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2009年 02月 28日 |
パリ講和会議で中国(中華民国)代表がいかに健闘し、不当な条約調印を果敢に拒絶したかを描く映画、のようです。

字幕がないのでよく分からなかったの。
(英語とフランス語の場面には中文字幕があるのですが、中国語には字幕がついてない)


主演の陳道明は顧維鈞という人物の役らしく、英語もフランス語もペラペラという設定なのですが、なぜか講和会議の席では中国語で立て板に水のごとく演説するのです。
(映画を見ている中国人観客に向けて演説してるのだから当たり前ですが)


この場面でイギリス代表(ロイド・ジョージかな?)が同僚に「blablabla~」と言うのですが、「彼は何と素晴らしい諸葛亮だろう」というような中文字幕がついてました。
当然イギリス人は“諸葛亮”という固有名詞は使ってないのですが、「演説の上手い奴だ!」を中国語にすると「諸葛亮」になるのかな~と。
たしかに「舌戦群儒」の場面みたいではありました。


オールバックに西装でビシっと決めた陳道明はカッコイイのですが、いかにも「党と政府の指導のもと作っています」という感じの映画だったので、日本人が見て楽しめるものではないような。


そういえば日本人(西園寺公望と牧野伸顕)役は珍しく日本人が演じてました。わりとまともな扱いでした。
(“ミシミシ、バガヤロ”レベルではなかった)
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2009年 02月 27日 |
中国語って勉強すればするほど知らないことが増えて、もうどうしていいか分からん!と思うときがありませんか。

レベルが上がってくると、読むものにも文語や古典の引用・もじりが多くなって、でも辞書引いてもよく理解できないし、駅前の中国語教室ではそこまで教えてくれないし、「百度知道」や「雅虎知識」に書いてることもあまり信用できないし。どうやって勉強したらいいのやら。

なにしろ1977年出版の本なので、今では状況はきっと変わってると思うのですが、著者の牛島先生の悩みが他人事と思えません。


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2009年 02月 17日 |
続きです。

古代中国語の説明もあるのですが、短い。
あんまり資料がないんでしょうか。


古代中国語はどのような音だったのだろうか。今も、多くのことが推測の域にとどまっている。(略)
しかし古代中国語には同じような情報がないので、その言語が一体声調を持っていたのかどうかということすら分からない。実際に、声調はなかったと主張している言語学者もいる。もし、彼らが正しいなら、中国語の声調は、音節末の何等かの子音の区別が失われたときに一種の言語的代償として、ずっと後になってから発達したことになる。(略)



kl-とかdr-という二重子音があったとか、接尾子音に-sやr-rや-gがあったとか、母音が四つしかなかったとかいろいろな説があるそうです。


声調がなくて母音が少なくて、子音で終わる古代の中国語ってどんなだったんでしょうね~。
そんなに音が変わっても同じ漢字を使いつづけるってなんだかすごい。


前回エントリー
『中国の諸言語―歴史と現況』  ウナギ文
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2009年 02月 14日 |
『中国の諸言語―歴史と現況』(S.R. ラムゼイ 大修館書店)を読みました。
タイトルがそっけないので損してる気がする。

1987年にアメリカで出版された本の日本語訳なのでその後変化している部分もありますが(普通話の普及状況とか)、漢語だけでなく少数民族言語まで網羅してあるのがすごいし、内容が平易で面白い。

中国に標準語が生まれるところから始まるのですが、言語学的な観点からでなく、政治的なかけひきで「普通話」や簡体字やピンインが決定されるところが興味深い。
あやうく上海話が「普通話」になりかけるくだりとかハラハラします。

標準語の省略法についての解説にこんな一文が。


東アジアの言語のもうひとつの特徴は、省略法の広範な使用である。(略)もしウェイターが何種類かのデザートをテーブルに運んでくれば、wŏshì bīngqílín 我是冰淇淋という客もいるだろう。それは文字通りには“I'm ice cream”という意味だが、この言葉が意味するのはもちろん“(What) I(orderd)was ice cream”ということである。
『中国の諸言語―歴史と現況』 S.R. ラムゼイ 大修館書店



やはり中国語にもウナギ文があるのですね。
アメリカ人に観察・記録されてるというのが面白い。


中国語の教科書ではないので、けっこう「ぶっちゃけ」なことが書いてある。そり舌音について


北京の発音の優美な特徴は捲舌音である。(略)首都以外に暮らす大多数の中国人は、普通話を話すときにこの発音を正確にはできず、多くの人はそれを模倣する試みさえしない。(略)捲舌音の区別は公式的には標準語の一部と考えられてはいるが、実際には普通話を話す人々のほとんどは、それを身につけずに何とかうまくやっているのである。



軽声について


標準語を話す南方人は、北京語の発音のうちこの部分をマスターするのに大変な苦労をする。というのは、南方方言のほとんどには無声調の音節がなく、その結果南方人には標準語の声調をあまりにもはっきりと発音しすぎるという傾向があるからである。



国民のかなりの割合が発音できない音が標準語に定められてるって、よく考えるとすごいですね。でも発音できなくても上手くやっていけるというところが、下有対策だと思った。
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