中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記
2010年 01月 24日 |
紀暁嵐って確か著作があったはず・・・と探してみるとありました「閱微草堂筆記」
見たことあるタイトルだと思ったら明治書院の「中国古典小説選」シリーズに入ってました。志怪小説なんですね!

紀昀(字・暁嵐)は存在しないお兄ちゃんたちと遊んだり、実家に狐の精が住み込みだったりとオカルトな少年時代を送ったそうです。そのせいで志怪の道に進んだのでしょうか。
ドラマの「鉄歯銅牙紀暁嵐」からはぜんぜん想像もつきません。だいたい清代にもなって文言文で志怪小説ってアナクロなお方。せめて白話で書けばいいのに。


志怪といっても魏晋のころほどオチも教訓もなく唐突に終わったりはせず一応ちゃんと作者のお言葉とかで〆てます。でもやっぱり志怪小説ですから、そこはアレな感じね。


私が気になったのはこの話。

献県は漢代のお墓があるので有名だったそうです。で、ある農夫がうっかりお墓の一つを壊してしまった。
すると幽霊にとりつかれちゃったので、陳瑞庵って人が幽霊に「お前は誰か」と聞きます。幽霊は「漢代の幽霊だよメイド・イン・献県だよ、決まってんだろ!」陳さんが「漢代には献県という地名はまだなかった」と指摘すると幽霊は黙ってしまった。

翻訳では

恐らく漢代の墓という言い伝えを、亡霊もつねづね聞いていて、それでそれにかこつけてたかってきたのだろう。しかし問い詰められるうちに自滅するとは思い及ばなかったのだろう。

「学者の幽霊退治」
中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記・子不語・続子不語―清代3
竹田晃・黒田真美子 【編】明治書院



幽霊にもニセモノがあるさすが中国。しかしこの幽霊本当は誰だったんでしょう。漢代の墓はブランド品だったので便乗してみたんでしょうか。

これとは別の話ですが「乩」という言葉が何度か出てきます。台湾にいまもタンキー(童乩)っていますね、あれと同じようなもんでしょうか。
曹操様のお墓の前で「乩」に拝んでもらったら誰の墓かすぐ分かるかも・・・とふと思った。


原文はこれですね。


閱微草堂筆記  第十四卷 槐西雜志四

第十四卷 槐西雜志四
陳瑞庵言,獻縣城外諸丘阜,相傳皆漢塚也。有耕者誤犁一塚,歸而寒熱譫語,責以觸犯。時瑞庵偶至,問:「汝何人?」曰:「漢朝人。」又問:「漢朝何處人?」曰:「我即漢朝獻縣人,故塚在此。何必問也?」又問:「此地漢即名獻縣耶?」曰:「然。」問:「此地漢為河間國,縣曰樂成。金始改獻州。明乃改獻縣。漢朝安得有此名?」鬼不語。再問之,則耕者蘇矣。蓋傳為漢塚,鬼亦習聞,故依托以求食,而不虞適以自敗也。



あとすっごいコワかったのがこれ。美男の坊ちゃんが科挙を受けるために北京郊外の寺に滞在します。なぜか毎日誰かが掃除したりお菓子を準備してくれるのです。「ここらは狐が多いらしいから、きっと美女の狐にちがいない」とこっそり覗いてみると


果たして人が現れて部屋を片付けている。よく見るとそれは長い鬚をたくわえた偉丈夫であった。恐怖して逃げ出し、翌日には居を移した。

「片思い」
中国古典小説選〈11〉閲微草堂筆記・子不語・続子不語―清代3
竹田晃・黒田真美子 【編】明治書院


「則修髯偉丈夫也。怖而卻走。」ってところが可笑しい。


閱微草堂筆記 第十四卷 槐西雜志四
李千之侍御言,某公子美丰姿,有衛玠璧人之目。雍正末,值秋試,於豐宜門內租僧舍過夏。以一室設榻,一室讀書。每辰興,書室几榻筆墨之類,皆拂拭無纖塵;乃至瓶插花,硯池注水,亦皆整頓如法,非粗材所辦。忽悟北地多狐女,或藉通情愫,亦未可知。於意亦良得,既而盤中稍稍置果餌,皆精品,雖不敢食,然益以美人之貽,拭目以待佳遇。一夕月明。潛至北牖外,穴紙竊窺,冀睹豔質。夜半器具有聲,果一人在室料理;諦視,則修髯偉丈夫也。怖而卻走。次日,即移寓。移時,承塵上似有歎聲。





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