熱天和雨天---「魏晋の気風と文章及び薬と酒の関係」
2010年 04月 26日 |
「中国語翻訳実践教室」に曹魏ファン必読の魯迅「魏晋の気風と文章及び薬と酒の関係」が取り上げられてます。どこかというと


自汉末至晋末文章的一部分的变化与药及酒之关系,据我所知的大概是这样。但我学识太少,没有详细的研究,在这样的热天和雨天费去了诸位这许多时光,是很抱歉的。现在这个题目总算是讲完了。
《魏晋风度及文章与药及酒之关系》



この下線を引いた“在这样的热天和雨天”を、竹内好氏は、

①このような暑い、雨の日に、(『魯迅文集』、1953年、岩波書店)

と訳しました。この文章を書き出しから読んできた読者は、たぶん「暑くて雨の降っているその日」と読んでしまうでしょう。竹内氏は、1977年に改訳していますが、

①'このような暑い、また雨の日に、(『魯迅文集』、筑摩書房)

となっていて、これでもやはり1日のことに読めてしまいます。そのほかの訳を見てみると、

②こんなに暑い、そして雨の日に(増田渉『魯迅選集』、1956年)
③このような暑い雨の日に、(片山智行『魯迅雑文集Ⅰ』、1976年)
④こんなに暑い、雨の日に、(竹田晃『魯迅集』、1971年)

となっています。③などは、明らかに1日として訳しています。

「第一部 翻訳のための文法」
『中国語翻訳実践教室 (松岡メソッド・シリーズ) 』
松岡 榮志 , 関 久美子(イーストプレス)



で、けっきょく何日間なのかというと


しかし、これは魯迅の日記などを見てみれば、7月23日と26日の2日にわたって、2時間ずつ話されたことは明らかです。

「第一部 翻訳のための文法」
『中国語翻訳実践教室 (松岡メソッド・シリーズ) 』
松岡 榮志 , 関 久美子(イーストプレス)



たった一文翻訳するために訳者は多大な努力を払っているのですね。
魯迅を翻訳するということは、当然魯迅の生きた時代の中国についての知識が必要だし、講演内容である魏晋の歴史や文学の知識も必要になりますね。


でも・・・これだけの労力をかけて翻訳しても、読者にそれを受け止めるだけの教養や興味があるのだろうか・・・とふと疑問が。

たとえばこれがアメリカの小説なら、深い共感や知識を持って読む日本人はたくさんいると思うんです。もっともっとアメリカについて読みたいもっと知りたい!と思ってる人もいっぱいいるはず。
でも、中国に対してそれだけの興味を持ってる読者層ってあるんでしょうか。(専門に研究してる学者とかじゃなくて一般の読者のことです)

このあいだ『乾隆帝の幻玉』を読んで、詳しく楽しい訳注に感動したのですが、しかしあの本を読む人って日本に何人いるのかなあーと考えてしまったのも事実。

数人でも喜んでくれる読者がいればいい、という訳者もおられるでしょうが、潜在的な読者層を掘り起こすという努力は出版社とかはしてるんでしょうかねー、気になりますね。


ところでこの魯迅の《魏晉風度及文章與藥及酒之關係》ですが、「九月間在廣州夏期學術演講會講」って副題がついてるんです。だからてっきり9月の講演会だと思ってたのですが、今回7月23日と26日だったと知ってビックリです。

ウィキソースの《魏晉風度及文章與藥及酒之關係》には注釈も載ってて


作者這篇演講是在七月二十三 日、二十六日的會上所作的(題下注「九月間」有誤)。


だそうです。思わぬところで勉強になりました。
「中国語翻訳実践教室」は続きは出ないのでしょうか。こういう本をもっと読みたい。





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中国語検定準一級の過去問だった
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