宮崎市定全集12 「水滸伝」 岩波書店 「水滸伝と江南民屋」 
2013年 01月 28日 |
「宮崎市定全集12 水滸伝」
岩波書店

「水滸伝と江南民屋」を読んで目からウロコがぼろぼろと落ちたので感想を書きます。(とても長いです)

年末から《水滸伝》を読み始めています。(中文版と岩波少年文庫版を並行して)
《水滸》は中国北方の話なので(ですよね?)、家屋は北京の四合院を想定しながら読み進めていたのですが、どうも脳内想定と書いてあることが合わない。

四合院っぽい想定



林教頭の初登場部分を読んでるのですが、民家は二階建てみたいだし、街路と家屋をへだてる石塀や鉄扉や中庭は存在せず、どうやら往来からそのまま部屋に入るみたい?
読みながらどうしても《上海灘》や《黄飛鴻》っぽい建物を思いうかべてしまって困ってました。

上海っぽい


フェイホンっぽい



「水滸伝と江南民屋」を読むと、


さて水滸伝は北宋時代、国都開封府を中心とした華北を主たる舞台とした物語と称せられるが、実際に篇中の人物の行動する背景となっている家屋の構造は、江南の楼房そのままなのである。普通に華北の家屋は平房が殆んどであるとされているのが事実なら、水滸伝の描写は実際とあわない。だから地名は華北の某県となっていても、むしろこれを江南の某市鎮だと思って読んだ方がよく理解できるのである。これは言いかえれば、水滸伝は物語の核心が若し宋代にあったとしても、その完成は遥かに時代の下った明代、しかも場所は蘇州を中心とした江南において行なわれたという通説を裏書するものに外ならない。
水滸伝の物語中の人物の行動が屋内で行われる時、その推移を理解する為には、その背景をなす家屋の構造を知らなければならない。そしてこの事はさまで困難なことではなく、ごく最近まで存在した上海近郊の市鎮の楼房を以て代用することが出来ると知ったのは、私にとって大きな発見であった。

「水滸伝と江南民屋」
宮崎市定全集12 水滸伝



とありました。そうか!そうだったのか!とこれだけでも目からウロコですが、そのあと実際の民家の平面図も交えた詳細な説明があってとても嬉しかった。


この一間房子は、表から入った所が略々正方形の部屋で堂、又は庁(座敷)と言い、その奥に同じ程の面積の厨(台所)がある。厨から階段で二階に通じ、二階は房(寝室)で、前後二室に仕切られる。この二階建のいわゆ
る楼屋・楼坊は、中国人に最小限度必要な生活空間であり、その原則は平家、すなわち平房と同一である。平房は左右に長く、奥行の浅い矩形の建物を主体とし、中央の室が庁で、その右(又は左)に厨があり、左(又は右)に房がある。房は普通前後の二室に仕切られる。さてこの一房を切り離して、庁・厨の上に重ねて二階とし、その方角を直角に向けかえれば、 一間房子の楼房となるのである(第一図、第二図)。

「水滸伝と江南民屋」
宮崎市定全集12 水滸伝



画像無断転載



原著の挿絵もありました



上海の老房っぽい建物を想像して正解だったんですね。
門扉の説明。


街路に面した一間房子の入口、大門は、四枚の門扉によって区切られている。この屏は日本で明治頃まで主婦が使用した張り板のような恰好をした細長い頑丈な板戸で幅が約二尺(六六糎)、高さ約六尺位である。蝶番を用いず、片側の上下につけた枢(とぼそ)を軸として回転すること、日本古建築の門扉と同様である。注意すべきことはこの扉は閉った時には、どんなに力を用いて揺っても、上下にも左右にも微動だにしない。従って取り外すことも出来ない。若し取り外そうと思えば扉を直角に開けると、枢を上へ持ち上げて外すことが出来る。そこで家人は門を閉めた後に、内部に門をさし、左右の扉を密着固定させる。こうすれば扉を開くことも、取外すことも出来ない。従って内部からは錠前を用いずに戸締りが出来るのである。

「水滸伝と江南民屋」
宮崎市定全集12 水滸伝




その武大の帰る頃を見計らって、軒に吊した葦簾(よしすだれ)を取込むのが金蓮の日課となっている。前述のように表口の扉は板戸であるから閉めてしまうと、内部が真暗になる。己むを得ず中央の二枚を開け放しにしておくのだが、そうすると今度は、通りから内部が丸見えになる。そこで葦を編んだ簾を下げて目隠しにするので、夕方になれば簾を外して内に取りこみ、扉を引き寄せておくのである。
ある夕方、金蓮が掛竿を右手に持ち、簾を外そうとして受けとめ損ね、折しも往来を通行中の男の頭巾の上に落とした。

「水滸伝と江南民屋」
宮崎市定全集12 水滸伝



「葦簾」の部分は原文では「當日武大將次歸來,那婦人慣了,自先向門前來叉那簾子。」(第二十四回 王婆貪賄說風情 鄆哥不忿鬧茶肆)(以下下線ブログ主)

扉にはすだれを吊るしてあったんですね。
ここの部分↓の謎が解けました。


陸虞候道:“阿嫂,我同兄長到家去喫三盃。”林沖娘子趕到布簾下叫道:“大哥,少飲早歸。”林沖與陸謙出得門來

水滸傳(維基文庫)
第七回 花和尚倒拔垂楊柳 豹子頭誤入白虎堂



林教頭は官職はなくても禁軍の武術コーチなのでそれなりの家に住んでるんだろうに、なぜドアにカーテンがぶらさがっているのだろうか?なんか京の町家か大阪の商家みたいじゃない?
と思ったのですが、実際に扉にカーテンがさがっていたのですね。

そしてこれまた謎に感じた二階建てについて。


厨房の側壁に階段を設けて二階へ上る通路とするが、この階段は粗末な掛梯子にすぎないものから、側面に抽出しの取手を取りつけた胡梯、すなわち箱梯子まで、いろいろな形態がある。
厨房から上ってゆく階段であるから、その出口は当然、二階の一裏側の室である。ところでこの部屋は出入口に近いので、機能の上から言ってこれを前房と称することは注意されてよい。前房から房門によって表側の室に通ずるが、これがすなわち後房である。後房とは言いながらその正面の窓は大門の真上に当たり、その下は市人の往来する街路なのである。
前房は裏側に窓を設けて光線を採る。階段の上り口、楼門には必要があれば蓋をかぶせて、階下との交通を遮断するような仕掛けも出来ている。穴蔵に蓋をするようなものだと思えばよい。長期に亘って留守し、二階を使用しない時などに、この仕掛が必要である。

「水滸伝と江南民屋」
宮崎市定全集12 水滸伝




当てつけられたと思った金蓮は腹を立てて、階段を駆け下りると中途に立止って、散々武松に悪態をついてから厨に下り立ち、再び二階へ上ろうとしない。この家の階段が胡梯とあるのは、箱梯子であって、小箪笥を積み重ねたような段梯子であるから、踏段の面が広く、どんなに長く毒づいていても、足許がびくともしないのだ。

「水滸伝と江南民屋」
宮崎市定全集12 水滸伝




林娘子が夫が倒れたと陸謙の自宅におびき出される場面で、酒楼じゃあるまいし士大夫の家がどうして二階建てなのかと不思議でしたが、江南の民家だから二階建てなんですね。
しかも勝手に二階にあがっちゃって・・・と思ったのですが、民家はどれも同じつくりなので、親友同士で飲むなら二階に決まってると咄嗟に階段を上がったのでしょう。

この部分です。

直到太尉府前小巷內一家人家。上至樓上,只見桌子上擺著些酒食,不見官人。恰待下樓,只見前日在嶽廟裏囉娘子的那後生出來道:‘娘子少坐,你丈夫來也。’錦兒慌慌下得樓時,只聽得娘子在樓上叫殺人

第七回 花和尚倒拔垂楊柳 豹子頭誤入白虎堂




そして林教頭が陸謙の自宅に駆けつけてみると門が閉まっているので「女房、開けろ!」と叫ぶ場面。
禁軍の武術コーチが門の前につったって「開けて~」と呼んでるのはあまりにマヌケ・・・※と思ってたのですが、中から閉めてしまうと外からは開けられないつくりになっていたのでしょう。


三步做一步跑到陸虞候家,搶到胡梯上,卻關著樓門,只聽得娘子叫道:“清平世界,如何把我良人妻子關在這裏?”又聽得高衙內道:“娘子,可憐見救俺。便是鐵石人,也告的回轉。”林沖立在胡梯上叫道:“大嫂開門。”那婦人聽的是丈夫聲音,只顧來開門。高衙內喫了一驚,挖開了樓窗,跳牆走了。林沖上的樓上,尋不見高衙內,問娘子道

第七回 花和尚倒拔垂楊柳 豹子頭誤入白虎堂



林夫妻と侍女が帰宅する途中、近所の家がすべて門を閉ざして街路には誰もいないという描写も、四合院のように立派な石塀と鉄扉のある邸宅が立ち並んでいるのではなく、町家がいずれも板戸をぴったり閉めきって、背後で息を殺して覗いている様子を想像するほうがよいのかと思いました。


將娘子下樓,出得門外看時,鄰舍兩邊都閉了門。女使錦兒接著,三個人一處歸家去了。

第七回 花和尚倒拔垂楊柳 豹子頭誤入白虎堂



宮崎市定先生のご本は素晴らしい。
もっとこういう解説を読みたいのですが、出版されてないんでしょうか?



※このシーンについては「高衙内と鉢合わせしてしまうとまずいので、わざと大声を出して逃げる時間を与えた」と《百家講壇》で言ってました。

今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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