〔原文で楽しむ古典〕 史記 《張良伝》 一
2012年 10月 28日 |
長年(このブログ始めてからずっと)「現代中国語で古代の中国語を読むための教科書がない」と文句ばっかり言ってたのですが、ふと「ないなら自分で勝手にやってもいいんじゃないの?」と思いついたのでやってみます。

他のブロガーの方たちが原書読書会とかテキスト勉強会を開いてらっしゃるので羨ましくなったの。
でも現代中国の小説は好きじゃないし、テキストの地道な勉強も苦手なので。
(・・・じゃあお前は何ができるんだよ・・・)

これから来年の電視劇《楚漢伝奇》の予習を兼ねて、史記《留侯世家》を原文で読みます。

ルール:
1.訓読不可
2.日本語資料は原則参照しない


進め方:
1.原文を読む
2.現代中国語の注釈を参照にしながら現代中国語として理解する
3.現代日本語に訳す(面倒になったら訳さなくてもOK)

テキストはネットから拾ったので正しいかどうか分かりませんが、あまり細かいことは気にしません。
興味のある方は生ぬるく見守っていただければ幸いです。

今日はこの部分


史記《留侯世家》

留侯張良者,其先韓人也。大父開地,相韓昭侯、宣惠王、襄哀王。父平,相釐王、悼惠王。悼惠王二十三年,平卒。卒二十歲,秦滅韓。良年少,未宦事韓。韓破,良家僮三百人,弟死不葬,悉以家財求客刺秦王,為韓報仇,以大父、父五世相韓故。



・・・しかしいきなり壁にぶつかりました。
ネットには現代中国語訳はいくらでもあるけど、単語と文法の注釈が見つからない。
日本語の資料に頼るしかないのか・・・
とりあえず今日は自力でやってみて、今度ちょっと図書館で史記を借りてきます。(・・・買えよ・・・)



■留侯 liú hòu 秦末, 张良运筹帷幄,佐刘邦平定天下,以功封留侯 。诗文中常用为称颂功臣之典。
■者 zhě 助词,表示语气停顿并构成判断句的句式:陈胜~,阳城人也。
■先 xiān 家族或民族的较早的一代或几代。


留侯張良者,其先韓人也。

(日)留侯・張良は祖先が韓人でした。



張が姓、良が名、留侯は領地にちなんだ敬称(?)ですね。
史記は字(あざな)は教えてくれないのかな。

ところで「韓」って大韓民国のことじゃないって知ってました?
私はいま地図を見て始めて知りました(こんなので史記を原文で読もうというのは無謀すぎる・・・)
小国なのに秦と魏と楚に囲まれてますね。こりゃ早晩滅びるね。

資料 from wiki(画像も)

韓國國土主要包括今山西南部及河南北部,初都陽翟(今河南省許昌市禹州),滅鄭國後遷新鄭(今河南鄭州新鄭)。






■大父 dàfù 祖父
■韓昭侯 韓昭釐侯(?-前333年),名武。前362年─前333年在位。戰國時代韓國的第六任君主。
■韓宣惠王 韓威侯,即韓宣惠王(?-前312年),戰國時期韓國君主,韓釐侯之子,在位21年。
■襄哀王 韓襄王(?─前296年),原名韓倉,在位期間楚攻韓雍氏城五個月
■韓釐王(?-前273年),韓襄王之子,名咎。
■韓悼惠王 韓桓惠王(?─前239年)


大父開地,相韓昭侯、宣惠王、襄哀王。父平,相釐王、悼惠王。

(日)祖父の張開地は韓の昭侯、宣惠王、襄哀王の相でした。父の張平は相釐王、悼惠王の相でした。



張パパはウィリアム・チョンみたいな名前ですね。(無関係)
相っていうのは総理大臣のことでいいのかな。


■卒 zú 死亡
■年少 niánshào 年纪轻
■宦 huàn 官,做官:官~。仕~。~海。~游。


悼惠王二十三年,平卒。卒二十歲,秦滅韓。良年少,未宦事韓。

(日)悼惠王の二十三年(BC250年)に父の張平が死にました。張平が死んで20年すると、秦が韓を滅ぼしました(BC230年)。張良は若くてまだ韓の役人になっていませんでした。



wikiによると「前230年:秦滅韓,虜韓王安,以其地置潁川郡。韓亡。」だそうです。
秦が滅びたときパパが亡くなって20年ってことは、張良は少なくとも成人はしてたと思うんですけど、仕事はしてなかったんでしょうか。たぶんニートだったのですね。


■破 pò 打败
■家僮 jiā tóng 亦作“ 家童 ”。 旧时对私家奴仆的统称。
■葬 zàng 掩埋死人,泛指处理死者遗体。
■悉 xī 尽,全:~力。~心。~数(shǔ)(完全列举,如“不可~~”)
■客 指奔走各地从事某种活动的人:说~。政~。侠~。
■刺 暗杀:~客。被~。行~。
■故 gù 原因:缘~。原~。


韓破,良家僮三百人,弟死不葬,悉以家財求客刺秦王,為韓報仇,以大父、父五世相韓故。

(日)韓が敗れると、張良には奴隷が300人いましたが、弟が死んでも葬式も出さず、家財はすべて秦王を暗殺するための刺客の募集に使い、韓のために復讐しようとしました。それは祖父と父が韓で5代の王の宰相を務めたからです。



二人で5代の宰相って在任期間長いですね!選挙がないと任期が長いね。(そこか)
あ、今日の部分終わっちゃった。

まるで自分一人で訳したように見えたかも知れませんが、現代中国語訳を参照にしながら訳しました(ていうか現代中国語を日本語に訳しただけっていうか)。

だから答えだけは分かるのですが、どうしてそうなるのか分からない。特に文法部分。
上の部分でも

家財求客刺秦王
大父、父五世相韓故。

とどっちも“以”があるけど、どうしてこんなところに“以”があるの?これ何?
そういえば「古漢語字典」を持ってたんだった、と思い出して引いてみると


・动词。用,任用,使用。
・介词。把。
・介词。因。由于。

と載ってました。
“悉以家財求客刺秦王”は現代中国語訳が“用全部財產尋求勇士謀刺秦王”なので動詞の「使う」なのかな。介詞の“把”ではなさそう。
“以大父、父五世相韓故”のほうは介詞の「因。由于。」ってことですね。


これが現代中国語訳です。

白話:
侯張良,他的先人是韓國人。祖父開地,做過韓昭侯、宣惠王、襄哀王的相。父親平,做過釐王、悼惠王的相。悼惠王二十三年(前250),父親平去世。張良的父親死後二十年,秦國滅亡了韓國。張良當時年紀輕,沒有在韓國做官。韓國滅亡後,張良家有奴僕三百人,弟弟死了不厚葬,用全部財產尋求勇士謀刺秦王,為韓國報仇,這是因為他的祖父、父親任過五代韓王之相的緣故。



原文の注釈(史記の注釈か?)だけネットに載ってましたのでつけておきます。しかしあまり役にたたない。
文法説明もしてほしい。

〔一〕索隱韋昭云「留,今屬彭城」。按:良求封留,以始見高祖於留故也。正義括地志云:「故留城在徐州沛縣東南五十五里。今城內有張良廟也。」
〔二〕索隱漢書云字子房。按:王符、皇甫謐並以良為韓之公族,姬姓也。秦索賊急,乃改姓名。而韓先有張去疾乃張譴,恐非良之先代。
〔三〕索隱良既歷代相韓,故知其先韓人。顧氏按:後漢書云「張良出於城父」,城父縣屬潁川也。正義括地志云:「城父在汝州郟城縣東三十里,韓(里)〔地〕也。」
〔四〕集解應劭曰:「大父,祖父。開地,名。」
〔五〕集解韓系家及系本作桓惠王。
〔六〕索隱謂大父及父相韓五王,故云五代。


こんな感じでできれば来年のドラマ開始までに読み終わりたいと思います。

ところで韓の始祖って韓厥なんですね。
映画《趙氏孤児》で魔性のヒロイン屠岸賈に利用されるだけ利用されてボロ雑巾のように捨てられてたあの人。
韓は美人の名産地ってことでよろしいか。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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