「これが見納め---絶滅危惧の生きものたち、最後の光景」
2012年 02月 27日 |
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「これが見納め---絶滅危惧の生きものたち、最後の光景」

ダグラス・アダムス , マーク・カーワディン (著)
みすず書房



内容紹介
『銀河ヒッチハイク・ガイド』のダグラス・アダムスが世界中の絶滅危惧種を見に行くという少々不謹慎な(!)旅に出た。
そこで目にしたのは……。

1990年の刊行以来、愛読者の絶えない不朽のネイチャー・ルポ。待望の初邦訳である。

種の存亡の瀬戸際にある生きものたちをとりまく荒涼たる現実、
人間の浅はかさが生む悲喜劇や、動物たちそれぞれの興味深い生態が、
小気味よいウィットと諧謔味満載で語られる。
いたるところに皮肉のきいたドタバタ劇の奥には、
ヨウスコウカワイルカの苦境をとことん思い描いて震えあがり、
観光資源化したコモドオオオトカゲを目の当たりにして恥じ入ってしまう著者の、
欺瞞のない鋭敏な眼差しがある。その観察眼は、
天安門事件前の中国社会やザイール行政の腐敗へも向けられている。


さすがダグラス・アダムスだけあって文章もユーモアがあって、深刻な話題なのに暗くない良い本です。


本文とはあんまり関係ないのですが、ヨウスコウカワイルカの取材のところにこんなことが書いてあります。


先に説明しておくと、これは1988年10月の話である。わたしは天安門広場の名を聞いたことはなかったし、世界じゅうのほとんどの人がそうだった。(略)
ただ残念ながら、中国でこれほどの安心感を---というより、少しでも安心感を覚えたのは、たぶんこのときだけだったと思う。たいていの場合、中国は不可解でいらただしく、あくまでも不透明な国だった。しかし、天安門広場のあの夜は気安かった。だからなおさら、数ヵ月後の驚きは大きかった。天安門広場があんな凶悪な変身を遂げて、広く人々の心のなかであらゆる災厄の現場に変わってしまうとは。天安門広場は現実の場所ではなく、時間のなかの基準点になったのだ。「天安門広場以前」とは、わたしたちがそこにいたときのことだ。「天安門広場以後」とは、戦車が突入したとき以後のことである。



中国語を勉強する弊害と私が思ってるのは、中国語の新聞やテレビをよく見るようになって、中国政府の一方的な言い分ばかり入ってくるようになる点です。
(人民日報やCCTVのニュースを教材にに使ってると、いつのまにか自分の思考回路も人民日報化、CCTV化しちゃいそうで心配になる)

中国では天安門事件はなかった扱いなので、だんだんあれは本当にあった事件なのか自分の記憶違いなのかと不安になってました。
でもイギリス人も目撃したんだから、あの戦車が突入して人民を殺した事件は実際にあったんだと改めて思いました。

そんだけです。



今日の記事はここまでです。多謝光顧!

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