カテゴリ:■評論・評伝( 74 )
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2013年 01月 22日 |

「ほめそやしたりクサしたり」
高島俊男(大和書房)

エッセイ集ですが、「中国白話小説への御招待」という章は雑誌『中国語』に発表されたものなので、読者対象は中国語学習者です。
とても良いことがたくさん書いてあります。


この前、「三言」と『水滸伝』が口語文のベートーヴェンだと言ったが、三言にしろ水滸にしろ、はじめからしまいまでベートーヴェンというわけじゃない。(略)
小生がベートーヴェンと言うのはこの最後のもので、「賣油郎」などがその代表です。御用とお急ぎのかたは、この「賣油郎」一つでいいから、声を出して読んでみてください。ベートーヴェンを実感できるから(発音のわからない字はかならず新華字典で調べてくださいよ。いいかげんにとばし読みしちゃベートーヴェンは姿をあらわしてくれません)。
さてそこで水滸伝だが、これは三言とちがってはじめからしまいまでひとつづきの話だけれど、実はこれも編纂ものなんだ。部分部分によって書いた人もちがうし、文章のスタイルも質も大きくちがう。一人の作家がはじめからしまいまで通して書いた近代の長篇小説なんかとは全然ちがうものなのである。翻訳するとそのちがいが全部消え失せてしまうから、翻訳なんか読んじゃダメですよ。水滸伝にかぎらず、十九世紀までの中国の文学作品はすべて言語の芸術なんだから、翻訳を読んじゃダメ。わかってもわからなくてもとにかく、発音をしらべて声を出して読んで、音のつながりの美しさを味わう習慣を身につけましょう。なにしろベートーヴェンなんだから!

「ほめそやしたりクサしたり」
中国白話小説への御招待---水滸伝



中国の小説は原文を音読すべしってことですね。
もちろん発音は正確に(←これば難しいのですが)


武松が西門慶を殺す場面の解説。
原文はこの部分。

那西門慶一者冤魂纏定,二乃天理難容,三來怎當武松勇力,只見頭在下,腳在上,倒撞落在當街心裏去了,跌得個發昏章第十一。街上兩邊人,都喫了一驚。


まず「一者」「ニ乃」「三來」に注目。日本語に訳せば、一つには、二つには、三つには、くらいにしかならないが、こんなふうに同じことを言うのにいくつものちがった語(それも声調のことなる語)を用意してあるところがかの国の言語の自慢なのだ。そうでないと「対杖」を柱とする独自の言語芸術は成りたたない。たとえば「まるで・・・のよう」というのに「猶」「如」「宛」「似」「若」などいろいろあって、これらを前後の声調との取り合わせや対になる句とのひびきあいによって適宜選択できるようになっているようなのがそれだ。
このばあいはいわばトリオの対で、「一者」と「ニ乃」のところは四音、「三來」のところは六音で、一種の四六の形になっている。もし「三來」も四音だったらこれは音調局促、単調で寸づまりでつまらない。四、四、とたたみかけてきて、そのあと「怎當武松勇力」と六音でのびやかにおさめてあるから読んで気持ちがいいのである。各句末の音も、一句目「纏定」と沈め、ニ句目「難容」と沈め、三句目「勇力」としっかりおさえて、これも無意識裡にかもしれぬが重い音と軽い音の交替変化が法にあっている。ただしここのところが特にうまいというのではなく、当時すでに千数百年の歴史をもつありきたりの技巧なのであるが、二重に下等な口語文芸にもそれがちゃんとひきつがれていることにちょっとご注意いただくしだい。

「ほめそやしたりクサしたり」
中国白話小説への御招待---水滸伝



1995年当時の『中国語』読者にどの程度この文章の意味が分かったのか知りませんが、私は読んでしばらく魂が抜けてました。いまの私には高島先生がどれほど重大なことを言っておられるのかよく分かります、が、これが1年前だったらまったく理解できなかったと思う。

中国語の文章のかなめは「音」である、それも声調と発音の無数の組み合わせから瞬時に適切な音を選び取ってもっとも美しい配置となるよう心を砕く、しかもすべては無意識のうちに行われる
・・・こんなの読んじゃったらもう怖くて中国語の文章なんて書けません・・・・


同様のことは《現代漢語》『間違いだらけの漢文―中国を正しく理解するために』にも書いてあったのですが、そのときは「どうせ中国人のことだからおおげさに言ってるんだろう」と信じてませんでした。
日本人で一般学習者にきちんと説明した人って高島俊男先生以外にはあまりいないのでは?(私が無学なだけか?)

「中国語の○○と●●って何が違うの?」と疑問に思うことがよくありますが、品詞が違うとか、、口語と文語の違いとかの他に「音節の数」「声調」の違いもありえるってことですよね。
「音節の数」の違いは日本の中国語のテキストにも載ってますが、「声調」の違いを指摘してるのは見たことがありません。


夏目漱石の漢文について書かれた「『木屑録』のこと」という文章にも声調について説明がありました。


わたしが特に感心するのは、たとえば「乃」(nǎi)の使い方が適切で、まことにぴったりしていることである。「乃」は日本語で言えば「そこで」だが、時間的なら一拍かニ拍の間(ま)がある。空間的ならまっすぐではなくぐるりとまわってくる。気持の上ならためらいやたゆたいがある。そういう気分の「そこで」である。なお、同じ「そこで」でも「遂」(suì)ならば曲折もなくスッと行く「そこで」である。

『木屑録』のこと



史記 《張良伝》を読んでいるときに「どーして同じ意味なのに“乃”とか “遂”とか書くんだろう。どれかに統一してくれ」と思ってました。
しかし同じではないのですね。これもおそらく声調と関係があるのでしょう。同じ意味で語感と声調の違う語を常に複数準備しておかなければいけない。恐ろしい言語です。


最後のほうにある汪曾祺の小説『歳寒三友』についての文章にも音節と声調について書かれていました。
民国時代の貧しい毛糸屋の娘が運動靴をねだる場面。


右の「娘は母に買ってと言った」と訳した所、原文は「女兒跟媽要」である。たった五文字、五音節。
欧陽脩が同志とともに『新唐書』を作った時、『旧唐書』に比べて事実は増えたのに次数が減ったことを誇った。昔の文学者は、文章を精煉すること、端的に言えば字の数をギリギリまで削ることに精魂を傾けたのである。(略)
汪曾祺の答が「女兒跟媽要」である。もちろんギリギリに削ってある。余計な字は一つもない。リズムは五言の詩と同じ、ニ、ニ、一。音律は低、上昇、高、高、下降。こころよい音の流れである。わたしの訳はせいぜい短くしてみたが、それでも十四音節。約三倍に間延びしている。これでは話にならぬ。リズムは日本語として耳にこころよい七七にしてみたが、もとより五音のリズムとはまったく別のものである。高低の変化に至っては移しようもない。中国の古典文学の翻訳が多くばかばかしくて読めないのはこれと同じ道理で、作者の最も意を用いたところが影も形もないからである。

墨を惜しむこと金の如し


とても面白くてためになる本でした。が、私の中国語学習意欲は徹底崩壊了。


『歳寒三友』の全文はここ
歲寒三友1
歲寒三友2


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 01月 19日 |

「水滸伝と日本人」
高島俊男(筑摩書房)


江戸時代から昭和にかけての日本での《水滸》受容の歴史の研究書。高島俊男先生の本にしてはずいぶん硬い内容です。

日本の水滸伝といっても、日本人の個人創作作品(吉川水滸伝とか横光水滸伝とか)は対象外で、原書の翻訳または翻案作品が取り上げられてます。

江戸時代に白話小説《水滸》が入ってきて、それまで「漢文」しか見たことがなかった日本人がなんとか読みこなそうと奮闘しているさまがいじらしく涙ぐましい。


最初のころは白話を訓読しようとしてるのです。
「第三回 史大郎夜走華陰縣 魯提轄拳打鎮關西」が見本として取り上げられています。かなり珍妙です。

史進慌忙身ヲ起シ礼ヲ施シ、便道官人請坐セヨ茶ヲ拝セン、那ノ人史進長大魁偉、條ノ好漢ニ相(像同)タルヲ見了、便来他與礼ヲ施ス、両個坐下ス、史進道、小人大胆、敢問官人高姓大名、那ノ人道洒家是経略府ノ提轄、姓ハ魯、諱ハ箇ノ達ノ字、敢テ問阿哥你ノ姓甚ソ麼

「水滸伝と日本人」
第四章 岡島冠山と和刻本『忠義水滸伝』



「你ノ姓甚ソ麼」って・・・
ここはウィキソースの百二十回本では

史進忙起身施禮道:“官人請坐拜茶。”那人見了史進長大魁偉,象條好漢,便來與他施禮。兩個坐下。史進道:“小人大膽,敢問官人高姓大名?”那人道:“洒家是經略府提轄,姓魯,諱個達字。敢問阿哥,你姓甚麼?”


現代中国語学習者には原文のほうが分かりやすいですね。
しかしテキストも老師もいないのに奮闘した江戸時代の人は偉かった。


全巻を原文で読むのは面倒なので先に翻訳を読みたいのですが、いろいろ出ててどれが良いのか分からない。そんな疑問にもちゃんと答えてくれる高島俊男先生。

私の理解したところでは
・版本としての価値:吉川幸次郎訳(岩波文庫、百回本)
・律儀な翻訳:駒田信二訳(ちくま文庫、百二十回本)
・読みごたえがあって訳文が良心的:松枝茂夫訳(岩波少年文庫、百二十回本)

私は岩波少年文庫を読んでみようと思います(いちばん冊数が少ないし)



せっかくですのでキャプチャを取ってきました(驢龍)











史大郎はカワイイな

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 01月 16日 |

「水滸伝の世界」
高島俊男(筑摩書房)


宮崎市定先生の次は、尊敬する高島俊男先生の水滸伝の本を読んで見ました。

「水滸伝の世界」は登場人物、水滸伝のさまざまなバージョン、読みどころなどこれ一冊読めば水滸伝のすべてが分かる入門書です。

特に日本人には分かりにくい文章についての解説がありがたかった。

しからば七十回以前は均質かというとそうではない。第五十回くらいまでとそのあとではだいぶちがう。用語がちがうことは統計的に調べた人があるし、文章の勢いがちがうことは、少し読みなれた人にはわかる。第五十回あたり以降は落ちるのである。
そこまでの所も、さまざまである。おおむね、第五十回あたりまでの、そのまた前半がよい。特にすぐれるのは第三回、魯達(のちの魯智深)の「拳打鎮関西」、第十回、林冲の「風雪山神廟」、第十六回、晁蓋・呉用たちの「智取生辰綱」などの所である。

「水滸伝の世界」
九 武松の十回



第十回「林教頭風雪山神廟」についてはさらに

「風雪山神廟」には、悲愴味を帯びた美しさがある。ここは、語り物演芸の段階を経ていない、白話文の能手が初めから紙に書いた名文である。


《水滸》は講談を紙に書き写したものだとばかり思っていましたが、書き下ろしの作品もあったそうです。たしかに「林教頭風雪山神廟」は名手の時代小説を読んでいるような美しい文体です。(さっきちょっとだけ読んでみた)

高島俊男先生の本はあとがきもとても面白い。今回のあとがきは

学校をやめてから、日本では水滸伝と三国演義(日本ではこれを「三国志」と称している)とを同等にあつかっていることを知って、たいへんおどろいた。
文学作品として見れば、水滸伝と三国演義とでは、その価値に天地の懸隔がある。中国では、そして日本でも中国研究者にとっては、それは自明である。(略)
なぜ日本ではその、月とスッポンほどのちがいがわからないのか。
考えてみれば当然であった。日本人はいずれをも翻訳で読んでいるからである。(略)
ことに水滸伝は白話文(口語文)であるから、日本の漢文屋さんの手におえない。一般の日本人が水滸伝の原文に接する機会はまったくない。そして日本語に翻訳すれば、中国白話小説の最高峰である水滸伝も、『後漢書』『三国志』を抜き書きしてつないだだけの三国演義も文章の性格は消失してスジだけのものになるのである。

文庫版あとがき


《三国演義》ってもしかして文章ヘタクソなんじゃないの・・・?とうっすらと疑問に感じていたのですが・・・
《水滸》もどうせ《三国演義》と同じような本なんだろうと読みもせずに決めつけていた自分が間違っていました。

中国語学習者は手を抜かずに《水滸》を原文で読みましょう。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2013年 01月 12日 |


宮崎市定「水滸伝―虚構のなかの史実」
(中央公論社)

今年は《水滸》を読もうと決めたものの、まったく無知なまま読み始めても理解できないと思うので宮崎市定先生のお力を借りることにしました。
どの章も素晴らしいのですが、とくに宋代の社会背景についての解説がかゆいところに手がとどくような懇切丁寧さで、こんな優れた本が日本語で読めるなんて日本人は幸せだと思いました。

林冲の職位の説明が分かりやすかったのと、疑問だった囚人の刺青について書いてあったのが「魯智深と林冲」の章。


教頭はその禁軍の中で武術に堪能な者が教師に選ばれたのであるが、その地位は使臣、すなわち最下級の八品・九品の武官の中には入らず、それよりも下に位する。(略)
さて林冲は高俅の謀略にかかり罪を被せられて滄州へ流されるが、当時配軍すなわち流され者は顔に刺青を施される。「刺配某州牢城」という字を両頬に分けて入れるので、これを両行の金印と雅称(?)する。

宮崎市定「水滸伝―虚構のなかの史実」
第六章 魯智深と林冲



ドラマの新版水滸を見てると、左の眉の上あたりに「囚」?のような模様を一文字入れられていますが、老版では頬に入っているようなので疑問でした。本来は頬に入れるものなのですね。


老版


新版



「配軍」を罵るときは「賊配軍」と言うとも書いてありました。さっきドラマ見てたら本当に「賊配軍」って言ってた。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 10月 30日 |

 
《夕阳红中话朱旭》
宋凤仪 著 吉林人民出版社

作者の宋鳳儀さんは朱旭先生の奥様。金婚記念に出版された伝記のようです。

あまり中国の映画やドラマを見ない人でも、ある程度の年齢なら“「大地の子」の中国人のお父さん”で分かるのではないでしょうか。
あのドラマ放映当時、朱旭先生が演じた温和で高潔な中国人は日本人の心に忘れられない印象を残しました(やや遠い目)。


奥様の手になる伝記なので、仕事のことだけでなく家庭生活のことも書かれています。
奥様のほうが年上で階級も上だったんですって。果敢にアタックする若き日の朱旭爺爺が愛らしい。

「大地の子」放映のあと日本を訪問して大歓迎されたエピソードは、いま読むとなんだか隔世の感があります。あのころの日中関係は良かった・・・(遠い目)


日本人にはちょっと想像がつきにくいのですが、中国では演劇も重要な国家事業なので、演劇学校の行事に周恩来が出席して学生を励ましたりしてたみたいです。
そしてトップ俳優は当然共産党員でもあり、党員として立派に振舞わないとけないようです。(←このへん誤解してるかもしれません)

あまり政治的なことは書かれていませんが、やはり文革は演劇界に大きな傷を残したようです。
朱旭先生と親友だった童超さんも政治闘争に巻き込まれてしまい、近くに住んでいながら避けあう仲になり、うわさ話でお互いの消息を知るだけでした。
文革から何年も経って、散歩中に偶然出会う場面がまるで映画の1シーンのよう。


童超两鬓斑白,显出过早的体态衰老,眼神也有些呆滞。朱旭困难地吐出四个字:
“你还好吗?”
过了半天,童超含混地说出两个字:“你看!”他轻轻举起一下手杖。
朱旭双手按住他的肩头说:“我没去看你。”
他表示理解,苦笑的点点头说:“我明白。”

《夕阳红中话朱旭》



“我没去看你。”(きみに会いに行かなかった)という短い言葉に苦しみがこもっていると感じました。
中国の人もいろいろ大変だったんですね。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 12日 |
『新編 対の思想―中国文学と日本文学』
駒田 信二( 岩波書店)

駒田 信二先生といえば中国文学の大御所だけに中国への理解力も超越してらっしゃったんじゃないかしら、とか勝手に思っていたのですが、あらためて著書を読んでみると、普通の人と同様に中国とどう向き合うか日々試行錯誤しておられたのだなあと親近感を覚えました。
(普通の人よりずっと真剣に向き合っておられたというのもよく分かりました)


吉川 英治「三国志」の種本について考察した部分。


『三国志演義』の翻訳者である立間祥介氏がつぎのようなことを書いている。
・・・吉川「三国志」の読者という方から、きついお叱りの投書をもらったことがある。/お前の訳書は原典から訳したといっているが、吉川「三国志」とはまるで違い面白くない。もっと原典忠実にやれ。
立間氏のところへ行ったのと同じような投書を、私も十何通か受けとったことがある。私の『水滸伝』(平凡社。立間氏の『三国志演義』も同じ)を買ったという読者からのもので、彼らはみな吉川英治本『水滸伝』の読者なのだった。
吉川英治の『水滸伝』が途中で終わっているので、おまえの『水滸伝』を買ったが、百二十回本の完訳だといいながら、省略が多すぎる。看板にいつわりありではないか。例えば「この話はそれまでとする」とか「くどい話はぬきにして」などと勝手に省略しているくせに、なにが「完訳」か。
大体そういう投書だった。「この話はそれまでとする」とか「くどい話はぬきにして」とかいうのは『水滸伝』の語り癖なのである。翻訳だからこそそのまま訳しているのに、読者は訳者自身が「それまで」としたり、「ぬきに」したりしているのだと思ったようである。
(略)
だが翻訳となれば、これは私自身の例だが、原典に「不在話下」とあれば「この話はそれまでとする」と訳さなければならないし、「話休絮煩」とあれば「くどい話はぬきにして」と訳さなければならなのであって、そこにはまた、それなりのおもしろさもあるのだけれども。

「翻訳と語りなおし」
『新編 対の思想―中国文学と日本文学』駒田 信二



確かに三国演義も水滸伝も現代人が読んで面白い本ではないですが・・・昔の日本の読者って無邪気だったのね。

それで吉川 英治「三国志」の種本のところに『通俗三国志』のことがありまして


「通俗」というのは、今日使われている言葉の意味とはちがって、中国書の翻訳のことをいう。俗に通じるようにする、中国文の読めない一般の人に読めるようにした、という意味である。

「翻訳と語りなおし」



・・・知りませんでした・・・「俗っぽい三国志」なのかと思ってた(無知)

ところで(唐突ですが)、関羽の顔がよく「重棗」と形容されていますが、重棗って何かご存知でしたか?


この<面如重棗>の<重棗>が問題である。
立間祥介氏はこれを
・・・顔色はくすべた棗のごとく・・・
と訳している。

「関羽の顔の「重棗」について」



立間祥介氏は曲亭馬琴が「万暦版の演義三国志を見るに、面如薫棗とあり・・・」といってるのを根拠に薫→重の筆写ミスと判断したそうです。


小川環樹氏は同じところを、つぎのように訳している。
・・・顔は熟した棗のように赤黒く・・・

「関羽の顔の「重棗」について」



小川環樹氏の典拠は魯迅の「重棗」とはどんな棗であるか、わたくしは知らない。要するに赤い色には違いあるまい」という文章だそうです。みなさん博識ですね・・・
(「紅表忠勇,是從關雲長的“面如重棗”來的。“重棗”是怎樣的棗子,我不知道,要之,總是紅色的罷。在實際上,忠勇的人思想較爲簡單,不會神經衰弱,面皮也容易發紅」魯迅《且介亭雑文》)


水滸伝にも同じような表現が出てくるそうです。


吉川幸次郎氏はここをつぎのように訳している。
・・・棗を重ねたやうな顔つきにて・・・


「関羽の顔の「重棗」について」



そして駒田 信二先生ご本人は


私は<重棗>の<重>を「大いなる」と考えて、「大きな棗」と訳したが、これは、立間氏の「くすべた棗」を取る確信もなく、小川氏の「熟した棗」を借りることも憚られたからである。吉川氏の「棗を重ねる」も棗の実の群がり成っている形として心ひかれたが、これを取ることもやはりできない。翻訳者のつらさがここにある。誰が訳してもそうとしか訳せないところはともかくとして、ひとりの役者が苦心して考え出した訳語を、易々として頂戴するわけにはいかないのである。

「関羽の顔の「重棗」について」



ひとつの訳語にもいろんな工夫がこらされているのがよく分かりました。

ところで私も「重=腫」で「はれぼったい棗のような顔」という説をいま思いついたので発表してみます。
無根拠です。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 11日 |
「中国共産党 支配者たちの秘密の世界」
リチャード・マクレガー (著), 小谷まさ代 (翻訳)
草思社 (2011/5/25)

ちょうどこの本を読んでいるときに「アモイ事件(遠華密輸事件)」の判決のニュースと、陳光誠さん出国のニュースが報じられていました。(読んだのはかなり前です)

中国:アモイ事件首謀者に無期判決 汚職疑惑に幕引き
中国:人権活動家の陳光誠氏、米に向け出国

現代中国のことは分からないことだらけですが、私にとってその中でも理解不能なのが、それまで経済界でもてはやされていた企業家が突然贈賄や密輸で逮捕される事件と、人権運動弁護士や活動家が軟禁されたり逮捕される事件。
普通の中国人と話をしていると「中国には言論規制はない。何を言っても大丈夫」「中国人はお金儲けが好きだからお金を儲ける人が偉い」って感じなのに、なぜ突然逮捕される人がいるの・・・?と線引きの根拠が全然分かりません。

この本にはそのあたりも解説されていてとても勉強になりました。中国ではすべてに「党の判断」という視点が加わるのですね。
「中国共産党」という手に取りにくいタイトルですが、内容は中国社会全般に渡っていて、一見無関係そうな事項のつながりが見えてくる良書でした。現代中国に興味のある人にはきっと役立つと思います。


第8章で紹介されている《墓碑-中国六十年代大飢荒紀実》(楊継縄)という本は読みごたえがありそう。日本語訳が出ればいいのに。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 09日 |



《這個詞,原來是這個意思!:重返語文的歷史現場,讓你的中文功力迅速破表》
作者:許暉
出版社:漫遊者文化
出版日期:2011年03月03日
語言:繁體中文 ISBN:9789866272493
裝訂:平裝


日本にもよくありますね、語源や漢字の読み方を解説した本。
《這個詞,原來是這個意思!》(この「詞」はそういう意味だったのか!)は現代中国語でよく使われるけど、考えてみたらどういう意味?な言葉を解説した本です。
取り上げられているのは文語から成語や俗語に使われるようになった言葉です。語彙を増やしたい中級学習者には良い本だと思います。

こんな言葉が解説されています。
「門外漢」原來是指蘇東坡
「毛病」為什麼跟「毛」有關?
「定心丸」的藥方是什麼?
「東西」為什麼不叫「南北」?



私が面白く読んだ章

◆「洒家」其實不是和尚的自稱(「洒家」は本当は和尚の自称ではない)

《水滸伝》の魯智深は自分のことを「洒家洒家」と連呼してます。和尚さんの自称だと思ってましたが、「洒家」は宋や元の頃の関西(中国の)方言で男性の自称で、お坊さん以外も使ってたそうです。


◆「赤子」原來是指嬰兒(「赤子」はもともと嬰児のことだった)

タイトルを見て「そりゃ「赤子」は赤ちゃんに決まってるだろう、赤ちゃんは赤いし」と一瞬思いました。
でも、現代中国語では「赤子」といえば心の清らかな人のこと。また色彩のredは「紅」です。
中国では意味が変わってしまった漢字を日本ではそのまま使い続けているのは面白いですね。


◆「相公」為什麼變成男妓的稱謂?(「相公」はどうして男妓の呼び名になったのか?)

解説文に

「相公」最早是對曹操的稱謂,而且特指曹操一人。
(「相公」は一番最初は曹操に対する呼称で、特に曹操だけを指した。)


とあって何かと思いました。続きは


西漢的丞相封侯不封公,東漢的丞相不封侯,到了曹操以丞相的官職封魏公,因此成為「相公」。這當然是對曹操的敬稱。
(前漢の丞相は侯に封じるが公には封じなかった、後漢の丞相は侯に封じなかった、曹操の時になって丞相の官職をもって魏公に封じたため「相公」となった。これは当然曹操に対する敬称だった。)


最初は丞相+公爵=「相公」で最高の敬称だったものが、だんだん普通の役人も「相公」と呼ぶようになり、そのうち民間の人でも「相公」と呼び合うようになり、清朝には京劇の女形を指すようになったそうです。

曹魏では「主公」ではなく「相公」と呼んでいたのだろうか・・・ヘンだ・・・


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 05日 |
『京劇役者が語る京劇入門』
魯大鳴 (駿河台出版社)


私のような京劇のド素人が読むには面白くて良い入門書でした。
よく知ってる人には物足りないかも。

以前から詳しく知りたいと思っていた(団音と尖音 その2)団音と尖音について説明がありました。



京劇としての特賞

十三轍(十三音韻)は、北京の言語発音に従って、歌や台詞の中にちりばめられた十三種類の音韻です。また、発音が舌尖音系の声母のものを尖音と言い、舌根音(舌面音)系の声母のものを団音と言います。例えば心、酒、先などの声母(中国語の発音字母〔z〕〔c〕〔s〕など)が舌尖音、新、九、肩などの声母(中国語の発音字母〔j〕〔q〕〔x〕など)が舌面音です。
具体的には、「中東(-ong)」「一七(-i)」「言前(-an)」「灰堆(-ei)」「梭波(-o)」「摇条(-ao)」「発花(-a)」「人辰(-en)」「由求(-ou)」「乜斜(-e)」「姑蘇(-u)」「江陽(-ang)」「懐来(-ai)」が十三轍の音韻です。そして、言葉の調子を中国語の声調である四声(陰平、陽平、上、去)でまとめています。

第一章 京劇の歴史 P.28



ここがよく分からなかった。
心、酒、先が〔z〕〔c〕〔s〕と書かれていますが、

現代普通話:
心〔x〕
酒〔j〕
先〔x〕

に対して

京劇の十三轍:
心〔s〕
酒〔z〕
先〔s〕

となるという意味かしら。

確かに広東語だと
心sam1
酒zau2
先sin1

なので納得できなくもないのですが・・・他の読者は分かったのだろうか。
あとの章でもう少し詳しく解説されてます。でもこれも似懂非懂だった。



十三轍は第一章で述べたように、「中東(-ong)」「一七(-i)」「言前(-an)」「灰堆(-ei)」「梭波(-o)」「摇条(-ao)」「発花(-a)」「人辰(-en)」「由求(-ou)」「乜斜(-e)」「姑蘇(-u)」「江陽(-ang)」「懐来(-ai)」の十三の音律を言います。
(略)
『中州音韻』の中に書かれている尖子(舌前音)、団子(舌面音)の基準に従って、京劇の舞台では発音されます。〔z〕〔c〕〔s〕の場合には声母の字を尖字として読みます。例えば「将」は意識して舌の先端を使って〔ziang〕と読みます。〔zh〕〔ch〕〔sh〕〔j〕〔q〕〔x〕の場合は声母の字を団字として読みます。例えば「期」は意識して舌の面を使って〔qi〕と読みます。

第七章 京劇の音楽 P.134



〔zh〕〔ch〕〔sh〕を団子(舌面音)で読むということはそり舌は使わないという解釈なのでしょうか?それとも「意識して舌の面を使って」そり舌にするのか?(難しそう・・・)

京劇って面白そうだなあと思いました。次に中国へ行ったら見てみたい。(と毎回思って毎回見れない)

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2012年 08月 04日 |


《重見.重建》
作者:許芷盈
出版社:三聯(香港)
出版日期:2008年01月26日
語言:繁體中文 ISBN:9789620426759
裝訂:平裝






深水埗の再開発地区、取り壊し予定の建物で暮らす人々を取材した本。

香港好きなら深水埗(サムスイポー)という地名だけで下町の雰囲気が想像できるのでは。
『転がる香港に苔は生えない』(星野 博美)の舞台も深水埗でしたね。金持ちは住んでいない、観光客もあまり来ない、小商いの多い地域というイメージです。

この本に登場するのは老舗の手作り醤油屋さん、ビルの入り口で営業する新聞スタンド、最近めっきり見かけなくなったお祝いの花牌(花飾り)職人など、若者はやりたがらないような仕事を何十年も黙々と続けている人たち。

大陸から来た「自梳女」(一生独身を守ると誓った女性)たちがグループで暮らしている(それもビルの屋上に小屋を立てて)部屋があるんですね。
「自梳女」については映画や小説で見たことしかなく、歴史の彼方の話だと思っていました。彼女たちが今でも香港で暮らしているとは驚きです。


イラストにも写真にも文章にも失われていく香港への愛が感じられる良い本でした。
今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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