「世説新語」 中国古典小説選〈3〉
2012年 07月 10日 |

中国古典小説選〈3〉世説新語 六朝2(明治書院)竹田 晃 (著)  黒田 真美子 (編集)


なぜかamazonでヒットしない・・・と思ったら「世新語」で掲載されてました。
抄訳ですが、原文に日本語と語釈がついてて良い本です。

魏武関係の日本語訳を引用しておきます。
(あとで自分で使うので)



楊徳祖(楊修)は魏の武帝(曹操)の主簿だった。当時、丞相府の門が建造されたが、たるきが組み上がったばかりの時、武帝はみずからそれを見に出かけ、人に命じて門の扁額に「活」という字を書かせると、さっさと立ち去った。楊はそれを見ると、すぐさまその門を壊すように言いつけ、壊し終わるとこう言った。
「門の真ん中に『活』と書けば、『闊』という字になる。王(当時曹操は魏王だった)は門の大きすぎるのがお嫌なのだ。」
(中国古典小説選〈3〉世説新語 捷悟第十一)


いま読んで自分の勘違いに気づきました。ドラマとかではたいていすっかり出来上がった門の柱に魏武がさらさらと達筆で書き付けて帰っていくので、あーあ全部できてからまた壊すのか・・・と思わされるのですが、実際は未完成の段階だったんですね。そしてそこまで自分の達筆を自慢しなくても・・・と思ってたら他の人に、それも柱じゃなくて扁額に書かせたのですね。


ある人が魏の武帝(曹操)に酒壺一杯のヨーグルトを贈った。武帝は少しばかり食べると蓋の上に「合」という字を書いて一座の者に見せた。人々は誰もどういう意味だかわからなかった。ヨーグルトは順送りに手渡しされて楊修のところに廻されてきた。すると修はさっさとそれを口に入れて言った。
「皆に一口ずつ飲めとの仰せなのだ。何もちゅうちょすることはない。」
(中国古典小説選〈3〉世説新語 捷悟第十一)


これもドラマだと、楊修が置いてあるヨーグルトに歩みよって盗み食い・・・ってパターンが多いような。
そして『闊』のときは「楊」と書かれているのにヨーグルトの話では「脩」なのはどういう使い分け?


魏の武帝(曹操)は、ある時曹娥の碑のそばを通りかかった。楊脩が随行していた。その碑の裏面に「黄絹・幼婦・外孫・齏臼」の八字が刻まれていうのを見て、武帝は脩に言った。
「わかるかね。」
答えて言った。
「わかりました。」
武帝は言った。
「(答えは)まだ言わないでおいてくれ。わしが考えてわかるまで待ってくれ。」
それから三十里ほど行くと、武帝はやっと言った。
「わかったぞ。」
脩には回答を別に書かせてから答えさせた。
「『黄絹』とは色糸のことです、文字にすると『絶』となります。『幼婦』とは『少女』です。文字にすると『妙』になります。外孫とは『女(むすめ)の子』です。文字にすると『好』になります。『齏臼』とは『辛(からし)を受け入れる器』です。文字にすると『辞』になります。つまり(この八字)は所謂『絶妙好辞』(すばらしい言葉。表面の碑文を讃えたのである)ということになります。」
武帝の方でも、脩と同様の回答を書きつけてあった。そこで感嘆して言った。
「わしの才が、君に三十里及ばないことが今にしてわかったよ。」
(中国古典小説選〈3〉世説新語 捷悟第十一)


「曹娥碑」の場所については以前調べました。



魏の武帝(曹操)が匈奴の使者を引見しようとしたが、自分は風采があがらず、遠国を十分に威圧することができないと恐れ、崔季珪(崔琰)を代役に立て、みずからは太刀持ちの臣を装って玉座のかたわらに立った。会見が終わってから、間諜を放って探らせた。
「魏王はどうだったか。」
匈奴の使者は答えた。
「魏王は実に押し出しがりっぱだった。しかし、玉座の脇で刀を持っていた人、あれこそ英雄だ。」
武帝はこの報告を聞くと、追っ手を出してこの使者を殺させた。
(中国古典小説選〈3〉世説新語 容止第十四) 


語釈のところに「曹操は、間諜の報告を聞き、自分のうった芝居を見破られたと察し、恥ずかしさと怒りで使者を殺させたのであろう。」と書いてあった。

けど、以前に解いてみた台湾の高校の国語の問題には
Q:曹操為何派人追殺使者?
A:使者眼光非凡,除之以絕後患
とありました。
中国のネットで同じような質問をしてる掲示板があって、そこについてるコメントにも「頭の良い敵を生かしておいては自国のためにならない」という答えが多かった。



捷悟第十一

1.
楊德祖為魏武主簿。時作相國門,始搆榱桷,魏武自出看,使人題門,作「活」字,便去。楊見,即令壞之。既竟曰:「門中『活』,『闊』字。王正嫌門大也。」

2.
人餉魏武一桮酪,魏武噉少許,蓋頭上題「合」字,以示眾。眾莫能解。次至楊脩。脩便噉曰:「公教人噉一口也,復何疑?」

3.
魏武嘗過曹娥碑下。楊脩從。碑背上見題作「黃絹幼婦,外孫齏臼」八字。魏武謂脩曰:「解不?」答曰:「解。」魏武曰:「卿未可言,待我思之。」行三十里,魏武乃曰:「吾已得。」令脩別記所知。脩曰:「黃絹,色絲也,於字為絕。幼婦,少女也,於字為妙。外孫,女子也,於字為好。齏臼,受辛也,於字為辭。所謂『絕妙好辭』也。」魏武亦記之,與脩同。乃歎曰:「我才不及卿,乃覺三十里。」

容止第十四

1.
魏武將見匈奴使。自以,形陋不足雄遠國。使崔季珪代,帝自捉刀立牀頭。既畢,令間諜問曰:「魏王何如?」匈奴使答曰:「魏王雅望非常,然牀頭捉刀人,此乃英雄也。」魏武聞之,追殺此使。




今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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