「中国知識人の運命―陳寅恪最後の二十年」
2010年 06月 27日 |
《魏晋南北朝史講演録》 の著者陳寅恪老師の伝記。日本語訳が出てました。
でもちょっと訳文が凝りすぎで意味があまり分からなかった(悲)。

関係ありそうなところだけメモしました。
1961年に郭沫若が陳寅恪を訪ねて来るところ。



1959年2月、郭沫若は史劇『蔡文姫』創作の機会に、曹操の歴史的功績を全面的に評価する見解を発表、この年全国の学会が曹操の名誉回復に熱中するきっかけとなる。(略)
陳寅恪について言えば、曹操・則天武后・李徳裕に対する歴史上の地位の評価および関連史実の考証で、それぞれ三年前・二十五年前・二十六年前に、簡単には古びない確固たる知見を公表した。ここで前二者を以下に摘録しよう。曹操について、陳寅恪は1956年に発表した論文で書いている。

「中国知識人の運命―陳寅恪最後の二十年」
陸 鍵東 (著)  野原 康宏他 (翻訳) 平凡社


この論文の翻訳がなんと読み下し文なんですよ。意味がわからん(悲)。

<書世説新語文学類鐘会撰四本論始畢条後>の「夫曹孟徳者,曠世之梟傑也。」で始まる一文のようです。
ネットで探してみたけど全文が見つからない。


「史書を読む者は・・・なお未だ孟徳の当時の隠秘を尽くさず」と「自来武曌を論ずる者は頗る多しと雖も、その実発明する所少し」などの言葉は、陳寅恪の自負であるばかりか、すでに千年来定論のあるこの二人の歴史上の人物に対して「歴史が未だ発かざるの覆」を開き得たという彼の実感でもある。今回の郭沫若の来訪の後、中山大学が陳寅恪の気持ちを探ったところ、彼はこう言った、「郭沫若のやってる曹操・則天武后の名誉回復、その論点は自分と近い」。

「中国知識人の運命―陳寅恪最後の二十年」
陸 鍵東 (著)  野原 康宏他 (翻訳) 平凡社


郭沫若の曹操名誉回復よりも陳寅恪の方が早いんですね。

「郭沫若のやってる曹操・則天武后の名誉回復、その論点は自分と近い」
ということは、陳寅恪老師は曹操擁護派だったのですね。

この本中国では名誉毀損で訴えられて再版禁止になってるようです。日本語訳が読める日本人はラッキー。
『闲闲书话』原来《陈寅恪的最后二十年》也不能再版了啊(转载)




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