カテゴリ:■小説・散文・詩文( 89 )
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2010年 04月 20日 |
ちょっと昨日の記事はひどかったと反省して今日はとってもまともな本です。


乾隆帝の幻玉―老北京(ラオベイジン)骨董異聞
劉 一達 (著, 原著), 多田 麻美 (翻訳) 中央公論新社

内容(「BOOK」データベースより)
清国皇帝の遺物を巡り、宦官の夢、職人の面子、玉器商の企みが十重二十重に絡み合う。玉碗の発する妙音や北京っ子の熱き息遣いも鮮やかに、民国期のオールド北京がここに甦る。



一言でいえば乾隆帝が愛したといわれる玉の碗を故買商や職人や外国人が奪い合う話です。
伝説の宝をめぐる伝奇小説の味わいっちゅーか(説明ヘタ)

でもこの小説の魅力は老北京とよばれる昔の北京っ子の生活が細かく描かれてるところですね。
季節の食べ物(自分で作るのもあるけど、屋台で買って来ることも多い)や縁日のおみやげ(兎児爺とか)といった庶民の楽しみが生き生きと書かれています。

章ごとに昔の中国についてのウンチクが傾けられてるのも楽しい。
ある章は京劇について、別の章では八掛掌について、また玉の見分け方について、北京っ子たちがいろいろ教えてくれます。
京劇の演目に「逍遥津」とか「捉放曹操」とかあるそうです。見てみたい。

作者は清朝の遺臣かな?もう他界されてるのでは・・・と思ったら、意外に若くてこれも驚きです。


中国語を勉強しているのにこんな良質の小説があることすら知りませんでした。
原題は『故都子民』、テレビドラマにもなったそうです。

優れた作品が翻訳で読めるのはとても嬉しい。
中央公論新社から中国の小説が出版されるのは珍しいと思ったらけっこう出てました(無知)。


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2010年 02月 14日 |
CCTVの春節番組ネットで見れるかと思ってサイトにアクセスしたら、なんかソフトをインストールしないと見れないらしく、パソコンが気持ち悪がって接続中止してしまいます。(正しい判断)
別に見なくてもいいんだけど、いったいどんな危険なソフトなのかドキドキしちゃった。


明治書院は相変わらずニッチ市場狙いですね。これからは小商いの時代という意見もあるし、こういう出版社が生き残るのかも知れません。

「魏晋六朝」かと思って読んだら最初のほうは漢代で意外でした。「漢魏六朝」ってちゃんとタイトルに書いてあったわ。晋も入ってます。

そうだ曹植の読音は「そうち」になってました。作者の石川 忠久氏は東京大学出身だそうです。
三曹はだいたいいつものやつですね。曹植の「白馬篇」も入ってます。

「短歌行」の解説で面白いと思ったのが

四句ごとに韻が変わり、それがひとまとまりになっている。すべて八段落からできている楽府。

「魏 短歌行」『漢魏六朝の詩〈上〉』
石川 忠久 (著) 明治書院


というところ。知りませんでした。そんなにしょっちゅう韻が変わってメロディーつけにくくなかったのでしょうか。


あとは「苦寒行」(寒そうなタイトルだ)の解説に

難儀なさまをいろいろに誇張して述べるところが、見どころの一つ。七・八句目、熊羆と虎豹の対句は、結局、「恐ろしいけものも襲ってくる」ということを二句繰り返している。

「魏 苦寒行」『漢魏六朝の詩〈上〉』
石川 忠久 (著) 明治書院



外出するたびに森の熊さんやライオンやタヌキ白い動物に襲われる魏武。苦難の人生です。
もし蜀に侵攻してたら山道でパンダに襲われたのではないでしょうか。ロズウェルに行けば宇宙人にアブダクトされたことでしょう。


あと陳琳の「飲馬長城窟行」に

男児寧当格闘死



という句があるのに気づきました。「格虎」の「格」って「格闘」の「格」なんですね!(理解遅すぎ)
でもこの句パっと見て「男児当自強」かと思いません?






これは便利!

男兒當自強(喇叭) 北京語版ピンイン読み付



今日の格言:着衣の辮髪一人は半裸の辮髪百人に勝る(by XiaoQ)
'男兒當自強' - 'A Man of Determination'

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2010年 01月 28日 |
だいぶ前に途中まで書いて忘れてたネタを掘り出してきました。


全訳ではなく精選ですが、「よりぬき世説新語さん」なので面白い話が多く、訳も読みやすい。
このシリーズは白文と現代語訳が両方掲載されてるところがいいですね。語釈も親切です。
訳語に「パンツ」とか「パンチ」とかあってなごみます。


「世説新語」で三国・魏晋関連はたいがい読んでるつもりだったのですが、こんなのがありました。



劉令言(劉納)は洛陽に入った当初、名士たちに会い、ため息まじりに言った。「(略)張茂先(張華)はわたしには理解しきれぬ人(略)。」

「品藻 第九」
『中国古典小説選3 世説新語―六朝2』 竹田 晃 (著), 黒田 真美子 (編集) (明治書院)


やっぱり張華さんは同時代人には理解されない人だったのですね・・・私にも理解できん。
でも司空になってるので妖怪退治と美食解明だけでなく、ちゃんと三公の職務も果たしていたのでしょう。




品藻第九
8.
劉令言始入洛,見諸名士而歎曰:「王夷甫太解明,樂彥輔我所敬,張茂先我所不解,周弘武巧於用短,杜方叔拙於用長。」






張華さんといえば「古今圖書集成」で検索してたらこんなのが


【方輿彙編山川典 /遼河部/彙考】

◇卷號→ 山川典 第 200 卷
《博物志》曰:魏武於馬上逢獅子,使格之,殺傷甚眾。王乃統率常從健兒數百人,擊之。
獅子哮呼奮越,左右咸驚。王忽見一物從林中出,如貍,超上王車軛上。獅子將至,此獸便跳上獅子頭上,獅子即伏不敢起。於是遂殺之。得獅子而還,未至洛陽四十里,洛陽雞狗皆無鳴吠者也。



なんかどっかの川の説明に引いてあるみたいなんですけど(私に古典の解読は無理なの)、何ですかねこれ。こんなの書き留めておくなんて張華さんってホントにヘンな人だなあ

もしや話題の「華南虎」もとい「格虎」!?と思ったらライオンの話題だった。

わたし流解釈

魏武が馬で行軍してたらライオンに会いました。マッチョマン数百人を投入しましたが強敵です。
すると突然ブッシュの中から(どこ?アフリカ?)タヌキが飛び出してきてライオンをやっつけてくれました。

このタヌキはもしや「白いすべすべ動物」ではないでしょうか、どういう理由でか(なでてもらったからか?)恩返しに来たのでは?
ライオンは持って帰ったんですね、でもタヌキがどうなったのか書いてない。


あ、なんだライオンと怪物の話は水經注なのか(ってこの本持ってるんですけど私・・・)

遼水のあたりみたいです。
維基文庫,自由的圖書館
http://zh.wikisource.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B6%93%E6%B3%A8/14

水經注/14
《魏書·國誌》曰:遼西單於蹋頓尤強,為袁氏所厚,故袁尚歸之,數入為害。公出盧龍,塹山堙穀五百餘裏。未至柳城二百裏,尚與蹋頓將數萬騎逆戰。公登白狼山,望柳城,卒與虜遇,乘其不整,縱兵擊之,虜眾大崩,斬蹋頓,胡漢降者二十萬口。《英雄記》曰:曹操於是擊馬鞍於馬上作十片,即於此也。《博物誌》曰:魏武於馬上逢獅子,使格之,殺傷甚眾。王乃自率常從健兒數百人擊之。獅子吼呼奮越,左右鹹驚。王忽見一物,從林中出,如貍,超上王車軛上。獅子將至,此獸便跳上獅子頭上,獅子即伏不敢起,於是遂殺之,得獅子而還。未至洛陽四十裏,洛中雞狗皆無鳴吠者也。其水又東北入廣成縣,東注白狼水。白狼水北逕白狼縣故城東,王莽更名伏狄。白狼水又東,方城川水注之。水發源西南山下,東流北屈,逕一故城西,世謂之雀目城。東屈逕方城北,東入白狼水。白狼水又東北,逕昌黎縣故城西。



前回エントリー
「中国古典小説選2」 グルメな呉の人たち


関係ありそうなエントリー

「中国古典小説選2 捜神記・幽明録・異苑他<六朝 I > 」
〔世説新語〕全家福
楊橋 - 曹操が楊修を殺した場所
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2010年 01月 24日 |
紀暁嵐って確か著作があったはず・・・と探してみるとありました「閱微草堂筆記」
見たことあるタイトルだと思ったら明治書院の「中国古典小説選」シリーズに入ってました。志怪小説なんですね!

紀昀(字・暁嵐)は存在しないお兄ちゃんたちと遊んだり、実家に狐の精が住み込みだったりとオカルトな少年時代を送ったそうです。そのせいで志怪の道に進んだのでしょうか。
ドラマの「鉄歯銅牙紀暁嵐」からはぜんぜん想像もつきません。だいたい清代にもなって文言文で志怪小説ってアナクロなお方。せめて白話で書けばいいのに。


志怪といっても魏晋のころほどオチも教訓もなく唐突に終わったりはせず一応ちゃんと作者のお言葉とかで〆てます。でもやっぱり志怪小説ですから、そこはアレな感じね。


私が気になったのはこの話。

献県は漢代のお墓があるので有名だったそうです。で、ある農夫がうっかりお墓の一つを壊してしまった。
すると幽霊にとりつかれちゃったので、陳瑞庵って人が幽霊に「お前は誰か」と聞きます。幽霊は「漢代の幽霊だよメイド・イン・献県だよ、決まってんだろ!」陳さんが「漢代には献県という地名はまだなかった」と指摘すると幽霊は黙ってしまった。

翻訳では

恐らく漢代の墓という言い伝えを、亡霊もつねづね聞いていて、それでそれにかこつけてたかってきたのだろう。しかし問い詰められるうちに自滅するとは思い及ばなかったのだろう。

「学者の幽霊退治」
中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記・子不語・続子不語―清代3
竹田晃・黒田真美子 【編】明治書院



幽霊にもニセモノがあるさすが中国。しかしこの幽霊本当は誰だったんでしょう。漢代の墓はブランド品だったので便乗してみたんでしょうか。

これとは別の話ですが「乩」という言葉が何度か出てきます。台湾にいまもタンキー(童乩)っていますね、あれと同じようなもんでしょうか。
曹操様のお墓の前で「乩」に拝んでもらったら誰の墓かすぐ分かるかも・・・とふと思った。


原文はこれですね。


閱微草堂筆記  第十四卷 槐西雜志四

第十四卷 槐西雜志四
陳瑞庵言,獻縣城外諸丘阜,相傳皆漢塚也。有耕者誤犁一塚,歸而寒熱譫語,責以觸犯。時瑞庵偶至,問:「汝何人?」曰:「漢朝人。」又問:「漢朝何處人?」曰:「我即漢朝獻縣人,故塚在此。何必問也?」又問:「此地漢即名獻縣耶?」曰:「然。」問:「此地漢為河間國,縣曰樂成。金始改獻州。明乃改獻縣。漢朝安得有此名?」鬼不語。再問之,則耕者蘇矣。蓋傳為漢塚,鬼亦習聞,故依托以求食,而不虞適以自敗也。



あとすっごいコワかったのがこれ。美男の坊ちゃんが科挙を受けるために北京郊外の寺に滞在します。なぜか毎日誰かが掃除したりお菓子を準備してくれるのです。「ここらは狐が多いらしいから、きっと美女の狐にちがいない」とこっそり覗いてみると


果たして人が現れて部屋を片付けている。よく見るとそれは長い鬚をたくわえた偉丈夫であった。恐怖して逃げ出し、翌日には居を移した。

「片思い」
中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記・子不語・続子不語―清代3
竹田晃・黒田真美子 【編】明治書院


「則修髯偉丈夫也。怖而卻走。」ってところが可笑しい。


閱微草堂筆記 第十四卷 槐西雜志四
李千之侍御言,某公子美丰姿,有衛玠璧人之目。雍正末,值秋試,於豐宜門內租僧舍過夏。以一室設榻,一室讀書。每辰興,書室几榻筆墨之類,皆拂拭無纖塵;乃至瓶插花,硯池注水,亦皆整頓如法,非粗材所辦。忽悟北地多狐女,或藉通情愫,亦未可知。於意亦良得,既而盤中稍稍置果餌,皆精品,雖不敢食,然益以美人之貽,拭目以待佳遇。一夕月明。潛至北牖外,穴紙竊窺,冀睹豔質。夜半器具有聲,果一人在室料理;諦視,則修髯偉丈夫也。怖而卻走。次日,即移寓。移時,承塵上似有歎聲。





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2010年 01月 23日 |
鉄歯銅牙紀暁嵐第4部のつづきなんですけど

陛下が娘さんが残していった詩を読んで「これは何じゃろか」とご下問になります。
紀暁嵐がすかさず「臨江仙」と答え、和珅が「臨江仙だってことは誰にでも分かる。こんな小さいことまで手柄を横取りしなくていいじゃないか!」と怒る、という場面がありました。

皇上は「おおそうか臨江仙か」とご満足のご様子。でも私は「臨江仙って何?」とポカーンとしてしまいました。

左から
乾隆帝  和珅  紀暁嵐
(質素な格好なのは召使に変装してるからです)

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乾隆帝「この詞牌は何じゃ」

d0127061_9494259.jpg

和珅「これは・・・」
紀暁嵐「臨江仙」
(セリフを奪われた和珅がものすごい顔でにらんでて笑える)




ちょっと調べてみましたよ


臨江仙
維基百科,自由的百科全書

臨江仙,詞牌名。最初是詠水仙的,調見《花間集》,以後作一般詞牌用。上下片各五句。


詞牌の名前なんですね、って詞牌って何?


詞牌
維基百科,自由的百科全書

詞牌,也稱為詞格,是填詞用的曲調名。詞最初是伴曲而唱的,曲子都有一定的旋律、節奏。這些旋律、節奏的總和就是詞調。詞與調之間,或按詞制調,或依調填詞,曲調即稱為詞牌,其通常根據詞的內容而定。宋後,詞經過不斷的發展產生變化,主要是根據曲調來填詞,詞牌與詞的內容並不相關。當詞完全脫離曲之後,詞牌便僅作為文字、音韻結構的一種定式。

一些詞牌,除了正名之外,還標有異名,或同名異調。



曲名だったんですね。同じメロディーに違う歌詞をつけたもののようです。
要は替え歌ってこと?


で「よくある詞牌」に「臨江仙60字」とありました。一定の形式で60字の詞を「臨江仙」と呼ぶのですね。
当時の人は一度聞いただけで、どの詞牌か分かったんでしょうか。


そして、有名な「臨江仙」にはこんなのが


楊慎(明朝):

滾滾長江東逝水,浪花淘盡英雄。是非成敗轉頭空。青山依舊在,幾度夕陽紅。
白髮漁樵江渚上,慣看秋月秋風。一壺濁酒喜相逢。古今多少事,都付笑談中。



なんだ「三国演義」のオープニングの詩(じゃなくて詞)が「臨江仙」なのか、あれって羅貫中のオリジナルじゃなかったんですね・・・
「念奴嬌」100字(赤壁懷古・蘇軾)も詞牌の名称だといま知りました。いやそう言えば詩(じゃなくて詞)の説明にそう書いてあったような。

毎度のことながら自分の無知と記憶力の欠如に驚かされます。


ところで(しつこく)鉄歯銅牙紀暁嵐で娘さんが残していった詞を拾ってみました。


天涯孤旅只一人
四季日夜连晨昏
秋风如霜雨似针
长夜独行久
庭院几许深
忍看邻家天伦暖
遥闻欢颜笑语声
生非命薄却如今
梦醒人不见
泪眼映孤灯



あの・・・62文字あるんですけど・・・


ネットに全文(?)が載ってました。ドラマのオリジナルなのかしら・・・でもやっぱり六十字じゃないんですけど・・・
(追記:宋詞の解説書を読むと、同じ詞牌でも字数は違うこともあると書いてありました。)


临江仙
天涯孤旅只一人
四季日夜连晨昏
秋风如霜雨似针
长夜独行久
庭院几许深
忍看邻家天伦暖
遥闻欢颜笑语声
生非命薄却如今
梦醒人不见
泪眼映孤灯
醉花阴
故道何人曾邂逅
还梦携红袖
世事剪鲛绡
更见风飘
一句衫寒透
流年泛处无交旧
花落灰心久
应待别烟萝
暗解长河
再唱抛红豆




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2010年 01月 10日 |
タイトル通り唐代の人々は漢詩(というか唐詩ですか)をどんな発音で詠んでいたのか考察する本です。

中国語の音韻について、目からウロコが何枚も落ちるようなことがいっぱい書いてありました。現代中国語の学習者にも有用な本だと思います。

とにかく漢文の素養のない私、最初のほうに「江南春」の訓読が載ってるのですが、


南朝四百八十寺

って

ナンチョウシヒャクハッシンジ


って読むのですね。教えてもらわなければ「なんちょうよんひゃくはちじゅうじ」と読むところでした。

この「十」をなぜ日本語で「シン」と訓読するのかの追及がとても面白かった。べつに日本人が訛ってるとかじゃなくて、ちゃんと中国の学説にのっとって読んでるそうです。
しかし現代中国でもこの部分の「十」は普通と違う発音で読むのでしょうか・・・


こういう本は図表が理解のポイントになりますが、四声の変遷の図表がとても分かりやすい。この本のいちばんの読みどころです。

四声の研究者として陳寅恪の説が引かれてたりして、陳先生いろんな研究してるんですね。


中国語にはかつて「有声音」(日本語でいう濁音、現代の標準中国語はすべて「無声音」で「有声音」はないの)があったようなのですが、その証拠が「群」の日本語音「グン」に残ってるとか面白かった。(いまの標準中国語だと「qun」で無声音)
陳群さんの名前も有声音で発音していたのでしょうか。


最後に杜牧の「江南春」などの復元が載ってます。残念ながら発音は載ってますが音声ファイルがついてません。あとがきにユーチューブで聞けるようにしたいと書いてありましたが。待ち遠しいですね。


この本とは無関係だと思いますが、youtubeに中古漢語で唐詩を朗読してる人たちがいるのを見つけました。

私にはホーロー語に聞こえるが・・・「十」の発音とか。
「月」が「ng-」で始まっててビックリしましたが、客家とかも「ng-」なんですね・・・ちょっと方言研究にハマりそう・・・

他の人は「広東語に聞こえる(by台湾人)」とか「台湾語に聞こえる(by香港人)」とかコメントつけてる。「中国語のどっかの方言」に聞こえるってことでしょうかね。

でも最初は驚くけど、よく聞くとたしかに「將進酒」だと分かりますね。


李白 將進酒 中古漢語朗讀





もっとスゴイのは詩経の上古漢語朗読です。これは・・・イスラム語かと思った・・・

そういえば二重子音については『中国の諸言語―歴史と現況』とかにも書いてありましたが、実際に聞くと衝撃的です。

《關雎》は「レッドクリフ」で関羽が子供たちに教えてた詩ですね、映画では現代中国語でしたが。


《關雎》上古漢語朗讀




これとは別に「上古漢語歌詩経玄鳥」っていうのがアップされてて、それがどういうわけか日本語みたいに聞こえるんですよ。コメントにも日本語みたいとか韓国語みたいとかフランス語みたいって書かれてて、よく見ると作者は日本人のようです。

上古漢語でも「日本口音」って出ちゃうものなのねえ・・・とちょっとしんみりしました。


いっしょうけんめい上古漢語取得してタイムトラベルしても曹操様に「汝何有“矮國口音”邪?」とか指摘されちゃうのかしら。
(「尋秦記」の古天楽は広東語で通じてたようだが)
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2009年 12月 15日 |
「中国古典小説選2 捜神記・幽明録・異苑他<六朝 I >」 明治書院


明治書院ってこの出版不況にマニアックな本で頑張っているところがスゴイです。
ここの本は原文も訳文もついてるので好きだ。
今回の翻訳は若い人も参加してるせいかファンキーで笑えるのが多くて良いです。


六朝の色々な志怪小説のアンソロジーになってます。
曹丕の「列異伝」が入ってるというので珍しいかと思い読んでみました。
でも本当に曹丕の選かどうか疑わしいんですって。張華が作者という説もあるそうです。

「列異伝」からは16編えらばれてます。ただ「捜神記」などとかぶってる話がほとんどなので、それほど新味はないです(まあ偉そう)。


これは・・・!と思わされたのが、「度朔君」という妖怪の話で、登場人物は袁紹、張郃、曹公と豪華です。「捜神記」にも入ってるそうですが知りませんでした。

話の詳細は「捜神記」などをご覧いただくとして(不親切也)、曹公が狩りをして小鹿みたいな動物を捕らえます。明らかに妖怪なのですが


毛はやわらかく可愛らしかった。曹操は顔を撫でたが、動物の名前は見当がつかなかった。

「度朔君」
「中国古典小説選2 捜神記・幽明録・異苑他<六朝 I >」 明治書院



原文では「毛軟滑可愛。公以摩面,莫能名也。」
すべすべしててカワイイから撫でてみたのでしょうか。殿は可愛ければ何でもいいのか・・・
(ここでヘンな想像してしまった人は私と一緒に壁に向かって反省しましょう)。


この話を本当に曹丕が収録してたとしたらやっぱり妙な親子だと思う。自分の親が妖怪をなでなでした話ってやはり普通は収録しないでしょう・・・



搜神記 第十七卷

袁紹,字本初,在冀州,有神出河東,號度朔君,百姓共為立廟。廟有主簿大福。陳留蔡庸為清河太守,過謁廟,有子,名道,亡已三十年,度朔君為庸設酒曰:「貴子昔來,欲相見。」須臾子來。度朔君自云:「父祖昔作兗州。」有一士,姓蘇,母病,往禱。主簿云:「君逢天士留待。」聞西北有鼓聲,而君至。須臾,一客來,著皂角單衣,頭上五色毛,長數寸。去後,復一人,著白布單衣,高冠,冠似魚頭,謂君曰:「昔臨廬山,共食白李,憶之未久,已三千歲。日月易得,使人悵然。」去後,君謂士曰:「先來,南海君也。」士是書生,君明通五經,善禮記,與士論禮,士不如也。士乞救母病。君曰:「卿所居東,有故橋,人壞之,此橋所行,卿母犯之,能復橋,便差。」曹公討袁譚,使人從廟換千疋絹,君不與。曹公遣張合毀廟。未至百里,君遣兵數萬,方道而來。合未達二里,雲霧繞合軍,不知廟處。君語主簿:「曹公氣盛,宜避之。」後蘇井鄰家有神下,識君聲,云:「昔移入湖,闊絕三年,乃遣人與曹公相聞,欲修故廟,地衰,不中居,欲寄住。」公曰:「甚善。」治城北樓以居之。數日,曹公獵得物,大如麑,大足,色白如雪,毛軟滑可愛。公以摩面,莫能名也。夜聞樓上哭云:「小兒出行不還。」公拊掌曰:「此子言真衰也。」晨將數百犬,繞樓下,犬得氣,衝突內外。見有物,大如驢,自投樓下。犬殺之。廟神乃絕。



もうひとつ「列異伝」から、これも「捜神記」に入ってるのですが「白頭公の木(張遼)」という話です。主人公は魏の張遼(遼来来とは別人)。
どういう話かというと、張遼が木を切らせようとすると、赤い汁が流れてきたという内容です。

・・・なんだか聞いたような話ですね。
しかし張遼さんは気にせず切り倒したら出世したようです。よかったね。

この話が演義では曹操様が木の祟りで苦しむ話になってしまったのでしょうか?
もしそうだとしたら曹丕のせいじゃないとはいえ、やや親不孝のような気がします。


演義はこんなの。

三國演義 第78回 治風疾神醫身死 傳遺命奸雄數終
操大怒曰:「吾平生遊歷普天之下,四十餘年,上至天子,下至庶人,無不懼孤;是何妖神,敢違孤意!」言訖,拔所佩劍親自砍之:錚然有聲,血濺滿身。操愕然大驚,擲劍上馬,回至宮內。是夜二更,操睡臥不安,坐於殿中,隱幾而寐。



「捜神記」はこんな感じ。

搜神記 第十八卷
魏,桂陽太守江夏張遼,字叔高,去鄢陵,家居,買田,田中有大樹,十餘圍,枝葉扶疏,蓋地數畝,不生穀。遣客伐之。斧數下,有赤汁六七斗出,客驚怖,歸白叔高。叔高大怒曰:「樹老汁赤,如何得怪?」因自嚴行復斲之。血大流灑。叔高使先斲其枝,上有一空處,見白頭公,可長四五尺,突出,往赴叔高。高以刀逆格之,如此,凡殺四五頭,並死。左右皆驚怖伏地。叔高神慮怡然如舊。徐熟視,非人,非獸。遂伐其木。此所謂木石之怪夔魍魎者乎?是歲應司空辟侍御史兗州刺史以二千石之尊,過鄉里,薦祝祖考,白日繡衣榮羨,竟無他怪。





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2009年 05月 16日 |
ニール・ゲイマンの「アメリカン・ゴッズ」にこんな一節が


中国のこういう諺を知ってるかい?ある男の命を助けたら、その男に責任を持てっていうやつ。

「アメリカン・ゴッズ」
ニール・ゲイマン (著)  金原 瑞人, 野沢 佳織 (訳)
角川グループパブリッシング

「ある人間を助けたら、一生その人間に責任を負う」
「川で溺れてる人を助けたら、その人の命に責任を持つことになる」
というような言葉を、「中国の諺」として何度か聞いたことがあるのですが、どれも中国ではなく欧米の小説やドラマだったような。

中国的報恩・報仇の観念から外れてるように思うんですけど。本当に中国にあるんでしょうかこんな諺。



「アメリカン・ゴッズ」には世界中のいろんな神さまが登場するのですが、「男女七人の中国人」と「五人の日本人女性」の正体が分からず気になってます。七福神?
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2008年 03月 17日 |
円城塔の「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」 を読んでいたら、

「おとっつあんとおっかさんの仇を討ってくださるなら、この玉璽をさしあげます」
(うろ覚え)とかいうセリフがあって

「伯符、伯符なのか!?」
と思いました。(相手は袁術?)
オチなし。




あ、『ローマ帝国衰亡史』のもじりなのか。(いま気がついた。遅)
「The History of the Decline and Fall of the Eastern Han Dynasty」 とかいうのもありか。
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