不可思議な数
2014年 06月 05日 |
(今日の記事はただの八つ当たりです)


英語の不可算名詞がよく理解できません。
水とか砂とかは数えられないので不可算名詞ってやつです。
何度聞いても文法書の説明が間違ってるとしか思えない。

wikiのMass nounにも典型例としてliquids (water, juice), powders (sugar, sand)が挙げられています。

Mass noun(uncountable noun)
In English (and in many other languages), there is a tendency for nouns referring to liquids (water, juice), powders (sugar, sand), or substances (metal, wood) to be used in mass syntax, and for nouns referring to objects or people to be count nouns.


親切な先生に懇切丁寧に説明してもらっても、地球上の(外宇宙の水や砂は考慮しないとして)水や砂はいくら多いといっても有限なんだから数えようと思えば数えられるのに・・・

イギリス人って根性が足りないんじゃないの?

と思えてなりません。

それに「数えられない」と決めつける前に「もっと数え方に工夫はできないのか?」と考える努力はしたのでしょうか?
中国語だと
コップ一杯の水なら 一杯bēi水
たらいに入ってるなら 一盆pén水
顔に水がかかったら 一脸liǎn水
ひとつまみの水なら 一捏niē水
ひとすじの流れなら 一条tiáo水
いちめんの水なら 一片piàn 水
中国人が「これ数えられないあるよ」と泣き言を言うのを聞いたことがありますか?

イギリス人って工夫が足りないんじゃないの?

私が腹立たしいのはこんなに計量能力に乏しいイギリス人の作った数量把握方式がグローバル言語とされていることです。


とか立腹してるときに面白いことが書いてある本を読みました。
「不可思議」という単位が仏典にあるそうです。


この不可思議の原語はアチントヤと言ったが、じつはこのことばは物の単位で最高位を表す位である。(略)
不可思議の数の位についてはヒントとして一つの譬えが教えてくれる。この譬えは仏典に「ガンジス川の砂の数ほど」という表現で頻繁に出てくる。ガンジス川の砂は手に取って数えることはできるが、ガンジス川の砂をすべて数えきることは一生かけてもできないという意味だが、この表現には多生をかけて数え続けると数えきれないとは言えないという意味も含まれている。また、大海の水は容器で一杯ずつ数えながら汲み出せるが、一生かけても数えきれるものではない。と言って多生をかければ数えきれないとは言えない。そのような数を不可思議と言っている。
これらの譬えは不可思議の数の意味でもある。ガンジス川の砂も大海の水も数えきれないとは言っても、まったく不可能ではないと教えている。

「仏教の真実」
田上 太秀 (講談社現代新書)


さすが数学に秀でたインド人の考え方は精密ですね。
ほらやっぱり砂も水も数えられるじゃん、根性だせよイギリス人!とわが意を得た思いです。

私は中国人の話を聞いてて感嘆するのが面倒になったとき(中国人話ながいから)はよく
“哇,好不可思議啊~”(へーすっごくフシギね~)
で締めくくって会話を終了させてしまうのですが、数の単位だったとはね~、好不可思議啊~(←こんな感じ)


漢典には

不可思议(不可思議)  bù kě sī yì
1.佛家语。指思维和言语所不能达到的微妙境界。
2.形容事物无法想象或难以理解。



wiki中文版には

不可思議,是佛教術語,可以是指佛的智慧與神通。另外不可思議也是一數字單位。
元代朱世傑『算學啓蒙』首次記載不可思議這個單位。無量數是那由他(10112)的萬萬倍(10120)。
日本《塵劫記》一書自寛永8年出版首度記載無量大數。 (google的計算系統中設定此數值為1.0 × 1064)




しかし逆にイギリス人が中国語を学ぶときには、「なぜ中国人はいちいち物質の形状(塊か液体か幅広いか薄っぺらいか群れか並んでるかetc)を気にするのか?」と量詞に悩まされたりするんでしょうか。
英語は量詞がないぶん習得しやすい言語なのか?(私にはそうは思えないけど)


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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