三晋は晋じゃなかった
2014年 01月 23日 |
《大秦帝国》を見てるとよく「三晋」という言葉が出てきます。
晋が3つあるのかと思っていたら、そうじゃなくて趙・魏・韓のことだそうです。

もともと晋という国があったのですが、家臣の趙さんと魏さんと韓さんがお家を乗っ取って自分たちの国を建国しちゃって晋はなくなっちゃったんですって。
だから趙・魏・韓は国名と君主の姓が同じなんですね!

その後、もと晋だった三カ国を「三晋」と呼ぶそうです。「もと晋」のほうが分かりやすいのに。
晋がどうしてそんなに簡単に乗っ取られたかというと「驪姫の乱」のあと、公室の公子たちを殺してしまい、公族がいない状態だったの。そこを重臣たちにつけこまれたらしいです。
馬鹿息子でも活かしておけば他人の防御柵くらい役には立つって教訓なのでしょうか?


ところで趙さんと韓さんって名前に聞き覚えがあると思ったら、チェン・カイコーの映画《趙氏孤兒》ですね。
あの映画は分割される前の晋の話だったんですね。(←いまごろ分かった)
いかにもバカ殿っぽい殿が晋の霊公だそうです。
鮑國安が趙盾、趙文卓が趙朔。黃曉明が韓厥。魏さんは登場しなかったようです。

映画では語られてませんが、韓厥は早くに父を失って趙盾に育てられたんですって(とウィキに書いてある)。それで趙家の敵討ちを手伝っていたんですね。鮑國安老師が黃曉明を育てたなんて想像するだけで萌える設定です。


あ、霊公を演じてた彭波は《大秦帝国之縦横》で楚懐王(すげカワイイ)を演じてる人でした。
バカ殿専属俳優なのでしょうか。


今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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