臨江仙
2010年 01月 23日 |
鉄歯銅牙紀暁嵐第4部のつづきなんですけど

陛下が娘さんが残していった詩を読んで「これは何じゃろか」とご下問になります。
紀暁嵐がすかさず「臨江仙」と答え、和珅が「臨江仙だってことは誰にでも分かる。こんな小さいことまで手柄を横取りしなくていいじゃないか!」と怒る、という場面がありました。

皇上は「おおそうか臨江仙か」とご満足のご様子。でも私は「臨江仙って何?」とポカーンとしてしまいました。

左から
乾隆帝  和珅  紀暁嵐
(質素な格好なのは召使に変装してるからです)

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乾隆帝「この詞牌は何じゃ」

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和珅「これは・・・」
紀暁嵐「臨江仙」
(セリフを奪われた和珅がものすごい顔でにらんでて笑える)




ちょっと調べてみましたよ


臨江仙
維基百科,自由的百科全書

臨江仙,詞牌名。最初是詠水仙的,調見《花間集》,以後作一般詞牌用。上下片各五句。


詞牌の名前なんですね、って詞牌って何?


詞牌
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詞牌,也稱為詞格,是填詞用的曲調名。詞最初是伴曲而唱的,曲子都有一定的旋律、節奏。這些旋律、節奏的總和就是詞調。詞與調之間,或按詞制調,或依調填詞,曲調即稱為詞牌,其通常根據詞的內容而定。宋後,詞經過不斷的發展產生變化,主要是根據曲調來填詞,詞牌與詞的內容並不相關。當詞完全脫離曲之後,詞牌便僅作為文字、音韻結構的一種定式。

一些詞牌,除了正名之外,還標有異名,或同名異調。



曲名だったんですね。同じメロディーに違う歌詞をつけたもののようです。
要は替え歌ってこと?


で「よくある詞牌」に「臨江仙60字」とありました。一定の形式で60字の詞を「臨江仙」と呼ぶのですね。
当時の人は一度聞いただけで、どの詞牌か分かったんでしょうか。


そして、有名な「臨江仙」にはこんなのが


楊慎(明朝):

滾滾長江東逝水,浪花淘盡英雄。是非成敗轉頭空。青山依舊在,幾度夕陽紅。
白髮漁樵江渚上,慣看秋月秋風。一壺濁酒喜相逢。古今多少事,都付笑談中。



なんだ「三国演義」のオープニングの詩(じゃなくて詞)が「臨江仙」なのか、あれって羅貫中のオリジナルじゃなかったんですね・・・
「念奴嬌」100字(赤壁懷古・蘇軾)も詞牌の名称だといま知りました。いやそう言えば詩(じゃなくて詞)の説明にそう書いてあったような。

毎度のことながら自分の無知と記憶力の欠如に驚かされます。


ところで(しつこく)鉄歯銅牙紀暁嵐で娘さんが残していった詞を拾ってみました。


天涯孤旅只一人
四季日夜连晨昏
秋风如霜雨似针
长夜独行久
庭院几许深
忍看邻家天伦暖
遥闻欢颜笑语声
生非命薄却如今
梦醒人不见
泪眼映孤灯



あの・・・62文字あるんですけど・・・


ネットに全文(?)が載ってました。ドラマのオリジナルなのかしら・・・でもやっぱり六十字じゃないんですけど・・・
(追記:宋詞の解説書を読むと、同じ詞牌でも字数は違うこともあると書いてありました。)


临江仙
天涯孤旅只一人
四季日夜连晨昏
秋风如霜雨似针
长夜独行久
庭院几许深
忍看邻家天伦暖
遥闻欢颜笑语声
生非命薄却如今
梦醒人不见
泪眼映孤灯
醉花阴
故道何人曾邂逅
还梦携红袖
世事剪鲛绡
更见风飘
一句衫寒透
流年泛处无交旧
花落灰心久
应待别烟萝
暗解长河
再唱抛红豆




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