「私の日本語雑記」
2011年 06月 27日 |
「復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録」を読んでたら何だか辛くなってきたので、「私の日本語雑記」を先に読みました。こっちは気軽に読めて楽しい。

d0127061_195340100.jpg私の日本語雑記
中井 久夫
岩波書店




中井先生の本はどのジャンルを読んでも得るところが多い。

日本の翻訳文体について


「英文解釈法」という日本独特の方法は最近まで基本的な英語解釈読解法であったが、元祖はペリーのもたらした日米間の条約の解釈であるという。公使ハリスが条約の違反に抗議してきた時、達意の日本文だった日本語版の条約文では、ハリス指摘の箇所がどこかわからない。幕府は通辞に命じて、いかに滑稽に聞こえてもよいから一語一語を逐語訳せよとした。「~するところの」式の翻訳文はこうして生まれた。この文体は不平等条約の傷痕である。

6 生き残る言語



日本人が必死に外国文化を取り込もうとした結果があの文体なのですね。
中国語についても面白いことがいろいろ書いてあった。


中国語は古代から孤立語だった。しかし元来はどうか。格助詞のような文法的小道具があったが、布の貴重さ、竹に彫る手数の故に省かれ、ついで失われたという推測を聞いた。
かりにそうだとしても、それとは別に、西から来た少数の周人が平原に住む多数の殷人を征服したようなことは繰り返し起こったにちがいない。「歳」と「年」など、同じ意味なのに二種類ある文字は、一方が多数被征服者である殷人の、他方が少数支配者である周人の字であると教わった。

6 生き残る言語



数千年前にすでに異文化(っていうのか?)の言語が混ざってるのでは、現代中国語がごちゃまぜ感ありなのも仕方がないですね。
竹に彫るのが面倒だったから省略というのが他人事と思えない・・・


言葉はわかりやすいほどよいというのは、たいていの人の固定観念かもしれない。しかし、片言のような未熟言語がないのはそのような言語は生き残れなかったということではないか。(略)
言語世界は一種のジャングルであり、個々の言語はそこに生きる生物であるとみることもできる。生物が一方で捕食法を発達させつつ、他方では針や刺や毒物や何やかやで武装しているように、英語の複雑な綴り字もわかりにくいイディオムも、ハングルの「パッチム」の難しさも武装である。(略)「簡単にわかってたまるか」という防壁でもある。その他どの言葉にもあるあらゆるとっつきにくさも、文化防衛的バリヤーでもある。これがあって初めて、外来の言語文化を安心して取り入れることができる。

6 生き残る言語



パッチムが苦手なのですが(みんな苦手よね)、これも韓国語(とハングル)の防御なら「ふふふ、愛いやつじゃのう抵抗しても無駄じゃぞ・・・」と優し~くしてあげようと思いました。


「拾遺愚草」に残る藤原定家の漢詩和訳というのが載ってて、あまりに自然な日本語(和歌だから当然)に翻訳されてて驚きました。

漢詩の日本語訳(書き下し文っていうのか)の生硬な文体が嫌いなので、やればまともな日本語に翻訳できるじゃないか!と一瞬思ったのですが、これも条約の翻訳と同じで不自然な訳文が必要だったからあーゆー文体になったのでしょうか・・・そうは言っても定家の和訳のほうが美しい。


往時渺茫都似夢
舊遊零落半歸泉

見しはみな夢のただちにまがひつつ昔はとほく人はかへらず

南窗背燈座
風霰晴紛紛

風のうへに星のひかりはさえながらわざともふらぬ霰をぞ聞く

15 日本語長詩の現実性



もとの漢詩はこれかな?

《三游洞序》白居易
往事渺茫都似夢,舊遊零落半歸泉

《村雪夜坐》白居易
南窗背燈坐,風霰暗紛紛


中国語をやってよかったと思うのは白居易のどこが良いのか分かるようになったことです。
普通話で読んでもリズムが素晴らしい。当時の音で朗読するともっと美しいんでしょうね。
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