カテゴリ:■中国語学習■( 77 )
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2010年 01月 16日 |
中国古代文学(上)は月曜日と水曜日に放送してるのですが、どうやら水曜日は再放送のようです。同じ内容を何度もやるのでヘンだと思った(早く気づけ・・・)。


けっこう以前の授業内容までさかのぼって聞けます。
建安文学はたしか10月くらいだったはず・・・と思ってサイトをみてみたら、どうやらあまりに古いファイルはダウンロードできないようです。
いま聞ける最新版は中国古代文学(上) 2009.10.19

このあたりがちょうど魏晋南北朝なので、興味のあるかたは聞いてみてください。
講師のしゃべるスピードはゆっくりなので分かりやすいと思います。中国語レベル中級の中くらいの方なら聞き取れるのでは。


3課分くらいを一度に放送してるらしく、最初は南北朝の総括、開始から45分くらいで建安詩歌の授業になります。
まず曹操の詩、次の回で曹丕・曹植です。曹操様ベタほめで楽しい。

オーソドックスに「短歌行」なのですが、いまさらですが、漢代楽府の「短歌行」って元歌残ってないんですね。(本当にいまさら・・・)残ってる最古の「短歌行」が曹操の作品ということは、曹操様が作詩しなければ「短歌行」は後世に残らなかったかも知れないのですね。
あ、でもメロディーは残ってないのか。ついでに楽譜にしておいてくれればよかったのに・・・

それと

青青子衿,悠悠我心



は、詩経から取ってるわけですが、オリジナルの「鄭風・子衿」はこのあと

縱我不往,子寧不嗣音
(たとえわたしが行かなくても、あなたはわたしを訪ねてきてね)



と続くので、ここから

「ワシは自分から探しに行かないけど、賢者は自分からワシのところへ来てくれ」
という曹公の気持ちを読み取らないといけないらしいです。これは知らなかった!
ひとりずつ探しに行く時間のない曹操様の心の叫びなのでしょう。


そして

呦呦鹿鳴  食野之苹


から後の部分は

賢才が行こうかな~でももういっぱい才人がいるから後から行ってもダメかも・・・ボクなんて要らない子かも・・・と迷ってるかも知れないが、「早く来ても遅く来ても沒關係!ちゃんと大事にするから安心しろ!」

という意味だそうです。
「早來晚來都一樣會受優待!」ってカワイイ曹操様。この老師の解釈面白い。




音声保存の方法は「極めろ!何を?中文を!」さんの「20090915 北京人民广播电台の音声を保存する」でどうぞ。





前回エントリー
中国古代文学(上)---「北京人民広播電台」
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2009年 09月 19日 |
『日本人の中国語―誤用例54例』来 思平, 相原 茂 (東方書店)


相原 茂先生の本にしては地味なのであまり知られてないのでしょうか。
説明が詳細で、とても良い本です。


ただ、誤用例と解説のレベルがマッチしていないように感じられました。

誤用例は初級者の作文だと思われます。それに対して解説はかなり専門的になっています。すごく良い解説なのですが、中級の上くらいのレベルにならないと説明の意味が理解できないのでは?と思わされます。

で、この本を読んで理解できる学習者は、すでにこういう病句は作らなくなってるのではないでしょうか?
初学者が読むと「そうそうこういう間違いやってしまうよね!」と共感できるかも知れませんが、中級以上になるともうそんな時期は過ぎてるので「・・・なんでこんな間違いするの?」と余計に混乱しそう。


あと、誤用は当然正しく直してあるのですが、文法の間違いは直しても文章全体には手をいれない方式なので、訂正後も「いかにも日本人の書いた中国語」のままなのです。

文法の間違いはないけど、なんかもっちゃりして不自然な中国語なんです・・・「ああ日本人が書いたのね」とひと目で分かっちゃうような。



ぜひこのシリーズで「上級者の誤用例」を出してもらいたいものです。
どんなに上級になってもやってしまう間違いってあると思うので。

そして文法の間違いだけでなく、どこをどう直せば「中国語らしい中国語」になるのかも指南してもらいたいなー。
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2009年 04月 24日 |
「中国古典を読むはじめの一歩」

前書きに

目次を一瞥していただければ、すぐにお気づきになるであろうが、反切だの、偽書だの、版本だの、避諱改字だのと、およそ中国古典の入門書にはふさわしくないのではと思われそうな事項が、本書の内容となっている。
「中国古典を読むはじめの一歩―これだけは知っておきたい」 
坂出 祥伸 / 集広舎

とあります。
シロウトには「へーっ」と思える知識がいっぱい。楽しい本でした。

三国志関係では

しかし、検索の用に供するための類書は魏・文帝(曹丕)が臣下に命じて編纂させた『皇覧』が最初である。延康3年(220)に始まり数年で成った。40部門余り、1000巻あったという。


曹丕って偉かったんですね(いまさら)。
もっと長生きしていたら曹魏は「文学の帝国」として歴史に名を残したのかも知れません。
それにしても呉や蜀とあまりにも文化レベルが違うように思うのですが・・・魏って余裕だなあ。

アマゾンで8,980円+送料というすごい値段がついていますが、集広舎のウェブページから定価2,730円で購入できるようです。しかも送料無料。前から読みたいと思っていた「原文で楽しむ明清文人の小品世界」もこの出版社の作品だったので驚き。
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2009年 03月 03日 |
「中国語文法用例辞典」の‘了’の項目を読んでて、前に気づかなかった説明を見つけました。



いくつかの動詞につく‘了1’は動作によってある結果が生じたことを表す。これは動詞の後ろに付く‘掉’とよく似ている。これらの動詞には次のようなものがある。‘忘・丢・关・喝・吃(略)・杀・宰・切・冲・卖・还・毁



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2009年 02月 27日 |
中国語って勉強すればするほど知らないことが増えて、もうどうしていいか分からん!と思うときがありませんか。

レベルが上がってくると、読むものにも文語や古典の引用・もじりが多くなって、でも辞書引いてもよく理解できないし、駅前の中国語教室ではそこまで教えてくれないし、「百度知道」や「雅虎知識」に書いてることもあまり信用できないし。どうやって勉強したらいいのやら。

なにしろ1977年出版の本なので、今では状況はきっと変わってると思うのですが、著者の牛島先生の悩みが他人事と思えません。


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2009年 02月 17日 |
続きです。

古代中国語の説明もあるのですが、短い。
あんまり資料がないんでしょうか。


古代中国語はどのような音だったのだろうか。今も、多くのことが推測の域にとどまっている。(略)
しかし古代中国語には同じような情報がないので、その言語が一体声調を持っていたのかどうかということすら分からない。実際に、声調はなかったと主張している言語学者もいる。もし、彼らが正しいなら、中国語の声調は、音節末の何等かの子音の区別が失われたときに一種の言語的代償として、ずっと後になってから発達したことになる。(略)



kl-とかdr-という二重子音があったとか、接尾子音に-sやr-rや-gがあったとか、母音が四つしかなかったとかいろいろな説があるそうです。


声調がなくて母音が少なくて、子音で終わる古代の中国語ってどんなだったんでしょうね~。
そんなに音が変わっても同じ漢字を使いつづけるってなんだかすごい。


前回エントリー
『中国の諸言語―歴史と現況』  ウナギ文
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2009年 02月 14日 |
『中国の諸言語―歴史と現況』(S.R. ラムゼイ 大修館書店)を読みました。
タイトルがそっけないので損してる気がする。

1987年にアメリカで出版された本の日本語訳なのでその後変化している部分もありますが(普通話の普及状況とか)、漢語だけでなく少数民族言語まで網羅してあるのがすごいし、内容が平易で面白い。

中国に標準語が生まれるところから始まるのですが、言語学的な観点からでなく、政治的なかけひきで「普通話」や簡体字やピンインが決定されるところが興味深い。
あやうく上海話が「普通話」になりかけるくだりとかハラハラします。

標準語の省略法についての解説にこんな一文が。


東アジアの言語のもうひとつの特徴は、省略法の広範な使用である。(略)もしウェイターが何種類かのデザートをテーブルに運んでくれば、wŏshì bīngqílín 我是冰淇淋という客もいるだろう。それは文字通りには“I'm ice cream”という意味だが、この言葉が意味するのはもちろん“(What) I(orderd)was ice cream”ということである。
『中国の諸言語―歴史と現況』 S.R. ラムゼイ 大修館書店



やはり中国語にもウナギ文があるのですね。
アメリカ人に観察・記録されてるというのが面白い。


中国語の教科書ではないので、けっこう「ぶっちゃけ」なことが書いてある。そり舌音について


北京の発音の優美な特徴は捲舌音である。(略)首都以外に暮らす大多数の中国人は、普通話を話すときにこの発音を正確にはできず、多くの人はそれを模倣する試みさえしない。(略)捲舌音の区別は公式的には標準語の一部と考えられてはいるが、実際には普通話を話す人々のほとんどは、それを身につけずに何とかうまくやっているのである。



軽声について


標準語を話す南方人は、北京語の発音のうちこの部分をマスターするのに大変な苦労をする。というのは、南方方言のほとんどには無声調の音節がなく、その結果南方人には標準語の声調をあまりにもはっきりと発音しすぎるという傾向があるからである。



国民のかなりの割合が発音できない音が標準語に定められてるって、よく考えるとすごいですね。でも発音できなくても上手くやっていけるというところが、下有対策だと思った。
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