カテゴリ:■中国語学習■( 77 )
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2012年 10月 09日 |
『中国語←→日本語翻訳の要領』 (1973年度版)
今冨 正巳(光生館)

タイトルに惹かれて図書館で借りました。
最初のほうにこんな説明があります。

[他来,我去。]は実に簡単な中国語であるが、その日本語訳には、1.(彼が来る,私が行く),2.(彼が来て,私が行く),3.(彼が来るから私は行く),4.(彼が来るなら私は行く),5.(彼が来ても私は行く)などがあり、この他にも訳し方はあると思う。

『中国語←→日本語翻訳の要領』 今冨 正巳

出だしがとても良かったので期待しながら読んだのですが、例文が・・・すごすぎるんです。
中国語を打つのが面倒なので日本語部分だけ引用してみると


・アメリカ帝国主義のあらゆる陰謀術策は、すべて失敗を運命づけられている。
・ソ修社会帝国主義の東ヨーロッパにおける植民地支配が危機におちいり・・・
・西ドイツ当局は、ドイツ民主共和国を併呑し、東ヨーロッパに侵略拡張をすすめるかれらの野望を少しもかくさず・・・
・プロレタリア階級独裁を強固にするという目標のために団結しよう。
・血の教訓によって、われわれの多くの同志たちは目が覚め・・・
・毛沢東思想で認識を統一し、足並みを統一し、行動を統一し反動的なブルジョア階級の・・・
・劉少奇及びその一味の党を裏切り国を裏切った犯罪行為を生産する。
・原子爆弾は、アメリカの反動派が人をおどかすために使っているハリコの虎で、見かけはおそろしそうでも、実際には、なにもおそろしいものではない。
etc・・・

もしかしたら途中から普通の文章も出てくるのかもと思って最後まで読みましたが、最後までこんな例文ばかりでクラクラしました。原子爆弾を張り子の虎と豪語できるとは・・・
(「ドイツ民主共和国」というのはいまは亡き東ドイツのことですね。他にも「米帝」「ソ修」など歴史の彼方に埋もれた単語が続々と登場します。)


「让」「叫」についてこんなことが書いてありました。

[让・叫]などの[使]以外の使役介詞の用法は,基本的には[使]と同様である。ただ,現実の現代中国語文,その代表としての人民日報を見ると,使役介詞のうちもっとも用いられているのは[使]であり(略)


奥付を見ると昭和48年発行となっています。
このころ中国語を勉強した人に「昔は教材といえば《人民日報》しかなかった」というお話を伺ったことがありますが、本当のことだったんですね。
いま「現実の現代中国語の代表」に《人民日報》をあげる中国語教師はまずいないでしょう。
時代の移り変わりをひしひしと感じました。

取り上げられている例文も、今見ると「ただの悪文」「単なる下手な文章」もあるのですが、この本ではどの例文も一生懸命弁護して良いところを見つけ出そうとしていて、読んでいて痛々しい気持ちになりました。


アマゾンで検索するとこの本は1988年に新訂版が出ているようです。どこがどう変わったのでしょうか。
機会があれば読んでみたいものです。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 07日 |


《北大中文文库:朱德熙文选》
朱德熙 (作者), 袁毓林 (合著者), 郭锐 (合著者)
北京大学出版社


「これこれ探してたのよ~」と大喜びで買いました。
でも文章が難しすぎる・・・何が書いてあるかぜんぜん理解できません。
あーこの部分引用で見たことあるわ~というのは多いのですが。


「说“的”」「“的”字结构和判断句」なんてものすごく良いことが書いてあるっぽいのにな~
日本語訳出ないかな~
指をくわえて目次だけ眺めてます。早く読めるようになりたい・・・

目录
现代汉语形容词研究
说“的”
“的”字结构和判断句
与动词“给”相关的句法问题
汉语句法里的歧义现象
“在黑板上写字”及相关句式
潮阳话和北京话重叠式象声词的构造
自指和转指——汉语名词化标记“的、者、所、之”的语法功能和语义功能
汉语方言里的两种反复问句
现代书面汉语里的虚化动词和名动词——为第一届国际汉语教学讨论会作
变换分析中的平行性原则
从方言和历史看状态形容词的名词化兼论汉语同位性偏正结构
古文字考释四篇


同じシリーズの《王力文选》も同時購入したのですが、たぶん読めないでしょう。
記念に表紙だけのせとこ



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 03日 |


《现代汉语欧化语法现象研究》
贺阳 ( 商务印书馆2008年)

中国語は五四運動以降、西欧言語の影響を受けて大きく変わったそうです。
そんな事情は日本で中国語を学習するときには教えてもらえないので、学校で習う漢文と現代中国語の違いの大きさに混乱しちゃいますよね。言語の変遷についてもちょっとくらい教えてくれればいいのにね。(愚痴)


中国語は「動詞+名詞」の語順と教わったのに、なぜか文中に「名詞+動詞」の語順が出てきて戸惑ったことはありませんか。
「文化交流」は「交流文化」が正しいんじゃないんですか?と老師に食ってかかって「まあどっちでもいいから」といなされたことは?(私だけ?)

なんと古代漢語には「名詞+動詞」の構文はとても少なく、五四運動以降、西欧言語の影響で出てきた新たな構文だったのですって。
古代漢語に登場する「名詞+動詞」の構文というのは

人立而啼(《左傳》)
ブタが人のように立って鳴いた

みたいなのです。あんまり見ませんよね。
他はほとんど官職(「牛羊饗応所」とか)だったそうです。

それで、西欧言語からの翻訳の過程で生み出された語の例が掲載されてるんですけど


air pollution 空气污染
business management 企业管理
cultural interchange 文化交流
physical examination 体格检查
space exploration 宇宙空间探索

第2章 动词、形容词的欧化现象
2.3 “NV”结构的兴起和发展


・・・これは・・・むしろ日本語なのでは・・・?

この本では日本語の影響については全然触れられていませんが、用例には魯迅や郁達夫や陳独秀も取り上げられています。日本留学組の文章は日本語からの輸入語が使われてると考えるほうが自然な気がするんですけど・・・。
いずれにしても外国語の影響だったわけですね。疑問がとけてちょっとスッキリ。


介詞についてもとても面白いことが書いてありました。

語頭に介詞“在”があったりなかったりして「どっちが正しいの!?」と思ったことはありませんか?
もともと漢語で時間詞語を語頭に置く時には介詞は必要なかったのです。

古文では

趙惠文王十六年,廉頗為趙将,...(《廉頗傳》)
今日拒之,事更不順。(《周瑜傳》)

たしかに語頭に介詞はありません。

五四運動以降、西欧言語の影響で本来は不要な“在”が使われるようになり、現在では「使わないとおかしい」ことになったのですね。


五四以来,受英语这种时间表达习惯的影响,汉语书面语中介词“在”的使用范围扩大了,原本处在句首或分居句首而不需要用“在”的时间词语,也常常用上了这个介词,下面这些句子中的时间词语依汉语原有的习惯都是不用“在”的,现在也都用上了。

(1)在这时候,众人也都哄笑起来,...(鲁迅《孔乙己》)
(5)譬如在吃饭的时候,我一见了...(郁达夫《过去》)

第5章 介词的欧化现象
5.3.1 介词“在”用于句首的时间词语




いつも苦しめられている語頭の“在”が五四運動のせいだったとは・・・。
でもこの“在”は口語の会話では使われず、書面語でも使われないケースが多いという指摘が意外でした。使うか使わないかはネイティブの感覚によるのでしょうね。


就目前情况来看,介词“在”用于句首时间词语的现象虽有一定的出现频率,但这一用法在汉语中还不能说十分活跃,它还仅仅是一种书面语现象,在日常口语里人们依然遵循汉语原有的习惯,句首的时间词语是不用“在”的,例如,人们在日常交谈时说“五一那天我们去颐和园了”,而不说“在五一那天我们去颐和园了”;说“昨天晚上我没看电视”,而不说“在昨天晚上我没看电视”。即使是在书面语中,也还是汉语的传统用法占优势,句首的时间词语用“在”的现象并不是很多。



その後の「5.3.2 介词“在”用于存在句句首的处所词语」では“在”を語頭の場所詞の前に置くかどうか解説されてます。これも本来の漢語にはなかった用法なんですね。


あと日本人にはとてもわかりにくい“着”も本来は不必要だったのに五四運動以降(以下略)

もともとは動作性の動詞のあとにつくので

他不停的说着
画儿在墙上挂着

のような使い方。それが


王力认为““着”字本来是由“附着”的意义变来,所以它必须跟在动作性颇中的动词的后面”。一般来说,五四前“着”附着在抽象的、动作性不明显的动词之后的现象是不多见的。五四以来,在书面上,不少没有什么动作性的动词也长航被加上一个“着”,例如。

(1)这就说明着我的工作的切实。(鲁迅《伤逝》)
(2)然而因为这新兴阶级的自身内包含着若干矛盾,...(茅盾《“五四”运动的检讨》)

第6章 连词、助词的欧化现象
6.4.1 “着”使用范围的扩大



そのうちに持続性のない動詞“发生”“产生”などにも“着”がつくようになり、もともと持続の意味が含まれている“存在”にまで“着”をつけるようになったそうです。
さらには“着”をつけられなかった“有”にもつけるようになりました。“有着”を認めるかどうかは学者の間で論議が起きたそうです。確かによく考えるとヘンだ。でもいまは普通に使ってますよね。


と、いろいろ知識が増えて楽しい本でした。
無理だと思うけど日本語訳が出て欲しい一冊です。




日本人学習者はあまり使わないかもしれない“N的V”について。
現代中国語では“N的V”は普通の表現ですが、旧白話ではあまり使わなかったそうです。
五四運動以降、西欧言語の翻訳の過程で編み出された方法だそうです。


如前所述,英语等印欧语严重大量的由动词派生或转化而来的行为名词,他们可以像一般名词那样受定语的修饰。由于汉语缺乏将动词转化为自指性名词的词法手段,五四以来,在翻译过程中,人们只能用汉语的动词去对译印欧语言定中结构中的行为名词,于是“N的V”结构便在汉语书面语中兴起。

第2章 动词、形容词的欧化现象
2.2 “N的V”结构的兴起和发展


「的」の要不要が人によって違うのは、もともと中国語になかった用法をけっこう無理やり輸入したせいでルールが決まってないせいなのかなーと思いました。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 09月 22日 |
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《外国人实用汉语语法(修订本)(中英文对照)》
李德津, 程美珍


外国人学習者向けに書かれた文法書。英訳つき。
分かりやすく全体を網羅している良い本です。中級レベルの学習者なら十分読みこなせると思います。


日本の文法書とは章立てや切り口が違うところがあって面白い。
ずっと悩んでいた“在”の要不要について意外な説明があったので引用しておきます。

説明があったのは“在”(介詞)の項目ではなくて、「方位詞」(名詞)の項目でした。
まず「方位詞」の説明は


(三)关于方位词

1.方位词是表示方向或位置的名词。方位词有单音节的、双音节的两种。举例如下:

《外国人实用汉语语法》
p.20
第二章 此类
第一节 名词
四.使用名词时需要注意的几个问题



例は表になってます。挙げられているのはこんなの

单音节
上、下、前、后、左、右、里、外、中、内、间、旁、东、南、西、北

双音节
上边、上面、以上、之上、上下......




2.方位词的用途
单音节方位词很少单独使用.双音节的方位和一般名词用法基本相同,但除了能做主语、宾语和定语外,还可以做状语。例如:
您里边坐。
我们外边谈。

3.注意事项:

(1)单音方位词“里”、“上”常单独用在名词后边。例如:
屋子里 院子里 楼里
桌子上 书架上 树上

(2)“里(边)”的用法:
当我们要表示“在......里边”的意思时,要注意“里(边)”的使用方法。

①地理名词后边不用“里(边)”。例如:



ここで挙げられているのはこんな例文

◯我在北京。
×我在北京里(边)。

“北京里(边)”が間違いなのは「地名の後ろに“里(边)”は使えない」からなんですね。


②表示物件的名词后边需要“里(边)”。例如:



ここで挙げられているのはこんな例文

◯书在抽屉里。
×书在抽屉。

これはけっこう日本人が間違えてしまうところではないでしょうか(私はいまだに間違える)。
「北京」には“里(边)”はつけられないけど、「引き出し」には必ず“里(边)”が必要なんですよね。


“在”の要不要について書いてあるのはこのあと


(3)方位词可以直接做句子成分,做主语或状语时前边都不用介词“在”。例如:

里面有一架钢琴。
旁边是我的卧室。

“您里边坐”是“请您到里边坐”的意思。不说“您在里边坐”



そういう理屈だったのか・・・と目からウロコでした。
「方位詞が主語または状語のとき、前に介詞“在”はつけない」
シンプルで分かりやすい説明です。“在”から考えるのではなくて、方位詞から考えれば良かったんですね。

◯里面有一架钢琴。(方位詞が主語)
×在里面有一架钢琴。

◯旁边是我的卧室。(方位詞が主語)
×在旁边是我的卧室。

◯您里边坐。(方位詞が状語)
×您在里边坐。



ちょっと混乱したのはこの後。
状語の解説に「状語になれる詞と詞組」という項目がありました。



(二)介词结构。介词结构的主要作用是做状语。

(三)名词(时间词、方位词)

我们外边散散步吧。
你里边坐一会儿。

《外国人实用汉语语法》
p.263
第四章 句子成分
第五节 状语
三.可以充当状语的词和词组



方位詞が状語のとき前に“在”が不要なのは、さっきの説明と合致していますね。
でもこの後、また分からなくなってしまったのです。



(十二)方位词组

我们花园里走走。
你们屋里谈吧。
我两点以前在公园门口等你。



どうして最後の例文は“在公园门口”と“在”があるんだろう?
どうしてどうして?としばらく悩みました。

だいぶ考えたやっと気づいたのですが、この例文の方位詞組は“两点以前”なのですね。(“以前”が方位詞)。

じゃあ“在公园门口”は何かというと、これは「介詞結構」。
“公園門口”は方位詞ではなくて普通の名詞なんですね。

方位詞ではない普通の名詞は“在”を使って「介詞結構」にしてあげないと状语として使えないのです。



「介詞結構」の説明を読むとこうありました。



一.介词结构的定义
介词带着宾语结构的词组叫介词结构。介词结构可以表示动作的方向、处所、时间、对象、目的、原因、方式、被动、比较、处置、排除等等。

三.介词结构的用途
(一)做状语。
介词结构的主要作用是在句子里充当状语。

例如:

你们在北京大学学习。


《外国人实用汉语语法》
p.213
第三章 词组
第十节 介词结构




今回学んだことをまとめると

1.方位詞が主語または状語のとき、前に介詞“在”はつけない
2.“在”を使った介詞結構が状語のとき、前に介詞“在”をつける

2.は書いてみると当然すぎてアホみたいですが、1.と2.の区別がついてなかったことに気づいて良かった。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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先日(注1)、中国人の友人からこんな質問を受けました。
「どうして日本人は“真的好吃”って言うの?誰も否定してないのに」

何のことかさっぱり分からず何度も聞き返したところ相手の言いたいことは

「日本人と食事に行くと、食べてすぐ“真的好吃”って言うけど、どうして?
自分はまずいとか否定的なことは言ってないのにどうしてそんなにムキになって美味しいって強調するの?
普通は

A:好吃(美味しい)
B:不好吃(美味しくないよ)
A:真的, 真的好吃!(本当だよ、本当に美味しいよ!)

って流れでしょ?
あと最初から“真的漂亮!”って言うのも理解できない。誰も否定してないのに・・・」

ということのようでした。

最初から“真的好吃”、“真的漂亮”と言うのはルール違反なのか???と辞書を引いてみたのでその結果をメモしておきます。


「中国語文法用例辞典」(東方書店)の“真”の項目にはこうあります。



【形容詞】
(1)本当だ
a.ふつう“的”を付けないで名詞を修飾する。
c.動詞・形容詞を修飾するときは、ふつう“的”を付ける。
我真的不想走,不骗你。
事情真的很顺利。

【副詞】
まったく、確かに:認定を強調する
真不错。
这个工厂真大。



これだけ見ても“真的”と“真”の違いはよく分からないのですが、友人の意見では“真的”を使うと強調になってしまうようです。
日本人は形容詞の“真”(+的)と副詞の“真”をごっちゃにしていて、副詞で形容詞を修飾すべきところを形容詞で形容詞を修飾してしまってるのではないだろうか・・・と思いました。

しかし、そのあと白水社の中国語辞典を引くとこんな記載があってますます混乱します。


真的
【副詞】
1.(「確かにそうである」という話し手の確認の気持ちを示し)本当に、実に、全く≒真、真是
◆“很”は客観的程度の高いことを述べるのに対して“真的”は確認の気持ちを示し、両者を共に用いる場合は“真的”が先に現れる。
要是他们真的来怎么办?
糟糕,真的迷失方向了。
事情真的很顺利。


“真的”って副詞なの?
他の辞書には“真的”が載っていないので品詞が確認できません・・・
(一冊だけ載ってたけどこれも副詞になってた)


ついでに「漢典」の説明は

真的 
确实;可靠。《三国志·魏志·崔林传》:“餘国各遣子来朝,閒使连属, 林 恐所遣或非真的,权取疏属贾胡,因通使命,利得印綬。” 宋 刘宰 《鸦去鹊来篇》诗:“且应除豁见真的,孰恃强梁敢逋负?” 清 宋学法 《张文忠公遗事》:“乃面奏主上,委曲开导,务求真的,乃可正法。”


《魏志》では私の疑問は解決しないのだが・・・


間違ってしまう理由は副詞の使い分けが出来ていないせいでしょうね。
日本語の「本当に美味しい」をそのまま直訳して本当に=“真的”にしてしまうのでしょう。でも日本語の「本当に」は「嘘ではない、真実である」という厳粛な意味ではなく、単に「すっごく」のことですよね。そもそも母語である日本語の把握が甘いのも理由かも知れませんね。



“真”にはこれまでも苦しめられてしましたが、日常会話で質問されるとは・・・意外な伏兵でした。
苦手な語法には必ずどこかで会ってしまうのでしょうか。


苦しんだ過去記事
“真”的!
“写俳句是真难的事情”はヘン? (まいにち中国語応用編 第14課)


副詞の強調程度で迷ったら“很”を使っておくのが無難なのか?というのが結論です。




(注1)
にっちゅう関係が平和だった時代の話です

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《新漢語水平考試 精講精練》をやって気になってたことがあります。
《新漢語水平考試 精講精練》6 まちがいさがし


6.
×按照自己或者集团的意见,从自身利益出发决定一个人的生命是真危险的
○按照自己或者集团的意见,从自身利益出发决定一个人的生命是很危险的

→程度补语“真”加上形容词不能用于“是...的”句,故可改为“是很危险的”。

《新漢語水平考試 精講精練》
北京語言大学


どうして程度補語の“真”は“是...的”句に使えないのかな・・・
辞書の“真”を見ても文法上の制限は書いて有りませんでした。


「中国語わかる文法」 の副詞のところにはこうありました。


更上一層楼

程度副詞については朱德熙が《语法讲义》において(略)感嘆文を構成する“真、好、多”などの程度副詞は、例えば“真漂亮!”(ほんとうにきれいだ)のような感嘆文を埋め込んで、ד我觉得这件衣服真漂亮”とはいえないし、ד买了一件真漂亮的衣服”ともいえないが、これらの程度副詞を“很、挺、非常”などに変えれば成立する、として、程度副詞間の機能の差異から分類し得ることを示唆している。

195 程度副詞 p298
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店


今度中国へ行ったら《语法讲义》を探そう(と毎回決意していって書名を忘れる)

程度副詞にも
真、好、多
很、挺、非常
でグループ分けができるってことなんでしょう。
たぶん普通の中国語のテキストには書いてないんじゃないかな。

と思ったら自分の過去記事にこんなのがありました。

“写俳句是真难的事情”はヘン? (まいにち中国語応用編 第14課)


“真” の使い方が間違っています
“真难” だけなら、文法的には問題はありませんが「“真难的”+名詞」のように連体修飾語の中に“真”を使うことはできません。
(「まいにち中国語」 2010年5月号テキスト)

“真” は話者の気持ち・態度を表す副詞、また「感嘆文」を作る副詞であるため、日本語では「本当に~だ」と言う場合でも、普通の説明描写文・話者が話す内容を直接知らない場合・連用修飾語や連体修飾語の中では“真”を使うことができません。それらの場合は“很”、“非常”などの副詞を使います。
(ゴガクルサイトの説明)




この時の「まいにち中国語」がさっっぱり理解できなかった記憶があります。
陳淑梅老師はたぶんとても重要なことを伝えようとしてくださってたのでしょう。しかし受け手が未熟すぎて2年後の今でも理解できない。


程度副詞については更に学習します(決意)

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 09月 15日 |
《認知與漢語語法研究》

《现代汉语八百词》在比较“过”和“了”时指出,“V了”总是和“现在”相联系,“V过”不一定和“现在”相联系


とあって、どこにそんなこと書いてあるんだろうと気になりました。

《现代汉语八百词》がいま手元にないので日本語版の「中国語文法用例辞典」で“过”を見ると「“过”と“了”の意味上の相違」のところに記載がありました。



(a)“(動)+过”は過去の経験を表すので、必ず過去という時間と関連を持つ。“(動)+了”は完了を表し、必ずしも過去との関連はない。過去に用いてもよいし、現在・未来に用いてもよい。

去年我们游览过长城(去年長城に遊びに行ったことがある:すでに経験したことを表し、過去に属する)
昨天我们游览了长城(昨日、長城に遊びに行った:完了を表し、過去について言う)
我们已经游览了长城(すでに長城を見終わった:完了を表し、現在について言う)
明天的计划是游览了长城再去参观水库(あすの予定はまず長城に行き、それからダムを見学する:完了を表し、未来について言う)


(b)“(動)+过”で表す動作は現在まで持続しない。“(動)+了”の表す動作は現在まで持続することもありうる。

这本小说我只看过一半(この小説を半分だけ読んだことがある:今は読んでいない)
这本小说我看了一半了(この小説を半分読んだ:現在まだ読んでいる)


(c)“(動)+了”は一定の結果をともなうことを表す。“(動)+过”は必ずしもそうではない。

他学了英语(彼は英語を学んだ:マスターした意味が含まれる)
他学过英语(彼は英語を学んだことがある:マスターした可能性も、マスターしていない可能性もある)

「中国語文法用例辞典」(東方書店)




必ずしも「“V了”总是和“现在”相联系」というわけではないようですが・・・

ついでに「中国語文法用例辞典」の“了”の項目(6ページもある)を読んで復習しました。
“了”は何度勉強してもちっとも身につかない。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 09月 13日 |
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《认知与汉语语法研究》
沈家煊 (商务印书馆 2006年12月1日)



たぶんとても有意義な本だと思うのですが文章が難しすぎて理解できない。
もっとアホにも分かるように書いても何も失うものはないと思うのですが・・・

しょっぱなから「“有界”与“无界”」という無間道のような副題の章でビビります。
ここでは数量詞なしでは成立しない文章について述べられていて、文章が難しくて理解できないものの例文がとても面白い。


(6)表示动态行为的处所主语句“主[处所]+动词+着+宾”,其宾语成分排斥数量词。例如,“山上正在架炮”的动态行为(而不是“山上有炮”的静态存在),那么“炮”不能带数量词。

×山上架着两门炮
山上架着炮

其实不仅是处所主语句,表示动态行为的“动词+着”后面的宾语一般都不能带数量词,例如;

×他正吃着三碗饭
他正吃着饭


《认知与汉语语法研究》
“有界”与“无界”




×=不能成立
(×)=不自由的

それでアホなりに考えてたんですけど、大砲の例文は日本語だと

山に二門の大砲を備え付けているところだ
山に大砲を備え付けているところだ

どっちでも成立すると思うんです。でもご飯を食べるほうは数量詞が入ると変かも。

×彼はちょうど三杯の飯を食っているところだ
彼はちょうど飯を食っているところだ


このあと“有定と無定”なんてますます分からない言葉が出てきて難しいのですが、例文を見てて感じたのが、中国語では成立しない文章も日本語だと成立するんですね。たぶん空間や時間の把握方法が日本人と中国人では違うんでしょうね。


本文的目的不在罗列更多的事实,而是想对上述现象和奇特有关现象作出统一的解释。有一种可能的解释,某些句法组合非有数量词不能成立或不自由,那是所有名词性成分“有定”、“无定”的制约。例如;

×倒缸里水 / 倒缸里一桶水 / 把水倒缸里

(×)送学校油画 / 送学校一幅油画 / 把油画送学校

(×)吃了苹果 / 吃了一个苹果 / 把苹果吃了

左列中充当宾语的光杆普通名词“水”、“油画”、“苹果”是有定的还是屋顶的并明确,前面加了数量词才明确为无定的。如果这些成分是有定的,则应用右列的“把”字句来表达。

用有定和无定来解释数量词对句法结构的制约会遇到一些困难。动词后宾语大多是无定的,但也可以是有定的。首先,有些不用数量词不能成立或不自由的句法组合,如果把动词后的宾语换成明确的有定成分反倒变成成立或自由的了,例如;

(×)前面走来老太太 / 前面走来张太太

(×)他吃了苹果 / 他吃了那个烂苹果

(×)我一口气读完小说 / 我一口气读完那篇意识流小说


《认知与汉语语法研究》
“有界”与“无界”



ここの例文も日本語だと

瓶の中の水を空ける
学校に油絵を送る
リンゴを食べる

前からお婆さんが歩いてきた
彼はリンゴを食べた
私は一気に小説を読み終えた

どれも数量詞なしで問題なく成立すると思う。
私には「前から一人のお婆さんが歩いてきた」「リンゴを一つ食べた」のほうが不自然に感じられます。

ここが日本人が中国語を学習するときにいつまでも間違える箇所(私だけ?)じゃないかと。
空間の把握はたぶん身体感覚ともつながっているので、文法を勉強したって簡単に身につくものではないのでしょう。


どの章も有意義なのですが(理解できないが)、「如何处置“处置式”?」は“把”は処置を表しているのか?を追求していて面白い。言われてみれば処置じゃない文も多いですよね。


现在许多人认为把字句是对处置义加以强调,但什么算强调,哪些情形需要强调,不明确也不好掌握,对学汉语的外国学生来更是这样。


如何处置“处置式”?
《认知与汉语语法研究》



外国学生って私のことか(笑

この章で“了”は現在と関連しているという部分があってヒザを叩きました。日本人はつい“了”=過去形と感じてしまいますが、そうじゃないんですね。


我们的解释是,用“V了”比“V过”的主观性强。《现代汉语八百词》在比较“过”和“了”时指出,“V了”总是和“现在”相联系,“V过”不一定和“现在”相联系:

(21)
这本书我只看过一半。(现在不在看)
这本书我看了一半了。(现在还在看)

(22)
学过英语。(现在不一定会英语)
学了英语。(含有现在会英语的意思)

因此“V过”只是客观的报道曾经发生一个事件(我吃过野菜),用了完成体的“了”,在叙述一个过去时间的同时还表示出说话人的视角:说话人从“现在”(即说这句话的时刻)出发来看待这个时间,把它跟“现在”联系起来,比如说,因为吃了野菜,现在肚子不舒服,正因为如此,“我吃了野菜”给人以话还没有说完的感觉。“V了”后面可以用状态形容词作补语(加“个”),“V过”不行,这也证明“V了”的主观性比“V过”强:

(23)
偷了个精光 / ×偷过个精光
打了个落花流水 / ×打过个落花流水


如何处置“处置式”?
《认知与汉语语法研究》



「因为吃了野菜,现在肚子不舒服,正因为如此,“我吃了野菜”给人以话还没有说完的感觉。」の部分ではっとしました。
「文章が完結していない感じがする」というのはどんな文法解説書の「了」の説明にも書いてありますが、これまで全然意味が分からなかった。この本でやっと少し掴めた気がします。


と言いつつもやっぱり日本人には

A:我吃过野菜(私は山菜を食べた〔ことがある〕)
B:我吃了野菜(私は山菜を食べた)

どっちも同じに思えるし、「了」のほうは文章が終わってない感じって言われてもアタシ終わってる感じするし~って思えますよね。
どうやったらネイティブの感覚が分かるようになるのかな・・・



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 06日 |


「日中同形異義語1500―日本語と中国語の意味をより深く理解するための」
郭 明輝 、谷内 美江子、磯部 祐子
国際語学社 (2011/03)




出版社のサイトより


内容説明
「愛人」は中国だと「妻」の意味。「手紙」は「トイレットペーパー」。では「発毛」は……?現代日本語と常用中国語1500単語超を、①同じ意味②日本語独自の意味③中国語独自の意味の三パターンに分類し、それぞれを詳細かつ丁寧に分析しました。日本語⇔中国語対訳形式なので、中国語学習者はもちろん中国人の日本語学習にも使えます。



「内容説明」にある「愛人」「手紙」「発毛」は分かりやすい掴みですね。
説明だけ見ると入門者向けのように思えますが、上級者にもじゅうぶん使いごたえのある本です。
「①同じ意味②日本語独自の意味③中国語独自の意味の三パターン」にわかれているのが一見ちょっとややこしいようですが、本当に役立ちます。


私が感動した項目


【意見】

(同義)あることについての考え
積極的に意見を交換する/积极交换意见。

(日)自分の考えを述べて人を諌めること。
父に意見されて私は考えを変えた/父亲提出的劝告使我改变了想法。

(中)人やことがらに対しての不満や異議。
市民对物价上涨意见很大/市民の物価上昇に対する不満は大きい。



日本人の中国語学習者は、「ちょっとアドバイスがあるんだけど」というつもりで

“我对你有意见”(君に文句がある)

と言って相手をムッとさせてしまいそうです。
しかもその場で激怒してもらえればまだしも、相手が黙りこんでしまうとお互いに永久に誤解したままってことになるかも。


この例もいいですよ


【運営】

(日)組織や機構などを機能するように動かすこと。
事業の運営/企业的经营

(中)船や列車の運行。
高速铁路已投入运营/高速鉄道はすでに運行を開始した。




鉄道の「運行開始」を“开始运行”で平然と済ませていませんか?(←私)
ちゃんと“投入运营”と言えてますか?(←私)

本当は一つづつ辞書を引いて覚えるべきなんでしょうが、「漢字は同じでも意味が違う」語だけまとまっている本はありがたいですね。


ただ、この本にはちょっと不満があります。
とても丁寧に作られていて、著者の熱意と愛の感じられる良い本なので、出版の経緯をもっとくわしく書いてもらいたかった。まえがき50ページくらいあっても良かったのに。

著者はみなさん富山の方のようなので、きっと富山では優れた中国語教育が行われているんだろうなあと想像しながら読んでいます。


「◯◯日で中国語がペラペラに」とか「聞くだけで中国語をマスター」なんて無責任な中国語学習書が書店にあふれている中、本当に誠実な良い本にめぐりあえてとても嬉しく思いました。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 07月 31日 |
考えれば考えるほど分からなくなってくる“的”の要不要。
「中国語わかる文法」を丸写ししてみました。(下線ブログ主)



文の成分である修飾語には、名詞をはじめ名詞性の被修飾語(中心語)に対する連体修飾語(定語)と、動詞や形容詞をはじめ述語性の被修飾語(中心語)に対する連用修飾語(状語)がある。前者の「連体修飾語〔定語〕+中心語」は、直結できるものと、接続成分“的”が必要なものがある。直結できる例にも、接続成分を用いてよいものと、用いてはいけないものがある。連体修飾語〔定語〕で接続成分“的”を必要としない場合の組み立ては「名詞・代詞・形容詞・数量詞連語+中心語」となる。

(1)
[1] 汉语(的)老师
[2] 中国(的)电影

(2)
[1] 他(的)哥哥
[2] 我们(的)学校

(3)
[1] 什么书?
[2] 多少时间?

(4)
[1] 高山
[2] 旧书
[3] 旧(的)衣服
[4] 好朋友
[5] 要紧事

(5)
[1] 一本书
[2] 这两本书
[3] 这本书

(1)は「種類・属性を表す名詞+名詞」の場合で、熟語化している。ただ、他と区別し、とりたてていう場合には“汉语的老师”(〔英語ではなくて〕中国語の教師)のように“的”を加えることもある。“中国(的)电影”は、日本語と同じように“的”(の)を加えることも多い。
(2)は「人称代詞+親族名詞/所属先を示す名詞」の場合で、“的”を加えても使うが、日常的には省略する
(3)は「疑問代詞+名詞」の場合。ふつう“的”を加えない。(“谁”だけは“谁的书”のように“的”が必要)。
(4)は「形容詞+名詞」の場合で、直結できるのは熟語化したものに限られ、例えば“高山”に対してד低山”とはいわない。ただし、このように「形容詞+名詞」で熟語化していても、他と区別し、とりたてていう場合には“的”を加え、例えば“旧(的)衣服”に“的”を用いることもあり、4音節で口調は安定する。しかし“好朋友”では“的”を加えないほど熟語化している。2音節形容詞や形容詞句が連体修飾語となるには、“的”が必要だが、なかには2音節形容詞でも“要紧事”や“老实人”のように、熟語化した例もある
(5)は「(指示代詞)+数量詞連語+名詞」の場合で、数量詞連語と名詞との間に“的”を入れることはできない。(略)

103 接続成分が不要な連体修飾語 p136
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店




外国人がどっちか分からなくなるのは「名詞+名詞」「形容詞+名詞」で熟語化してるかどうかあやふやなケースではないでしょうか。熟語化に明確なルールは存在するのか?と思ったら(下線ブログ主)


更上一層楼

この文法項目だけではないが、中国語の文法規則は、概して強制的、普遍的ではなく、例えば接続成分“的”が必要か不要化、とすべて明確には分けられず、あってもなくてもよい、という場合が少なくない。




けっきょく一つづつ覚えるしかないと。
もっと後の方にこんなことも書いてありました。


(略)そのなかで“的”が音節数の調整に関わる事実を述べている。例えば、2音節動詞を結ぶ場合、「名詞+名詞」の例で、“塑料鞋底”は連語であるはずだが、“的”で修飾語を結ばず、また「形容詞+名詞」で“详细(的)计划”は同様に連語であるはずだが、“的”を使うことも使わないこともあり、一方、同じ形容詞“详细”でも1音節の名詞に結ぶ場合は、“详细的图”のように必ず“的”を使うという。この他にも規則性が見出しにくい面があることを実証的に指摘している・

225 構造助詞“的” p347
「中国語わかる文法」
輿水 優, 島田 亜実 (著) 大修館書店




同じ文章を複数の中国人に添削してもらったことがあるのですが、確かに“的”の要不要は人によって違いました。(“了”の要不要もけっこう違った)
同じ人に時期を置いて同じ文章を添削してもらった時にも、同一人物にも関わらず“的”の位置が変わっていたので、ある程度はフィーリングなんでしょうね。
(↑別に意地悪な実験でやったわけではなく、日本語版がダメ出しが出たので、中国語も再翻訳したのをチェックしてもらったのです(言い訳)


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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