傷を見て(なぜいつもそんな微妙な位置に目印があるのか)味方と気づく張海峰。
それで暗号を使って確認するんですけど、暗号が漢詩なの。よくこんなの覚えてたな。



ここからぐるっと回転して頭を下にして手錠をはずします ♪ちゃららららら~(BGMオリーブの首飾り)



馮進軍(劉向京)は軽そうに見えるがたぶん凄腕なのでしょう



覚えにくそうな漢詩だった



自己紹介タイムそして固い握手
「マイネームイズ独立級特別工作員張海峰、コードネーム“青盲”です。」




上一集
《青盲》 第5~6集

下一集
敬請期待

百度百科の丸写し 青盲

第7集
  陈文海死后,敌人并没有放弃对张海峰的调查。很快,徐行良又将一名犯人冯进军送到108牢房。冯进军也是地下党,几年前被抓入白山馆。在白山馆里,冯进军对敌人非常“配合”,经常向敌人报告一些情况,敌人对他还比较信任,于是就派冯进军去108,继续监视张海峰。
  而此时张海峰不顾风险,决定首先要找到小猫。此外还要利用白山馆的军医,打通最后越狱的逃生通路。而这个军医就是十年前的被自己抛弃的未婚妻王玲雨。张海峰开始用各种方法接近并试探着王玲雨……
  一天早晨,张海峰被押到审讯楼进行例行审。张海峰终于等到了一个绝好的机会,利用看守外出抽烟的时间,打开手铐,撬开牢房值班室的文件柜,找出犯人花名册,开始查找小猫关押的具体位置。正在这时,看守提前回来,眼看张海峰就要被敌人发现。危险的时刻,一个人救了张海峰,这个人就是张海峰的新同屋——犯人冯进军。通过暗语,张海峰确认了冯进军的身份。原来冯进军就是地下党多年之前派遣打入白山馆侦查的同志。然而冯进军进入白山馆后,一直杳无音讯。但是“王老板”对张海峰说过:在白山馆里,只有一名同志可以完全信任,就是冯进军。
  得到小猫同志的确切关押地点,二人回到牢房,张海峰和冯进军的手紧紧握在一起,张海峰终于在白山馆里找到了一名可以帮助自己的可靠同志,而且更加幸运的是,这名同志还和自己关在一间牢房里。

第8集
  张海峰向冯进军短暂自我介绍一番后,对冯进军讲述了自己的任务和整个计划,并让冯进军帮助自己一起寻找并营救小猫!
  冯进军向张海峰详细讲述了自己掌握的白山馆情报,包括看守情况,巡视规律等,二人开始谋划展开行动。
  张海峰告诉冯进军,白山馆的军医是自己行动中最重要的一环,自己必须利用军医,进入医务室,然后进入办公区域的地下结构,打开发电机房的最终逃生通路。现在,既然这个军医恰巧是王玲雨,自己准备去接近王玲雨,利用王玲雨对自己尚存的感情,为自己下一步的行动做准备。
  张海峰利用放风的时间试探王玲雨,试图聊起两人曾经的情感,打动王玲雨。不想,王玲雨直接拉来徐行良,并且告诉张海峰,徐行良是自己的未婚夫,自己马上就要和徐行良结婚了,张海峰愣住。
  王玲雨的话让徐行良也暗中吃了一惊,徐行良知道,王玲雨只是感激自己,并不爱自己,她这么说,一定是想刺激张海峰,王玲雨一定是心中有起了波澜。徐行良暗中决定,必须要加紧时间除掉张海峰。
  很快,徐行良在陈文海尸体上发现了一道奇怪的伤痕,徐行良立刻前去检查,果真看到陈文海手上有一道新伤,徐行良立刻回想起,陈文海死前,手上一定握着什么重要的东西,而且很可能与张海峰有关,徐行良决定追查这条线索,并且让王玲雨负责根据伤痕推断出陈文海死前手上握的到底是什么。
  张海峰紧锣密鼓展开营救行动的同时,小猫同志的生命也即将走到尽头。
  “小猫”刘明义在离开延安前往重庆之前,曾经跟上级首长约定:一旦自己被捕,他只能给重庆地下党20天的时间展开营救,一旦过了20天,小猫就会以自杀的方式结束自己的生命,从而保护自己所掌握的秘密情报。
  由于“小猫”刘明义被关押在预审楼地下室里,很难取得联系。危机关头,冯进军找到自己秘密发展的下线同志小耗子,让小耗子利用扫地的机会,秘密潜入审讯楼地下牢房,给小猫传递暗语,争取与小猫同志取得联系。



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 25日 |
このエピソード、《小團圓》では老女中の回想として使われてました(父の第N夫人とかだったかも)。

レネ・リウの《原來你也在這裡》って曲はこの散文が下敷きになってたんですね。
(電視劇《她從海上來-張愛玲傳奇》主題曲)


■村庄(村莊)cūnzhuāng 农民聚居的地区
■扶 fú 用手按着或把持着
■衫子 shān zǐ 为上衣的通称。
■亲眷(親眷) qīnjuàn 俗称亲戚;与其有血缘或姻缘关系的人;尤指有血缘关系的人
■拐guǎi 骗:~骗。~卖。
■惊险(驚險) jīngxiǎn 危险,使人惊讶紧张
■风波(風波)fēngbō 风和波浪。比喻生活或命运中所遭遇的不幸或盛衰变迁



《爱》

这是真的。
有个村庄的小康之家的女孩子,生的美,有许多人来做媒,但都没有说成。那年她不过十五六岁吧,是春天的晚上,她立在后门口,手扶着桃树。她记得她穿的是一件月白色的衫子,对门住的年轻人,同她见过面,可是从来没有打过招呼的。他走了过来,离的不远,站定了,轻轻地说了一声:“噢,你也在这里吗。”她没有说什么,他也没有再说什么,站了一会,各自走开了。
就这样就完了。
后来这女人被亲眷拐了,卖到他乡外县去作妾,又几次三番地被转卖,经过无数的惊险的风波,老了的时候她还记得从前的那一回事,常常说起,在那春天的晚上,在后门口的桃树下,那年轻人。
于千万人之中遇见你所遇见的人,于千万年之中,时间的无涯的荒野里,没有早一步,也没有晚一步,刚巧赶上了,那也没有别的话可说,唯有轻轻地问一声:“噢,你也在这里吗?”




劉若英-原來你也在這裡


劉若英(Rene)

原來你也在這裡

作詞:姚謙 
作曲:中島美雪 
編曲:屠穎

請允許我塵埃落定 用沉默埋葬了過去
滿身風雨我從海上來 才隱居在這沙漠裡

該隱瞞的事總清晰 千言萬語只能無語
愛是天時地利的迷信 喔 原來你也在這裡

啊 那一個人 是不是只存在夢境裡
為什麼我用盡全身力氣 卻換來半生回憶

若不是你渴望眼睛 若不是我救贖心情
在千山萬水人海相遇 喔 原來你也在這裡


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 23日 |
中国語は主語+動詞+目的語のはずなのにどうして

◯早上五点起床
×早上起床五点

なのか?とちょっと悩んでました。

「中国語わかる文法」 をひもといてみると


名詞のうち“現在、一月、星期三”など、「時点」(時間の流れの、ある一点)を表す語を時間名詞という。ふつう“这个时候、那个时候”に置き換えられ、介詞や動詞の“在・・・”(・・・に)、“到・・・”(・・・に;・・・まで)や動詞“等到・・・”(・・・してから)などの賓語になれる。
一般名詞と異なり、連用修飾語〔状語〕や述語として用いる例もあることから、時間詞の名で別個の品詞とする考え方もある。
(略)

(4)我们五点钟下班。
(私たちは5時に仕事を終える)

(4)は時間名詞が一般名詞と異なり、連用修飾語〔状語〕に用いられ、動詞連語“下班”を修飾する。

117 時間名詞(時間詞) p158
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店



そーか、「五点起床」の“五点”は賓語ではなくて状語だったんですね。
(いまごろこんなこと言ってて本当に大丈夫かな)

さらに輿水先生には私の心が読めるのだろうか・・・と思うことが書いてありました。(下線ブログ主)


更上一層楼

時間名詞には、時間を表す語のすべてが含まれるわけではない。“一个月”、“三天”のように、時間量を表す語句は数量連語である。また、例えば“刚才”と“已经”はともに動詞に対する連用修飾語〔状語〕として用いられるが、前者は連体修飾語〔定語〕、主語、賓語などにも用いるので時間名詞、後者は連用修飾語〔状語〕として用いるだけなので副詞、というように、その語の表す意味ではなく、その働き(用法)から品詞が分類される



ずっとどうして“刚”は副詞なのに“刚才”だけは名詞なんだろうと疑問でした。“刚才”は定語、主語、賓語にも使えるから名詞なんですね。
(いまごろこんなこと言ってて本当に大丈夫かな)

“刚才”が名詞とはっきり分かる例を「中国語文法用例辞典」で探すと


现在比刚才舒服些了。
×现在比舒服些了。

他把刚才的事忘了。
×他把的事忘了。

刚才的消息可靠吗?
×的消息可靠吗?

やっとちょっと品詞が分かってきました(遅)


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 22日 |


十年後的台灣
作者:楊照/著
出版社:印刻
出版日期:2005年06月22日
語言:繁體中文 ISBN:9867420667




2005年に出版され、台湾でベストセラーになった本。
冒頭に2015年(10年後の台湾)の未来予想図が描かれています。

経済はずっとマイナス成長、先見の明がある市民はどんどん台湾を捨てて移民してしまい、二大政党は選挙で勝つことしか考えておらず、対立が行きすぎて暴動が起き、株価は暴落、アメリカには見捨てられ、大国になった中国はもう統一にも分裂にも興味がなく、世界から忘れられる台湾・・・

こんな風にならないために、10年後を見据えて今から改革を始めよう!という本なのですが、なんだか他人ごとと思えないですね。

「內容簡介」にあるように

書中強調台灣最大的危機不在於中共武力犯台,而在於快速地從全球化世界體系中被邊緣化。為擋住將台灣封閉起來的趨勢,努力將台灣拉在世界網絡之內,不要向邊緣孤立情境流離出去,應當保存台灣好不容易擁有的多元異質性,拒絕一元同質的壓迫性力量。


台湾の最大の危機は世界から孤立することだと繰り返し強調されています。
台湾の現況と歴史を丁寧に解説しているので、外国人が読んでも台湾のことがよく分かる本です。



youtubeに「楊照跟蠹魚頭談杉浦日向子」という動画がありました。



いつもありがとうございます

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2012年 07月 19日 |



《成為「日本人」:殖民地台灣與認同政治》
Becoming “Japanese”: Colonial Taiwan and the Politics of Identity Formation
作者:荊子馨
譯者:鄭力軒
出版社:麥田
出版日期:2006年01月16日
語言:繁體中文 ISBN:986173032X
裝訂:平裝



もともとカリフォルニア大学から英語で出版された本を台湾で翻訳出版したもののようです。
Becoming Japanese: Colonial Taiwan and the Politics of Identity Formation(Ching, Leo T. S./Univ of California Pr)

「中国・台湾・香港映画の中の日本」を読んだとき、そういえば似たようなテーマの本を持ってたような・・・と思い出して積ん読の山から引っ張り出してきました。

私だけじゃないと思うのですが、日本の脱植民地化について今まで考えたことなくないですか?
学校で習ったかどうかも忘れましたが、第二次大戦の終わり方というのは日本が負けて、アメリカが来て、大陸とかにいた人たちが引き上げてきて、焼け跡から復興したことしか知らないような・・・
この本に書いてある、たとえば下の文章を読んで植民地政策の事後処理なんて全然考えたこともなかった自分がショックでした。


日本不像英國與法國,它不必去考量自身在去殖民化過程的角色,日本內部並未就其屬地的命運展開辯論;就像戰敗這件事也從未引起論辯一樣。日本帝國就這樣無聲無息的消失了。結果是,去殖民化從來不曾成為國內議題;它是其他國家的問題。「到底什麼構成了日本帝國的去殖民化了?」這個問題正是戰後的日本知識界與大眾論述中同時遭到剝除的課題。因此,日本免除了(或是很方便地逃脫了)任何有關其戰爭責任以及整體殖民責任的討論與論辯。

《成為日本人》p.61



学術書のため中国語能力では歯が立たないところも多かった。ぜひ日本語訳を出してほしい作品です。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 18日 |
“凄凉(淒涼)qī liáng”という単語はよく出てくるのですが、「物凄い」や「凄まじい」や「荒涼」といった日本語が連想されて、とてつもなく荒れ果てた様子を思い浮かべてしまいます。
でも実際には「うら寂しい」くらいの意味なんですよね。漢字の見た目と意味が結びつきにくい単語です。


■喇叭 lǎba 一种木管乐器,上细下粗,最下端的口部向四周扩张,唢呐的俗称
■熟悉 shúxī 了解得清楚,清楚地知道
■调子 diàozi 音调,曲调
■音阶(音階) yīnjiē 分出高低的一系列乐调,按指定的音程图式升降音高,并按在八音音阶中的音调数而有不同的音高排列和音程大小
■缓缓(緩緩)huǎn huǎn 犹徐徐。缓慢貌。
■鼎沸dǐngfèi 比喻吵闹、乱糟糟的样子。有如锅里的水开了一样
■留心liúxīn 小心;注意
■凄凉(淒涼)qī liáng 孤寂冷落 
■响亮(響亮)xiǎngliàng 声音宏大高亢 
■口哨 kǒu shào 撮唇,中间留一小孔或将手指插口内,使气流涌出而形成的象吹哨子的声音。
■信手 xìnshǒu 随手
■拾 shí 捡,从地上拿起
■奔 bēn 急走,跑:~跑。~驰。
■公寓 gōngyù由居住单元组成的楼房,一般在四层以上、每层分隔成数家,各家房间格局大致相同



《夜营的喇叭》

晚上十点钟,我在灯下看书,离家不远的军营里的喇叭吹起了熟悉的调子。几个简单的音阶,缓缓的上去又下来,在这鼎沸的大城市里难得有这样的简单的心。
我说:“又吹喇叭了。姑姑可听见?”我姑姑说:“没留心。”
我怕听每天晚上的喇叭,因为只有我一个人听见。
我说:“啊,又吹起来了。”可是这一次不知为什么,声音极低,绝细的一丝,几次断了又连上。这一次我也不问我姑姑听得见听不见了。我疑心根本没有什么喇叭,只是我自己听觉上的回忆罢了。于凄凉之外还感到恐惧。
可是这时候,外面有人响亮地吹起口哨,信手拾起了喇叭的调子。我突然站起身,充满喜悦与同情,奔到窗口去,但也并不想知道那是谁,是公寓楼上或是楼下的住客,还是街上过路的。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 17日 |
「中国・台湾・香港映画の中の日本」
林 ひふみ (明治大学出版会 (2012/04))

明治大学のサイトより

陳凱歌、張芸謀、侯孝賢、楊徳昌、王家衛‥…。中国、台湾、香港出身で、20世紀末の国際映画祭を席巻した監督たちは、いずれも戦後生まれながら、例外なく日中戦争のトラウマを作品に映し出していた。
そして21世紀。中国の馮小剛、台湾の魏徳聖が生み出した記録的大ヒット作のクライマックスシーンで日本語の歌が流れ、観客の心を癒した。 日本と中国語圏の近現代史を映画によって読み直す。


力作です。
いままで中国・台湾・香港映画を見ててよく理解できなかったことがかなりスッキリしました。

どの章もとても良かったのですが、特に「狙った恋の落とし方。」と「海角七号-君想う、国境の南」についての解説が本当に目からウロコでした。同じ映画を見ても日本人には見えてない部分があるんですね。

「狙った恋の落とし方。」の熊の場面と知床旅情の場面は冗長だし不要なんじゃないの?と思ってました。
中国人にとってはあの場面に重要な意味があったとは全然気づいていませんでした。

「海角七号-君想う、国境の南」も私はとても面白い映画だと思ったのですが、他の(複数の)日本人から「良い映画だけどどうして台湾で大ヒットしたのか分からない」と言われて、そう言われればそこまで大ヒットするような内容でもないような・・・と答えられずにいました。
この本を読んで、自分なりに考えるヒントを得た気がします。そうかそういうことだったのか!とヒザを叩きました。


中国・台湾・香港映画に興味のある方、とくに抗日映画を見てしまってモヤモヤしたものを感じている方にはオススメです。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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