「台湾外省人の現在―変容する国家とそのアイデンティティ」
2010年 04月 03日 |
フランス人が台湾外省人にアンケート調査して書いた本。変わったフランス人だなーと思いながら読みました。

台湾での「国語推行運動」について

さらに忘れてならないのは、当時国民党政府は一致して「国語推行運動」を推し進めており、もともと出身地の言語しか話せない多くの軍人に国語を学ぶように迫っていた。これも実際は、統治者による当時の建国計画の手段であり、その措置であった。言語統一の教育の対象は台湾人ばかりでなく、各地の方言を持つ外省人でもあったのである。(略)多くの証言によれば、少なからぬ外省人が国語推行運動に対して不満を持っていたという。

「1外省人の歴史と政治的背景」
『台湾外省人の現在―変容する国家とそのアイデンティティ』
ステファン・コルキュフ (著), 上水流 久彦 (翻訳), 西村 一之 (翻訳) 風響社



国語は外省人にとっても内省人にとっても非母語だったというのを初めて知りました。
「外省人=国語をしゃべる人」と思ってたのですが、全員が標準語話者じゃなかったんですね。
(そういえば「悲情城市」に出てくる外省人は上海語とか広東語とか喋ってましたね)

あんまり本題と関係ないんですけど、中国語の成語について。

筆者はこの種の自己の位置づけに関心を覚えるので外省人がよく使う成句を持ち出すことにした。それは『三国志演義』の「分久必和、合久必分」というものである。(略)この成句による表明は迷わず、自己を位置づけられる良い例であり、中国の文化では成句がしばしば機能することが分かった。まさに「分久必和、合久必分」という成句は、両岸統一の自信を示すものである。だが、それは理性的な思考によるものではなく、その成句を用いることで安心を与えているだけなのである。

「3アンケート調査とその回答」
『台湾外省人の現在―変容する国家とそのアイデンティティ』
ステファン・コルキュフ (著), 上水流 久彦 (翻訳), 西村 一之 (翻訳) 風響社



そうなのよ、中国の人ってどっか(チベットとかウィグルとか)の独立の話題になると「分久必和、合久必分」って言って済ませちゃうことがありますよ。いつも「・・・・・で?」って言いたくなっちゃう(言わないけど)。成語って使うと何か説明した気になって思考停止しちゃうので危険だと思う。


「解説」がまた面白い。


このような単純明快な結論は、外省人に対して少なからぬ震撼を引き起こしたようである。例えば、彼の新書の発表会に外省人作家の白先勇が友情出席していたが、婉曲に挨拶を断り、静かにその場からはなれた。また、もう一人の文化界の知名人である柏楊は、挨拶の折に外省人と呼ばれたこと自体が彼に「大きな衝撃を感じ」させたと表明した。

「解説(何義麟)」
『台湾外省人の現在―変容する国家とそのアイデンティティ』
ステファン・コルキュフ (著), 上水流 久彦 (翻訳), 西村 一之 (翻訳) 風響社



そういえば白先勇の小説には、貧乏な元軍人/外省人が多く出てきますよね。外省人ってみんな特権階級だと誤解してたので意外に思ってました。
この本はそういう貧乏なもと軍人にもインタビューしてて興味深かった。

柏楊老師はこのころまだ存命だったのですね。いろいろ感慨深い本でした。


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