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2010年 01月 31日 |
「蒼穹の昴」のドラマを見てたら、乾隆爺の幽霊が出てきました。
ひょっとして鉄林だったりして・・・とすごく期待してしまった(違いました)。


清朝ドラマといえば桐灰のキンキラキンよりさらにきらびやかな衣装。
最初は「げ」と思いますが、だんだんこの配色がクールなような錯覚に陥ります。

それでも今までは比較的冷静に鑑賞してたわけですが、自分を見失いそうになったのは皇上の衣装のせいです。


以下、オヤジの派手な写真の連続です。会社で見てる方はご注意ください。






ふだんはこんな衣装の皇上。「蒼穹の昴」にもでてきますね。

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ちなみに臣下はこんなの。とっても普通のよく見る清朝の衣装です。

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しかし!!
真冬は毛皮(クロテンでしょうか)をあしらってオシャレなの!!(襟のふちや打ち合わせ部分に注目)
ぬっくぬく~

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皇上のリラックスウェア。もっこもこ~
(鉄林のこの顔、米倉涼子に似てませんか→ファンの人ごめん)

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臣下も毛皮のライナーがついてます。あったかそう~

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この青系の配色もいいのよね~(これはお忍び用なので地味目)

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この茶系のもカワイイの(これは旅行用)

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一見地味だけど地紋がすごくハデなのも好き。袖の毛皮がお洒落。
(ファーは使いまわしでは?という気もしてきた)。

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裁判の傍聴なので、ちょっと高貴にドラゴン柄で決めてみた皇上。威~武~
微服中なのでシックな色あい。

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首まで毛皮に埋もれてるので、すごく喋りにくそうな皇上。
皇上の冬服シリーズがあまりにキュートなせいで、自分を見失っています。ほとんど鉄林のコスプレ大会です。1話で2回くらいは着替えてるような・・・


辮髪の絵が一枚もなかった。だって帽子の毛皮あしらってあるところがカワイくて。ポコペンな感じ(意味不明)

日本人だと帽子をかぶるときは両手でふちを捧げ持ってかぶる気がするのですが、この人たちてっぺんを持って頭にポンって載せるんですよねーそれもキュート(無薬可教)





どーゆードラマかというとこのオープニングのまんまのドラマです。
鉄林のクレジットだけ「英国籍」って書いてあって大笑い。(鉄林はイギリス人なんです。万歳爺なのに女王陛下の臣民なのね)
ミリアムの「中国香港」っていうのも笑えます。


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2010年 01月 28日 |
だいぶ前に途中まで書いて忘れてたネタを掘り出してきました。


全訳ではなく精選ですが、「よりぬき世説新語さん」なので面白い話が多く、訳も読みやすい。
このシリーズは白文と現代語訳が両方掲載されてるところがいいですね。語釈も親切です。
訳語に「パンツ」とか「パンチ」とかあってなごみます。


「世説新語」で三国・魏晋関連はたいがい読んでるつもりだったのですが、こんなのがありました。



劉令言(劉納)は洛陽に入った当初、名士たちに会い、ため息まじりに言った。「(略)張茂先(張華)はわたしには理解しきれぬ人(略)。」

「品藻 第九」
『中国古典小説選3 世説新語―六朝2』 竹田 晃 (著), 黒田 真美子 (編集) (明治書院)


やっぱり張華さんは同時代人には理解されない人だったのですね・・・私にも理解できん。
でも司空になってるので妖怪退治と美食解明だけでなく、ちゃんと三公の職務も果たしていたのでしょう。




品藻第九
8.
劉令言始入洛,見諸名士而歎曰:「王夷甫太解明,樂彥輔我所敬,張茂先我所不解,周弘武巧於用短,杜方叔拙於用長。」






張華さんといえば「古今圖書集成」で検索してたらこんなのが


【方輿彙編山川典 /遼河部/彙考】

◇卷號→ 山川典 第 200 卷
《博物志》曰:魏武於馬上逢獅子,使格之,殺傷甚眾。王乃統率常從健兒數百人,擊之。
獅子哮呼奮越,左右咸驚。王忽見一物從林中出,如貍,超上王車軛上。獅子將至,此獸便跳上獅子頭上,獅子即伏不敢起。於是遂殺之。得獅子而還,未至洛陽四十里,洛陽雞狗皆無鳴吠者也。



なんかどっかの川の説明に引いてあるみたいなんですけど(私に古典の解読は無理なの)、何ですかねこれ。こんなの書き留めておくなんて張華さんってホントにヘンな人だなあ

もしや話題の「華南虎」もとい「格虎」!?と思ったらライオンの話題だった。

わたし流解釈

魏武が馬で行軍してたらライオンに会いました。マッチョマン数百人を投入しましたが強敵です。
すると突然ブッシュの中から(どこ?アフリカ?)タヌキが飛び出してきてライオンをやっつけてくれました。

このタヌキはもしや「白いすべすべ動物」ではないでしょうか、どういう理由でか(なでてもらったからか?)恩返しに来たのでは?
ライオンは持って帰ったんですね、でもタヌキがどうなったのか書いてない。


あ、なんだライオンと怪物の話は水經注なのか(ってこの本持ってるんですけど私・・・)

遼水のあたりみたいです。
維基文庫,自由的圖書館
http://zh.wikisource.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B6%93%E6%B3%A8/14

水經注/14
《魏書·國誌》曰:遼西單於蹋頓尤強,為袁氏所厚,故袁尚歸之,數入為害。公出盧龍,塹山堙穀五百餘裏。未至柳城二百裏,尚與蹋頓將數萬騎逆戰。公登白狼山,望柳城,卒與虜遇,乘其不整,縱兵擊之,虜眾大崩,斬蹋頓,胡漢降者二十萬口。《英雄記》曰:曹操於是擊馬鞍於馬上作十片,即於此也。《博物誌》曰:魏武於馬上逢獅子,使格之,殺傷甚眾。王乃自率常從健兒數百人擊之。獅子吼呼奮越,左右鹹驚。王忽見一物,從林中出,如貍,超上王車軛上。獅子將至,此獸便跳上獅子頭上,獅子即伏不敢起,於是遂殺之,得獅子而還。未至洛陽四十裏,洛中雞狗皆無鳴吠者也。其水又東北入廣成縣,東注白狼水。白狼水北逕白狼縣故城東,王莽更名伏狄。白狼水又東,方城川水注之。水發源西南山下,東流北屈,逕一故城西,世謂之雀目城。東屈逕方城北,東入白狼水。白狼水又東北,逕昌黎縣故城西。



前回エントリー
「中国古典小説選2」 グルメな呉の人たち


関係ありそうなエントリー

「中国古典小説選2 捜神記・幽明録・異苑他<六朝 I > 」
〔世説新語〕全家福
楊橋 - 曹操が楊修を殺した場所
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2010年 01月 24日 |
紀暁嵐って確か著作があったはず・・・と探してみるとありました「閱微草堂筆記」
見たことあるタイトルだと思ったら明治書院の「中国古典小説選」シリーズに入ってました。志怪小説なんですね!

紀昀(字・暁嵐)は存在しないお兄ちゃんたちと遊んだり、実家に狐の精が住み込みだったりとオカルトな少年時代を送ったそうです。そのせいで志怪の道に進んだのでしょうか。
ドラマの「鉄歯銅牙紀暁嵐」からはぜんぜん想像もつきません。だいたい清代にもなって文言文で志怪小説ってアナクロなお方。せめて白話で書けばいいのに。


志怪といっても魏晋のころほどオチも教訓もなく唐突に終わったりはせず一応ちゃんと作者のお言葉とかで〆てます。でもやっぱり志怪小説ですから、そこはアレな感じね。


私が気になったのはこの話。

献県は漢代のお墓があるので有名だったそうです。で、ある農夫がうっかりお墓の一つを壊してしまった。
すると幽霊にとりつかれちゃったので、陳瑞庵って人が幽霊に「お前は誰か」と聞きます。幽霊は「漢代の幽霊だよメイド・イン・献県だよ、決まってんだろ!」陳さんが「漢代には献県という地名はまだなかった」と指摘すると幽霊は黙ってしまった。

翻訳では

恐らく漢代の墓という言い伝えを、亡霊もつねづね聞いていて、それでそれにかこつけてたかってきたのだろう。しかし問い詰められるうちに自滅するとは思い及ばなかったのだろう。

「学者の幽霊退治」
中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記・子不語・続子不語―清代3
竹田晃・黒田真美子 【編】明治書院



幽霊にもニセモノがあるさすが中国。しかしこの幽霊本当は誰だったんでしょう。漢代の墓はブランド品だったので便乗してみたんでしょうか。

これとは別の話ですが「乩」という言葉が何度か出てきます。台湾にいまもタンキー(童乩)っていますね、あれと同じようなもんでしょうか。
曹操様のお墓の前で「乩」に拝んでもらったら誰の墓かすぐ分かるかも・・・とふと思った。


原文はこれですね。


閱微草堂筆記  第十四卷 槐西雜志四

第十四卷 槐西雜志四
陳瑞庵言,獻縣城外諸丘阜,相傳皆漢塚也。有耕者誤犁一塚,歸而寒熱譫語,責以觸犯。時瑞庵偶至,問:「汝何人?」曰:「漢朝人。」又問:「漢朝何處人?」曰:「我即漢朝獻縣人,故塚在此。何必問也?」又問:「此地漢即名獻縣耶?」曰:「然。」問:「此地漢為河間國,縣曰樂成。金始改獻州。明乃改獻縣。漢朝安得有此名?」鬼不語。再問之,則耕者蘇矣。蓋傳為漢塚,鬼亦習聞,故依托以求食,而不虞適以自敗也。



あとすっごいコワかったのがこれ。美男の坊ちゃんが科挙を受けるために北京郊外の寺に滞在します。なぜか毎日誰かが掃除したりお菓子を準備してくれるのです。「ここらは狐が多いらしいから、きっと美女の狐にちがいない」とこっそり覗いてみると


果たして人が現れて部屋を片付けている。よく見るとそれは長い鬚をたくわえた偉丈夫であった。恐怖して逃げ出し、翌日には居を移した。

「片思い」
中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記・子不語・続子不語―清代3
竹田晃・黒田真美子 【編】明治書院


「則修髯偉丈夫也。怖而卻走。」ってところが可笑しい。


閱微草堂筆記 第十四卷 槐西雜志四
李千之侍御言,某公子美丰姿,有衛玠璧人之目。雍正末,值秋試,於豐宜門內租僧舍過夏。以一室設榻,一室讀書。每辰興,書室几榻筆墨之類,皆拂拭無纖塵;乃至瓶插花,硯池注水,亦皆整頓如法,非粗材所辦。忽悟北地多狐女,或藉通情愫,亦未可知。於意亦良得,既而盤中稍稍置果餌,皆精品,雖不敢食,然益以美人之貽,拭目以待佳遇。一夕月明。潛至北牖外,穴紙竊窺,冀睹豔質。夜半器具有聲,果一人在室料理;諦視,則修髯偉丈夫也。怖而卻走。次日,即移寓。移時,承塵上似有歎聲。





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2010年 01月 23日 |
鉄歯銅牙紀暁嵐第4部のつづきなんですけど

陛下が娘さんが残していった詩を読んで「これは何じゃろか」とご下問になります。
紀暁嵐がすかさず「臨江仙」と答え、和珅が「臨江仙だってことは誰にでも分かる。こんな小さいことまで手柄を横取りしなくていいじゃないか!」と怒る、という場面がありました。

皇上は「おおそうか臨江仙か」とご満足のご様子。でも私は「臨江仙って何?」とポカーンとしてしまいました。

左から
乾隆帝  和珅  紀暁嵐
(質素な格好なのは召使に変装してるからです)

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乾隆帝「この詞牌は何じゃ」

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和珅「これは・・・」
紀暁嵐「臨江仙」
(セリフを奪われた和珅がものすごい顔でにらんでて笑える)




ちょっと調べてみましたよ


臨江仙
維基百科,自由的百科全書

臨江仙,詞牌名。最初是詠水仙的,調見《花間集》,以後作一般詞牌用。上下片各五句。


詞牌の名前なんですね、って詞牌って何?


詞牌
維基百科,自由的百科全書

詞牌,也稱為詞格,是填詞用的曲調名。詞最初是伴曲而唱的,曲子都有一定的旋律、節奏。這些旋律、節奏的總和就是詞調。詞與調之間,或按詞制調,或依調填詞,曲調即稱為詞牌,其通常根據詞的內容而定。宋後,詞經過不斷的發展產生變化,主要是根據曲調來填詞,詞牌與詞的內容並不相關。當詞完全脫離曲之後,詞牌便僅作為文字、音韻結構的一種定式。

一些詞牌,除了正名之外,還標有異名,或同名異調。



曲名だったんですね。同じメロディーに違う歌詞をつけたもののようです。
要は替え歌ってこと?


で「よくある詞牌」に「臨江仙60字」とありました。一定の形式で60字の詞を「臨江仙」と呼ぶのですね。
当時の人は一度聞いただけで、どの詞牌か分かったんでしょうか。


そして、有名な「臨江仙」にはこんなのが


楊慎(明朝):

滾滾長江東逝水,浪花淘盡英雄。是非成敗轉頭空。青山依舊在,幾度夕陽紅。
白髮漁樵江渚上,慣看秋月秋風。一壺濁酒喜相逢。古今多少事,都付笑談中。



なんだ「三国演義」のオープニングの詩(じゃなくて詞)が「臨江仙」なのか、あれって羅貫中のオリジナルじゃなかったんですね・・・
「念奴嬌」100字(赤壁懷古・蘇軾)も詞牌の名称だといま知りました。いやそう言えば詩(じゃなくて詞)の説明にそう書いてあったような。

毎度のことながら自分の無知と記憶力の欠如に驚かされます。


ところで(しつこく)鉄歯銅牙紀暁嵐で娘さんが残していった詞を拾ってみました。


天涯孤旅只一人
四季日夜连晨昏
秋风如霜雨似针
长夜独行久
庭院几许深
忍看邻家天伦暖
遥闻欢颜笑语声
生非命薄却如今
梦醒人不见
泪眼映孤灯



あの・・・62文字あるんですけど・・・


ネットに全文(?)が載ってました。ドラマのオリジナルなのかしら・・・でもやっぱり六十字じゃないんですけど・・・
(追記:宋詞の解説書を読むと、同じ詞牌でも字数は違うこともあると書いてありました。)


临江仙
天涯孤旅只一人
四季日夜连晨昏
秋风如霜雨似针
长夜独行久
庭院几许深
忍看邻家天伦暖
遥闻欢颜笑语声
生非命薄却如今
梦醒人不见
泪眼映孤灯
醉花阴
故道何人曾邂逅
还梦携红袖
世事剪鲛绡
更见风飘
一句衫寒透
流年泛处无交旧
花落灰心久
应待别烟萝
暗解长河
再唱抛红豆




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2010年 01月 20日 |
大人気ドラマのシリーズ4。このあいだDVD買ってきたので楽しく鑑賞してます(長いのでまだ終わってない)。

「鉄歯銅牙紀暁嵐」はあんまり日本では知られてない気がします。
オヤジばっかり出てくるし。どこが面白いのかなかなか分からないし。

私が初めて見たのはたぶん第2部のころです。すごく面白そうだけど、字幕があっても会話がちんぷんかんぷん。
しかし今回第4部を見ると、けっこう理解できるようになってました。こんな亀の歩みのような学習でもつづければいいこともあるもんだ。


外国人中国語学習者にとってヒアリングの難点がいくつかあって

・清朝の宮廷が舞台なので、皇帝や朝廷だけで使う専門用語(女房言葉みたいなの)が多くて難しい。
・登場人物はインテリが多いので、セリフも古典の引用とか文語っぽくて難しい
・北京っ子が大量に登場して、すごい勢いで北京話(べらんめえみたいなの)を喋りまくるので難しい

今から振り返ってみると、私にとっていちばん難しかったのは最後の北京話の部分かも。学校で習わない単語がぽんぽん出てくるし、北方の発音に慣れてないので聞き取れない。


でもこのへんをクリアすると(クリアするのに何年もかかってるけど)、めちゃくちゃ面白いドラマでした。


乾隆帝(張鉄林)に仕える清官・紀暁嵐(張国立)とライバルの貪官・和珅hé shēn(王剛)のバトルを楽しむドラマ。
史実やストーリーより「鉄三角」と呼ばれるタヌキ親父のドラマ仕立ての漫才を大笑いしながら鑑賞するのが目的の電視劇です。


張鉄林がとにかく私好みの顔なのですが(誰も聞いてない)、張国立の達者なセリフ回しも好きだし王剛の悪辣(文官のくせに毎回何人か殺してる)なのにお茶目で憎めないところもたまりません。

数話で1エピソードになってます。第4部でいちばん楽しかったのは、茶楼に潜入する話かしら。

鉄三角が若者の集う茶楼を探りに行くのですけど、80後や90後がうようよしてて、オヤジは入場禁止なの。やむなく使用人に変装して潜入するオヤジたち。張国立はスナック売り、王剛は茶水、張鉄林は墨をする係り(毎回必ず皇上が微服する場面があるのです。張鉄林のいろんなコスプレが見れて幸せ)。

その茶楼で、若人たちは詩を交換しあって交流するのですが、即興で対聯や詩を作れないとモテないの。みんな「平平平仄仄平平・・・」とブツブツ言ってて可笑しい。
もちろん大学士の紀暁嵐はどんな詩でもとっさに作れちゃう。このエピソードは脚本家が大変そうだな~。

皇上はちゃっかり若い娘さんたちのテーブルについて、教養のあるところを見せて大人気になったりします。娘さんたちの中に清楚な美女を見つけた陛下は、彼女に一目ぼれ。やーね、オヤジって。

でも、さいしょは軽いノリで「ぜったい彼女を後宮に入れるぞ~」とか言ってたのが、娘さんと詩をやり取りするうちに、だんだん本気になってくるところがカワイイ皇上。
娘さんに手作りの馬掛をもらって「私の母は服を手作りしてくれたことはなかった」とか同情を誘う皇上。(そりゃ皇太后は服は縫わないでしょう)オヤジ絶好調です。

中年男の打算と身勝手と純情がにじみでるようないい話でした。張鉄林のメイクの濃さにも注目です。(すごい目張りとチーク、時代劇の王道)

やはり1部から10年もたつと、皇上もずいぶんふっくらしちゃって、二重アゴに、肉襦袢かと思うような肩まわりなのですが、いいの鉄林はそれでもステキなの。
ほっそりしたうなじに垂れる辮髪も楚々とした風情がありますが、がっしり太い首に乗っかってるのも、それはそれで良いものです。





張國立与他的鐵哥們1

制作インタビューを見ると、じつは一番年下の張鉄林が他の二人にいじめられてるようです。
張鉄林が「撮影のときは薄氷を踏む思いだ」とコメントすると、張国立が「そんなことないよ、みんなリラックスして楽しく撮影してるだろ」と言い返して笑わせてくれます。

張鉄林ホントにすごい肉襦袢着てる





〈铁齿铜牙纪晓岚〉主题曲

1のオープニングかな、主題歌が渋くていいんですよね。
みなさんスリムで若い。メイクも薄い。


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2010年 01月 18日 |
陳道明主演です。
「康熙王朝」では清朝の皇帝(辮髪)を演じていたダオミンですが、このドラマで演じているのは「師爺」(辮髪)。

白水社の中国語辞典によると


師爺:
「明清時代に警察・租税・文案などをつかさどるため地方官が私的に招聘した補佐員」

紹興師爺:
「昔は師爺は紹興出身者が多かったことからこの言葉が生まれた」


日本では「紹興出身の陳道明が紹興師爺を演じている」という紹介をされてるドラマですが、百度百科を見ると

籍贯:浙江省绍兴市
出生成长地:天津

となってます。ご本人もインタビューとかで「天津で生まれ育った」と言ってるようなので、紹興は先祖の出身地ということなんでしょうね。


紹興でロケをしてるのかどうか分かりませんが、景色がきれいなドラマでした。

師爺は「東家(雇い主)」から大切にされているとはいえ、ぶっちゃけ科挙に落第したタダの人なので、プライドは高いし高給取りだけど、しょせん使用人というなかなか屈折した役どころです。

このドラマのテーマは「清官難做(清廉な官吏になるのは難しい)」「当官難、当清官更難(役人になるのは難しい、公平な役人になるのはもっと難しい)」でしょうか。
役人になるとあちこちに賄賂をばら撒いたり挨拶廻りしたりコネ作ったりで行政なんてやってるヒマないのがよく分かります。


しかし、いつ大商人になるんだろう・・・と思ったら最後までヒラの読書人だった。なんで?
あー、商人は「胡雪岩」のほうなのか。パッケージが似てるので間違って買ってしまった。ちょっと悔しい。


こんな専門用語も覚えました

下馬威風
(着任した官吏がわざと部下にきつく当たって、自分の威厳を高めようとすること)

新官上任三把火
(新しく来た役人が張り切って新しい施策を実施すること→でもすぐに既成勢力に飲み込まれちゃうの)



辮髪ネタとしては、年をとった師爺が髪が薄くなったので、帽子にニセの辮髪をつけて(「辮髪帽」とかいう名前だった)出かける場面がありました。
他人に見られるところでは、いつも威儀を正していなければいけないとかいう教訓だったかと。



しかし何だか不完全燃焼です。ちょっと地味なのよ。
宮廷のきらびやかな辮髪も見たかった・・・



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2010年 01月 17日 |
今週は「辮髪祭り」のはずだったのに「ジョニー・トー祭り」になってしまった。


「文雀」は米朝一門の話ではなく、義侠心のあるスリの一団がある女性を救うために立ち上がる話です。
スズメかと思ったら文鳥のようですね。(いま文長って変換してくれたパソコンが怖い・・・反骨・・・)


しいたげられた女性を、恋愛感情や金のためではなく、義侠心のために救う男というのはジョニー・トーの映画によくあるパターンですが、いいですね、そういうの。
そういえばラブシーンを見たことない気がするが、ストイックなところも良い。



音楽がまためちゃくちゃ良くて、2008金馬獎最佳原創電影音樂というのもうなずけます。

BGMのパーカッションが、そのまま歩行者信号のシグナルの音に変わるシーンがあって、あの信号の音、私もたぶん何百回も聞いてるのに、あれを音楽だと思ったことがなかった。頭をガーンと殴られたようなショックでした。


映像がスタイリッシュでカッコいいのに、やってることがヘンなのよ。
大勢の人が同時に同じ動作を行なう、というのもジョニー・トーの映画にはよくありますが、カッコいいけどとにかく可笑しい。

初めて「この監督ヘンだなあ・・・」と思ったのは「柔道龍虎房」のときでしたが、大量のスーツ姿の男たちがお互いに黙々と投げ飛ばしあう(柔道だから)シーンに目が点になりました。
「マッド探偵 (神探)」の7つの人格がいっせいに歩くシーンも怖いのにヘンだし、この「文雀」の全員が傘を片手にスリをし合う間違ったイギリス紳士みたいな場面も可笑しすぎ。


いままで林家棟(ラム・ガートン)が怖かった(笑)のが、この映画のおかげで怖くなくなったのも収穫。
香港映画名物「きしょくわるい女装」も久しぶりに見れたし。


ところで林熙蕾が深々とおじぎをする場面が2回ほどあります。最初は「もしかして日本女?」と思いましたが、大陸女性って設定ですよね。なぜおじぎ?
けど、何か違和感があるなーと。よく見ると足をガバっと開いて立ったままおじぎしてるんです。日本人だったら、決してこんなに足を開いておじぎはしないだろう。というかおじぎってヒザを閉じないと出来なくないですか?ヨガのポーズみたい。器用だ。



任達華"文雀"訪問 Interview with Simon Yam on Sparrow

インタビューで任達華が「もちろん脚本がないのはみんな知ってることだし」と言ってて驚きました。
最初の一週間は何の指示もなく自転車乗り回してたそうです。俳優さんってすごいお仕事。


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2010年 01月 16日 |
中国古代文学(上)は月曜日と水曜日に放送してるのですが、どうやら水曜日は再放送のようです。同じ内容を何度もやるのでヘンだと思った(早く気づけ・・・)。


けっこう以前の授業内容までさかのぼって聞けます。
建安文学はたしか10月くらいだったはず・・・と思ってサイトをみてみたら、どうやらあまりに古いファイルはダウンロードできないようです。
いま聞ける最新版は中国古代文学(上) 2009.10.19

このあたりがちょうど魏晋南北朝なので、興味のあるかたは聞いてみてください。
講師のしゃべるスピードはゆっくりなので分かりやすいと思います。中国語レベル中級の中くらいの方なら聞き取れるのでは。


3課分くらいを一度に放送してるらしく、最初は南北朝の総括、開始から45分くらいで建安詩歌の授業になります。
まず曹操の詩、次の回で曹丕・曹植です。曹操様ベタほめで楽しい。

オーソドックスに「短歌行」なのですが、いまさらですが、漢代楽府の「短歌行」って元歌残ってないんですね。(本当にいまさら・・・)残ってる最古の「短歌行」が曹操の作品ということは、曹操様が作詩しなければ「短歌行」は後世に残らなかったかも知れないのですね。
あ、でもメロディーは残ってないのか。ついでに楽譜にしておいてくれればよかったのに・・・

それと

青青子衿,悠悠我心



は、詩経から取ってるわけですが、オリジナルの「鄭風・子衿」はこのあと

縱我不往,子寧不嗣音
(たとえわたしが行かなくても、あなたはわたしを訪ねてきてね)



と続くので、ここから

「ワシは自分から探しに行かないけど、賢者は自分からワシのところへ来てくれ」
という曹公の気持ちを読み取らないといけないらしいです。これは知らなかった!
ひとりずつ探しに行く時間のない曹操様の心の叫びなのでしょう。


そして

呦呦鹿鳴  食野之苹


から後の部分は

賢才が行こうかな~でももういっぱい才人がいるから後から行ってもダメかも・・・ボクなんて要らない子かも・・・と迷ってるかも知れないが、「早く来ても遅く来ても沒關係!ちゃんと大事にするから安心しろ!」

という意味だそうです。
「早來晚來都一樣會受優待!」ってカワイイ曹操様。この老師の解釈面白い。




音声保存の方法は「極めろ!何を?中文を!」さんの「20090915 北京人民广播电台の音声を保存する」でどうぞ。





前回エントリー
中国古代文学(上)---「北京人民広播電台」
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2010年 01月 10日 |
タイトル通り唐代の人々は漢詩(というか唐詩ですか)をどんな発音で詠んでいたのか考察する本です。

中国語の音韻について、目からウロコが何枚も落ちるようなことがいっぱい書いてありました。現代中国語の学習者にも有用な本だと思います。

とにかく漢文の素養のない私、最初のほうに「江南春」の訓読が載ってるのですが、


南朝四百八十寺

って

ナンチョウシヒャクハッシンジ


って読むのですね。教えてもらわなければ「なんちょうよんひゃくはちじゅうじ」と読むところでした。

この「十」をなぜ日本語で「シン」と訓読するのかの追及がとても面白かった。べつに日本人が訛ってるとかじゃなくて、ちゃんと中国の学説にのっとって読んでるそうです。
しかし現代中国でもこの部分の「十」は普通と違う発音で読むのでしょうか・・・


こういう本は図表が理解のポイントになりますが、四声の変遷の図表がとても分かりやすい。この本のいちばんの読みどころです。

四声の研究者として陳寅恪の説が引かれてたりして、陳先生いろんな研究してるんですね。


中国語にはかつて「有声音」(日本語でいう濁音、現代の標準中国語はすべて「無声音」で「有声音」はないの)があったようなのですが、その証拠が「群」の日本語音「グン」に残ってるとか面白かった。(いまの標準中国語だと「qun」で無声音)
陳群さんの名前も有声音で発音していたのでしょうか。


最後に杜牧の「江南春」などの復元が載ってます。残念ながら発音は載ってますが音声ファイルがついてません。あとがきにユーチューブで聞けるようにしたいと書いてありましたが。待ち遠しいですね。


この本とは無関係だと思いますが、youtubeに中古漢語で唐詩を朗読してる人たちがいるのを見つけました。

私にはホーロー語に聞こえるが・・・「十」の発音とか。
「月」が「ng-」で始まっててビックリしましたが、客家とかも「ng-」なんですね・・・ちょっと方言研究にハマりそう・・・

他の人は「広東語に聞こえる(by台湾人)」とか「台湾語に聞こえる(by香港人)」とかコメントつけてる。「中国語のどっかの方言」に聞こえるってことでしょうかね。

でも最初は驚くけど、よく聞くとたしかに「將進酒」だと分かりますね。


李白 將進酒 中古漢語朗讀





もっとスゴイのは詩経の上古漢語朗読です。これは・・・イスラム語かと思った・・・

そういえば二重子音については『中国の諸言語―歴史と現況』とかにも書いてありましたが、実際に聞くと衝撃的です。

《關雎》は「レッドクリフ」で関羽が子供たちに教えてた詩ですね、映画では現代中国語でしたが。


《關雎》上古漢語朗讀




これとは別に「上古漢語歌詩経玄鳥」っていうのがアップされてて、それがどういうわけか日本語みたいに聞こえるんですよ。コメントにも日本語みたいとか韓国語みたいとかフランス語みたいって書かれてて、よく見ると作者は日本人のようです。

上古漢語でも「日本口音」って出ちゃうものなのねえ・・・とちょっとしんみりしました。


いっしょうけんめい上古漢語取得してタイムトラベルしても曹操様に「汝何有“矮國口音”邪?」とか指摘されちゃうのかしら。
(「尋秦記」の古天楽は広東語で通じてたようだが)
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2010年 01月 09日 |
易中天「品三国」のタネ本シリーズ、これでたぶん最後です。
陳寅恪とは寅年らしいめでたいお名前ですね。(無関係)

すごく面白い本のような気がするが、文章が難しくてよく分かりません。そして魏は最初のほうだけなの。もっと頭がよかったら全編まんべんなく楽しめるのになー、残念。

三国関係は


第一篇 魏晋统治者的社会阶级(附论吴、蜀)
第二篇 罢州郡武备与封建制度
第三篇 清谈误国(附“格义”)
第四篇 西晋末年的天师道活动



のあたり。


「第一篇 魏晋统治者的社会阶级」の「第一节 魏晋统治者社会阶级的区别」が興味深かった(が、難しかった)



魏晋统治者的社会阶级是不同的。不同处在于:河内司马氏为地方上的豪族,儒家的信徒:魏皇室谯县曹氏则出身于非儒家的寒族。魏、晋的兴亡递嬗,不是司马、而是儒家豪族与非儒家的寒族的胜败问题。

陈寅恪《魏晋南北朝史讲演录》
第一篇 魏晋统治者的社会阶级
第一节 魏晋统治者社会阶级的区别



(訳してみた)

魏晋の統治者は違う階級の出身だった。河内司馬氏は地方の豪族で儒家の信奉者であり、魏皇室の譙県曹氏は非儒家の寒族出身だった。魏から晋へと勢力が移ったのは、司馬氏と曹氏の勝敗の問題ではなく、儒家豪族と非儒家的寒族の勝敗の問題だった。

陳寅恪『魏晋南北朝史講演録』





節約はたんに個人的な趣味ではなく階級闘争にかかわりがあったそうです。



曹操如此厉行节俭,与他出身于寒族及当时经济的破坏虽有关系,但更重要的是要摧破豪族的奢侈之风。
儒家豪族尚奢侈,曹操尚节俭,只是曹操与儒家豪族对立的一个侧面。曹操要在汉末取刘氏皇位而代之,最为重要的是要摧破儒家豪族的精神堡垒,即汉代传统的儒家思想,然后才可以获得成功。

陈寅恪《魏晋南北朝史讲演录》



(訳してみた)

曹操がこのように節約を断行したのは、彼が寒族の出身であったことや当時の経済の悪化とも関係があるが、さらに重要な目的は豪族の奢侈の風を根絶することだった。
儒家豪族が奢侈に流れるほど、曹操は節約を進める、これは曹操と儒家豪族の対立の一面にすぎない。漢末期、曹操が劉氏に代わって帝位につくために豪族の精神的基盤、つまり漢代の伝統的な儒家思想を破壊することがもっとも重要だった。そうしてはじめて成功を収めることができるのだ。

陳寅恪『魏晋南北朝史講演録』



郭嘉が気に入られてたのは才能だけじゃなくって、寒族(私の脳内設定ではGJは寒族出身で荀彧との交際を反対されている、本当に寒族だったかどうかは知りません)だったからなんでしょうか。

郭嘉を後継者にしたいというのも、儒家の名門は信頼できないので寒族(本当に寒族だったかどうかは知りません)に跡を継がせたいってことだったんでしょうか。




曹操为一代之枭杰,他不仅得到了众多有才能的寒族人物的支持,而且得到了部分有才能的豪族士大夫的支持,如荀彧、荀攸。(略)
荀彧认为袁绍不能有所作为,遂舍袁从曹。他还为曹操引进了不少士大夫阶级的人物。然而,作为一个阶级来说,儒家豪族是与寒族出身的曹氏对立的。官渡一战,曹氏胜,袁氏败,儒家豪族阶级不得不暂时隐忍屈辱。但乘机恢复的想法,未尝一刻抛弃。曹操死后,他们找到了司马懿,支持司马懿向曹氏展开了夺权斗争。袁绍是有后继人的,他的继承人就是司马懿。袁绍的失败只表明儒家豪族暂时受到了挫折。后来,他们通过司马懿父子之手,终于把政权夺回到了自己的手上。

陈寅恪《魏晋南北朝史讲演录》


(訳してみた)

一代の梟雄曹操は、多くの才能ある寒族たちの支持を得ただけでなく、一部の才能ある豪族士大夫の支持も得た。荀彧、荀攸などである。(略)
荀彧は袁紹は成功しないと考え、袁紹を捨てて曹操についた。彼はまた曹操のために多くの士大夫階級の人物を引き入れた。しかし階級として見れば、儒家豪族は寒族出身の曹氏と対立していたのだ。官渡の戦いで曹氏が勝ち、袁氏が負けたため、儒家豪族階級はしばらく屈辱を耐え忍ばなければならなかった。だが機に乗じて盛り返そうという考えを捨てたことはなかった。曹操が死んだあと、彼らは司馬懿を見つけ出し、司馬懿を支持して曹氏との政権闘争を繰り広げた。袁紹には後継者がいたのだ、司馬懿こそ彼の跡継ぎだ。袁紹が失敗しても儒家豪族は一時的に挫折しただけにすぎない。彼らは司馬懿父子を通じてついに政権を自分たちの手に取り戻したのだ。

陳寅恪『魏晋南北朝史講演録』



袁紹の後継者が司馬懿だったというところに「おお!」と思いました。

荀君は儒家豪族階級の裏切り者だったのですね・・・
しかし荀彧の六男・荀顗についてはこう書かれています。



西晋有三大孝:王祥、何曾、荀顗。《三国志・魏志》四《陈留王奂传》云:

三月丁丑,以司空王祥为太尉,征北将军何曾为司徒,尚书左仆射荀顗为司空。己卯,进晋公爵为王,封十郡,并前二十。

这三大孝同日被拜为三公,位望之隆,仅次于晋王司马昭。他们都出身于儒家豪族,都崇奉儒家名教,都是司马氏的党与,与司马氏一起组成西晋的统治集团。

陈寅恪《魏晋南北朝史讲演录》


(訳してみた)

西晋には三大孝子がいた。王祥、何曾、荀顗である。『三国志・魏志』四『陳留王奐伝』に曰く

三月丁丑,以司空王祥為太尉,征北將軍何曾為司徒,尚書左僕射荀顗為司空。己卯,進晉公爵為王,封十郡,並前二十。

これらの三大孝子は同じ日に三公を拝し、晋王・司馬昭につぐ高位に上った。彼らはいずれも儒家豪族で儒家の道徳を信奉していた。司馬氏の一味であり、司馬氏と徒党を組んで西晋の統治集団となったのだ。

陳寅恪『魏晋南北朝史講演録』



荀家は曹操についてたあいだは儒教をガマンしてたけど、けっきょく同類の司馬氏と組むほうが上手くいったんですかねー。どっちにしてもうまいことやった一族。

この本は一貫して「階級」について書かれてて面白い。
西晋で拝金主義が横行して銭のことを「孔方兄」と呼んで親しんだとか勉強になる。
(穴あき銭を「四角い(方)穴のある(孔)アニキ」と呼んでたんでしょうね)


タネ本シリーズファイナルかと思ったら、まだ田余慶が残ってました。でもamazonで《东晋门阀政治》も《秦汉魏晋史探微》も品切れで残念。


易中天「品三国」のタネ本シリーズ

呂思勉《三国史話--跟大師学国学》
《曹操伝》 張作耀 ① 謝襲費亭侯表
周澤雄 《三国(現代版)》



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