カテゴリ:■評論・評伝( 74 )
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2015年 01月 25日 |
「不死細胞ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生」
レベッカ・スクルート (著), 中里 京子 (翻訳) 講談社

出版社のサイトより


彼女の名前はヘンリエッタ・ラックス。
だが、科学者のあいだでは「ヒーラ」として知られている。
1951年、貧しい黒人のタバコ農婦だった彼女の身体から、本人の同意なく採取された癌細胞は「ヒーラ」と名付けられ、世界初の“不死化したヒト細胞”として、のちに医学界のきわめて重要なツールとなる。
ヒーラはその後の細胞培養法に革命をもたらしたのみならず、ポリオワクチンの開発、化学療法、クローン作製、遺伝子のマッピング、体外受精ほか、幾多の研究の礎となった。だが、数十億個という膨大な単位でその細胞は売買されてきたにもかかわらず、ヘンリエッタは死後も無名のままにとどまり、そして彼女の子孫もまた、健康保険すらまかなえない境遇に置かれていた――。




ずっと読もう読もうと思っていた本をやっと読み終わりました。
癌治療のために黒人女性から採取された細胞が、本人も家族も知らないうちに培養され、売買されていた。若い白人女性記者が細胞の持ち主であるヘンリエッタ・ラックスについて調べていくノンフィクション。

科学研究ストーリーを期待していたのですが、中心になっているのは何も知らされず、騙されたと感じているものの無力で怒りのやり場のない貧しい遺族たちでした。
ヘンリエッタが癌治療を受けたのは人種差別が歴然と残っている時代のことで、黒人が治療と称して人体実験に利用されたり、ヘンリエッタの娘が黒人専用の精神病院に収容され、家族に連絡もないまま亡くなっていたりしています。

医者と患者、白人と黒人、権力者と貧乏人と複雑な対立が描かれていて考えさせられる一冊でした。


ヘンリエッタの家族は教育も受けていないし、迷信深かったり犯罪に手を染めてたりするのですが、日本ではとても考えられないような破天荒な魅力のある人たちです。
作者も最初は戸惑う(どころではない)のですが、だんだん信頼され家族のように親密になっていきます。
ミステリー的な謎の解明部分も面白いのですが、この本のいちばんの魅力はヘンリエッタと家族たちです。



と、真剣に読んではいたのですが、ヘンリエッタが治療を受け、細胞を採取されたのが、ボルティモアのジョンズ・ホプキンス病院なんですよ。

ボルティモアのジョンズ・ホプキンス病院って・・・ハンニバル・レクター博士が収監されてたところじゃないの・・・と思ったのですが、レクター博士が閉じ込められてたのはボルティモア州立病院だったようです。
インターン時代にジョンズ・ホプキンス・メディカル・センターで働いてたみたい。

ボルティモアってなんだかすごいところだな、という浅すぎる感想。



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 11月 30日 |
「運命の騎士」
ローズマリ・サトクリフ作/猪熊 葉子訳
(岩波少年文庫)
 
出版社のサイトより


犬飼いの孤児ランダルは,ふとしたことから,騎士ダグイヨンの孫,べービスの小姓として育てられることになった.身分や民族を越えて友情を育むランダルとべービスだが,やがて歴史の大きなうねりが二人をのみこんでいく…….ノルマン人によるイギリス征服の時代,二人の騎士の生涯をかけた友情を描く.


こどものころけっこう海外児童文学を読んだほうだと思うのですが、なぜかまったく手をつけてない作家が何人かいて、ローズマリ・サトクリフもそのうちの一人です。
「運命の騎士」は最近新聞の書評で取り上げられていたので興味を引かれて読んでみました。

登場人物もストーリーもとても良いのですが、私がいちばん感動したのは主人公のランダルが小鳥が空を横切るのを眺める場面。
美しい小鳥を見たランダルは喜びに満たされ、そばにいたべービスに鳥の名前をたずねます。べービスはゴールドフィンチだと教えてくれて、それまでよそよそしかった二人が大親友にかわるきっかけとなりました。


どぎつい刺激に慣れてしまった現代人が鳥の羽色の美しさにこれほどの喜びを覚えることができるだろうか・・・と思いながら読んでました。
それなりに事件はあるものの、基本的に単調な荘園の生活。それなのに全編に喜びがあふれています。
猟犬にすらジョワユーズ(Joyeuse 歓喜)という名がついているんです。

作者のサトクリフは病気のためこどものころから歩けなかったそうですが、馬を駆けさせたり犬と走り回る場面はとても自分で体験したことがないとは信じがたい。
翻訳もとても良くて、作者も訳者もどちらも女性なのがまた嬉しい。


今年読んだなかでいちばんよかった本です。
(出版は1961年ですが・・・読むのが遅すぎた・・・)

昨日原書のキンドル版を手に入れたので、これからじっくり楽しみます。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 11月 08日 |
「ことばとは何か 言語学という冒険」
田中 克彦 (講談社学術文庫)

内容紹介
言語学は「ことば」をどこまで理解したのか 人間と切り離せない「ことば」。その本質に言語学はどこまで迫れているのか。日本を代表する言語学者が、その成果と現代世界が直面する言語問題に鋭く切り込む。


著者の本は以前「クレオール語と日本語」を読んだことがあって、そのときはちんぷんかんぷんだったのですが、今回 「ことばとは何か」を読んで「こういうことだったのか」と目からうろこがたくさん落ちました。



「ことば」は、フランス語のラング、ドイツ語のシュプラーヘなどと同様、あくまで一つの概念であるから、その意味もまた単一のものとして示したいのである。ことばを、「言」の「葉っぱ」などと二つに分けて示すような、品の悪いことはしたくない---私はそのような無感覚に耐えられないからである。こころある言語学者はみなそのような思いであろう。
小林秀夫は、その著作の中で、だいたい「コトバ」とカタカナ書きすることが多かったのも、そのような気持ちのあらわれにちがいない。かれは、オオマツヨイグサと同様に、客観性のある学術の用語として用いていることを示したかったのであろう。
ついでに述べておくと、小林秀夫は「チューゴク語」という表記も用いた。本来は「シナ語」としたいところを、出版社から他の漢字表記にとりかえるよう求められたために、やむなくこのようなカナ表記に訴えたのであろう。もちろんかれはそれに応じて「ニッポン文法」という表記も用いた。この伝で行くと「朝鮮語」は「チョーセン語」、あるいはもっと望ましいのは「チョソン語」とすべきであろう。

はしがき
「ことばとは何か 言語学という冒険」






ソシュールの踏み出した一歩が正しいか否かは評価の分かれるところである。かれが示した方法論上の問題については、あとでもう少しのべるが、日本人にとって、もっと正確に言えば、日本語人、つまり、日本語を母語にして育てられ、日本語を使って生きている人々が、特別に心してソシュールに耳をかたむけなければならないのは(中略)、(1)「言語学は規範の学ではない」ということと、(2)「文字はことばの正体をかくすものであって、文字をはぎとったところに、ほんもののことばが現れるのだ」と言っているこの二つの点である、(中略)つまり、ことばを文字で考えるのではなく、オトそのものにたどりついて考えたときに、ことばの実体が現れる。(略)
しかし人間の精神というものは弱いものであって、「オトで考えるのはたよりないので、じっさいには文字に置きかえて考えることが多い。音声学者でさえも、オトそのものではなくて、音声記号に置きかえて考えがちなのだから、そして、文字で人をたぶらかしながら仕事をする人は、オトに感じるからだの感覚をほとんど失ってしまっているのである。

第一章 言語学史から何を学ぶか



私は言語学者ではなくて一外国語学習者にすぎないのですが、中国語を学んでいてどうしても漢字に頼ろうとする自分の弱い心にうちかつのがいちばん大変でした。
音を聞いても意味が分からず、漢字を書いてもらってはじめて理解できるというのは外国語学習としてはやっぱり失敗だと思う。しかしどうしたら音が分かるようになるのかいまだに方法が見つからない。
(ここで言っているのは生まれて初めて聞く単語ではなくて、発音を知っているのに、実際には聞いて分からない単語のことです)


ことばについて何か人工の部分があるとしたら、それは文字だけである。しかしことばは文字をともなって生まれたのではなく、身ぢかにあるどこかの文字を借りてきて使うしかない。日本語が漢字を用いているのはまったく偶然であって、日本語が書かれることを社会が要求したときに、近くには漢字しかなくて、他に選択の余地がなかったからである。もし、漢字以外の、もっと便利な文字があれば、それを用いていたはずである。すなわち、日本語が漢字で書かれているのは歴史的運命であって、自然によってではない。にもかかわらず、いな、だからこそ、漢字の賛美が必要になってくる。欠点の多いものほど、それだけ多くの賛美が必要になってくることは、日々の経験が教えている。

第三章 当面する言語問題



ここが本当に目から鱗鱗鱗。
中国語を深く学ぶほど、漢字は中国語(だけ)を書き表すために作られた文字だと痛感します。
そしてますます日本語とは異質の存在と感じられるようになってきます。
こんなに異様で使いにくい漢字をあれほど褒め称える日本人が多いのはなぜだろう?と疑問だったのですが、「欠点の多いものほど、それだけ多くの賛美が必要」という部分に納得。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 08月 29日 |
「インクリングズ---ルイス、トールキン、ウィリアムズとその友人たち」
ハンフリー カーペンター(著)、 中野 善夫、市田 泉(翻訳) (河出書房新社)


内容(「BOOK」データベースより)
『ナルニア国物語』のルイス、『指輪物語』のトールキン、そしてふたりと親交の深かったウィリアムズを育てたオックスフォード大学のサークル「インクリングズ」。二十世紀ファンタジー誕生の現場を三人の生涯とともにあざやかに描き出す評伝文学の名作。




(「指輪物語」と「ホビット」のすごく衝撃的なネタバレがあります)



C.S.ルイスがメインの本なのでトールキンはあまり登場しないのです。
インクリングズというのはC.S.ルイスやトールキンが参加していたオックスフォード教授の文芸同好会。

トールキンが「指輪物語」の原稿を教授たちの前で朗読する場面が楽しい。
モリアのシーンでなぜバーリンが火葬ではなく土葬(というか石棺に横たわっている)なのか力説するトールキンとドワーフの葬礼様式が理解できないC.S.ルイスたち。

トールキンはドワーフ火葬の唯一の例外としてアザヌルビザールについて熱く語るが、他の人たちはみんな
( ゚д゚)ポカーン
って感じ。

教授連はアザヌルビザールと聞いただけで髭をふるわせて啜り泣くべきだ!ドワーフに謝れ!と憤りながら読みました。
でも半年前の自分も火葬の話を延々とされても
( ゚д゚)ポカーン
ってなっただろうと思うけど。





愛と哀しみのアザヌルビザール。右端はもしかしてビフール?



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 06月 19日 |
前にも読んだんですけど、たしか「ホビット」の話が載ってたはずと思い出して「東大の教室で『赤毛のアン』を読む―英文学を遊ぶ9章」 山本 史郎(東京大学出版会)を読み返してみました。

トールキンの英語文体について詳しく解説があって、とても役立ちました。
トロルの労働者階級なまりについての説明が面白い。文章で読むと(英語で読んでも)日本人にはピンと来ませんが、音で聞くと朗読でも映画でもトロルだけがはっきりとロンドンの労働者風の喋り方になってて、他の登場人物とのギャップに驚かされます。


と「ホビット」についての知識が増えたところで(再読だけど)、赤毛のアンの章を読んでてちょっと驚いたことが。

小説の中でマシューはフラットな人物でマリラがラウンドな人物であると解説があるのです。そこには

しかし、たとえばマシューが一つの---「そうさな。どうだろう」("Well,I dunno.")---という口癖を持っていて


と書かれています。
I dunnoって・・・見覚えのある訛りだな。ドワーフっぽい・・・

とひっかかりながら読み進めると、少し後に

はっきりとは書かれていないが、マリラはスコットランドで強い力を持っている「長老会派」というキリスト教の宗派に属している。




カスバート家ってスコットランド系だったのですね!

と思ってちょっと調べてみたらプリンスエドワード島はスコットランドやアイルランドからの入植者が多いケルト系の植民地だったと知りました。
ダイアナはアイリッシュのようです。

そうか、だからアンは赤毛なのか!とかいろいろ気づきがあってよかった、というか今年はスコットランドに憑依されています。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 06月 03日 |
まいどおおきに珍キーワード好キーワードのコーナー



「鄧小平」「建党偉業」で検索して来てくださる方がいるとは驚きですね。
リクエストにお答えしてこの本を読んでみました。


「現代中国の父 鄧小平」
エズラ・F・ヴォーゲル (著), 益尾 知佐子、 杉本 孝 (翻訳) (日本経済新聞出版社)

映画《建党偉業》で初めて鄧小平が若いころフランスにいたことを知りました。
この本にその当時の事情がちょっと書かれてます。
第一次大戦でフランスの若者が前線に行ってしまい、労働者が足りなくなったため中国人労働者を募集しました。
鄧小平は働きながら学校へ行かせてもらう約束でフランスに来たのですが、着いてみたら戦争が終わってフランス人青年たちが職場に戻ってきてしまった。
中国人労働者は不要になってしまい、鄧小平は学校へ行かせてもらう約束も反故にされ、思うような仕事にもつけず。
そのうち周恩来が組織する中国共産党のフランス支部に出入りするようになったんですって。
もしフランスの若者たちが塹壕で死ななければ鄧小平はフランスに行くこともなく、入党もせず、中国の改革開放もなかったかもしれない。
壮大なる胡蝶効應ですね。


ものすごく分厚い本で内容も濃い。
現代中国を作った政治家が多数登場して読み応えがあります。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 23日 |
「新版 教養としての経済学」
斎藤 謹造

いろいろ目からウロコ(目からスマウグ)だったのですが、

ところで、旧体制の非生産階級の所得源泉の没収は、しばしば新しい経済発展に前近代的な富を動員する捷経であって、若干の例外をべつにすると、それは社会主義的蓄積の原資を調達する手段なのである。社会主義体制は、一般に後進諸国の急速な資本蓄積のためにこそ適した体制であることが強調されるが、それはこの没収の効果と関連づけることでよりよく理解されよう。実際に後進的農業国だった帝政ロシアで社会主義革命が成功して以来、開発途上国で社会主義の選択がよくみられるのは、蓄積資源の没収が途上国に魅力的だからではあるまいか。



近代国家になるにも原資が必要なわけで、
・先に近代化した国(や企業)から借金する
・全員で死に物狂いで働く
とかの方法があるわけですが、借金すれば元本も利息も返済しなければならず、みんなで働いてもこのご時勢いつお金がたまるか分んない・・・じゃあすでに持ってる人から没収しよう!というのが社会主義だったのですね!(超単純化してます)

私はこれまで

社会主義=全員が一生懸命働いて全員が幸せになる体制

だと思っていて、なぜ中国人のような「楽して自分だけ手っ取り早く金持ちになりたい」人たちが社会主義を選んだのか理解できないでいたのですが、

社会主義=他人の儲けを丸々手にいれて代価は支払わなくて良い

と思えば確かに中国が近代化するには社会主義がいちばんぴったりだったと納得できる気もします。(もちろん気高い理想を抱いていた人もいたと思いますが)

ああ世の中そうなっていたのか・・・と思わせられる本でした。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 21日 |
「清代の胥吏と幕友」では日本ではあまり話題にならないけど中国ではけっこうドラマとかに登場する幕友について詳しく書かれてて勉強になりました。
紹興が幕友(師爺)の名産地という点についてはもっと詳しく読んでみたかった・・・
その中で胥吏の腐敗を避けるために定期的に異動させた換班制度について書かれてるのですが


二つの班に、或いは頭班・二班と名付け、或いは上班・下班と名づける。交代して職務につくことを該班、または上班ともいい、退出することを下班という。勤務中の班を内班と称し、休職中の班を外班と称する。

「清代の胥吏と幕友」
宮崎市定全集14 雍正帝


現代中国語の「上班(出勤する)」「下班(退勤する)」ってもしかしてここから来てるのでしょうか?

しかしこの本の白眉と思ったのは上司に逆らって事件捜査を進めた地方公務員の話で


何時の世の中にも善意の人はいるものだ。それらの人が本当に社会を支えている。特に中国のような長い伝統をもち、自己の文化に自信をもった国では、時々の大勢に順応し、バスに乗りおくれまいとあせる人ばかりではない。自己の信ずるところに従って忠実に自己のペースを守って歩んでいる人がいつもある。ただ世の中の変遷に従ってこれら善良な人が浮かびあがる時と、悪貨が世にはびこる時とがある。

「雍正時代地方政治の実状」
宮崎市定全集14 雍正帝



いつも中国の悪口ばかりの私が言うのもあれですけど、中国人には日本人のものさしではかれない偉大な部分があるっていうのは本当です。
「バスに乗りおくれまいとあせる人ばかりではない」というのが、いつもあくせく周囲の顔色ばっかりうかがってる日本人への痛烈な皮肉になってます。


宮崎市定先生は学者と思えないほど(褒め言葉)、中国人の心情を理解してるところがすごいです。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 14日 |
「中国新声代」
ふるまいよしこ(集広舎)

集広舎のサイトで連岳のインタビューが立ち読みできます。
『中国新声代』1編まる読みプレゼント


「問答有用――中国改革派19人に聞く」 はとても面白かったのですが、あまりに優等生のお話しっぽいし、お年寄りばかりで枯れた感じだったので、もっと若くて無茶なことを言ってる人たちのインタビューを読んでみたくなりました。
「中国新声代」は若者から支持されてるブロガーとか、日本では無名だけど中国では有名な人たちが現代中国について語ってくれます。

香港人、台湾人のインタビューも収録されていて龍応台と梁文道が入っているのが嬉しい。


年をとった人の話は日本人でも分かりやすいのですが、インタビュイーが若くなればなるほど理解できなくなってくる。

スタバを故宮から追い出した芮成鋼のインタビューが何度読んでもまったく理解できませんでした。
この人がこんな発言をするのはどんな動機があるんだろう・・・と背景を知りたい気持ちが猛烈に湧いてきます。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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2014年 04月 09日 |
「宮崎市定全集14 雍正帝」(岩波書店)

読み始めてしばらくして「・・・これ前にも読んだ・・・」と気づきました。
以前読んだとき宮崎市定先生が「雍正硃批諭旨」を強力プッシュされてたのが印象深く、すぐ後に中国の書店で「雍正帝朱批諭旨」を見かけて(しかも安かった)すごく欲しかったのですが「でも絶対読まないし」と思い直して買わなかったという過去があることも思い出しました。
もし買ってたらどうなってたかな、たぶん積読のままよね・・・


えー、さて、「雍正帝」には年羹堯の「朝乾夕惕事件」についても書かれてました。
(つまり前にも読んでた、と)


年羹堯が陝西から奉った上奏文の中に、雍正帝のことについて「夕陽朝乾」という句を用いた。これは易経の文句から出た「朝乾夕惕(ちょうけんせきてき)」朝も勤勉、夜も勤勉という意味を書こうとして字を間違えたのであるが、雍正帝はこれを見て怒りだした。
---易経の文句から取った朝乾夕惕というのなら分かるが、年羹堯はことさらに夕陽朝乾とひっくりかえした上に文字まで間違えている。夕陽朝乾は読書人のことだからうっかり間違えるという筈はない。察するところこれは朕の行為が朝乾夕惕に値しない、むしろその反対だという意味であろう。それならばそうとはっきり申し立てよ。
これは全くのいいがかりで難題を吹きつけられたように見られるが、実は年羹堯のこれまでの種々の不行跡、ことに天子の大権に対する干犯の事実の数々の実証が雍正帝の手元に挙っていたので、いまやそれを摘発する機会が到来したにすぎぬのであった。

「雍正帝」 忠義は民族を超越する
宮崎市定全集14 雍正帝



「雍正硃批諭旨解題」にも


奏摺譜の禁令の条に、「朝乾夕惕」の四字は用いることを忌む、と記してあるが、これは雍正時代の有名な年羹堯事件が尾を引いているのである。言うまでもなく年羹堯は奏摺の中でこの四字の順序を変えた上に誤字を書きこんだために、日本の国家安康のような筆禍事件を惹起し、失脚した上に身の破滅を招くようになったのである。その外、洪福斉天とか、来歳必獲豊年とかいう句を用いるなと注意しているのは、雍正硃批諭旨の中で天子が屨々排斥している語句だからである。

「雍正硃批諭旨解題」
宮崎市定全集14 雍正帝




「朝乾夕惕事件」って有名なんですね~
そしてブログ主の記憶力はザルのようです。

雍正帝は「来歳必獲豊年」のような陳腐な決まり文句やおべっかが大嫌いだったらしく、痛烈なコメントをつけて突き返してたようです。
分るわーその気持ち。中国の官僚は昔からきれいごとばっかり書いてたんでしょうね。

私が突き返したくなるのは“实现中华民族的伟大复兴”とか“相信人民的力量”とかです。
もう飽きた。もっと内容のある話をしてくれ。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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